しょうせつ
殿ー!!」
『ん?』

剣道場への帰り道の途中、急に後ろから私の名前を呼ぶ声がした。
不思議に思って私と栗子ちゃんが振り返ると、
向こうの方から全速力で万斉がこっちに走って来ているのが見えた。
私はちょっと嫌な予感がしながらも、その場にタンクを置いて万斉に向き直る。

「ゼェ、ゼェ、や、やっぱり、殿でござったか!」
『ちょっ、アンタどっから走ってきたの!?超息切れてんじゃん!』
「勿論、あの校舎の端っこからでござる。」
『遠ッ!!!!めちゃくちゃ遠いじゃん!よくアタシだって分かったな!!』
「当たり前でござる!拙者はたとえ殿がどこに居ようと、
 常に殿の動向を把握しているでござる!」
『万斉、それストーカーって言うんだよ知ってた?』

私は汗をかいてハァハァ言いながら近寄ってくる万斉に冷静にツッコんだ。
って言うか顔近っ!!鼻息荒っ!!汗凄っ!!
色々耐えられなくなった私が万斉から遠ざかろうとすると、
急に万斉が私の両手をガッと掴んで自分の方へと引き寄せた。

『どわっ!?万斉近い近い!!!!ちょっ、気持ち悪い!!』
「大丈夫でござる。すぐに慣れるでごさる。」
『慣れねぇよ!!!何を根拠にそんな自信満々なんだ!!!!』

必死に抵抗する私を見ながら後ろでは栗子ちゃんが
きゃー!とか、わー!とか言いながら1人興奮していた。
いや、助けてくれるかなっ、栗子ちゃん!

「そう言えば、拙者さっきまで部員集めをしていたでござるよ。」
『は?部員集め?あぁ、軽音部の?』

さっきまで汗だらだらでハァハァ言っていた万斉が
急に真面目な顔をしてそんな事を言うので、
私は思わず抵抗する力を緩め、非常にアレな体勢ではあるけれど、
普通に返答して会話を成立させた。

「そうでござる。晋助も勧誘しているのでござるが、
 なかなか首を縦に振ってくれず……。」
『あぁ、アイツあんなナリでそろばん塾通ってるからね。』
「そこでまずは殿を軽音部に連れ込もうと思ったでござる。」

優しい声でそう言ってにっこりと微笑む万斉は、
元々整った顔をしているので相当カッコ良かった。
いつもの私ならキュンとしてしまうのではないかと思ったくらいだ。
でも、今の私は万斉の言葉が引っかかってそれどころではなかった。
今、ちょっと表現の仕方がおかしくなかった?

『え?引き込もうじゃなくて、連れ込もう?』
「そうでござる。連れ込んで口では言えない事をしようと……。」
『それもう勧誘じゃねぇぇ!!!!ぎゃぁぁぁー!?』

私が万斉から全力で逃げようとすれば、
万斉は本気で私を抱きしめて逃げられないようにしやがった。

『ちょまっ!男女の力の差を利用するの反対ぃぃ!!』
「殿が大人しくしていれば武力行使なんてしないでござる。」
『するかァァ!!!!この状況で大人しくなんか出来るかァァ!!!!』
「きゃー!!これが大人の恋でござりまするか!」
『栗子ちゃんも興奮してないで助けてェェ!!!!』

頼れそうな人も回りに居らず、泣き喚くしかない私。
あぁもう駄目だ……
きっと私このまま変態万斉に軽音部の部室に連れ込まれちゃうんだ……。
せめてその前に舌噛んで死のう……。

そんなことが頭をよぎった時だった。
私の耳に救世主の声が飛び込んできた。

「河上!からはなれたまえ!!」
『……ッ!!!かっ、鴨太郎!!』

私が半泣きで頭を上げると、そこには鴨太郎の姿があった。
多分、帰りが遅い私達を心配してここまで見に来てくれたんだろう。
万斉は急に現れた鴨太郎をキッと睨みつけたけど、
元々争いを好まない性格だったため、渋々私を解放した。

「あーあ、せっかくいい所でござったのに。」
「河上、君はにベタベタしすぎだよ。」
「愛とはそういうものでござる。」
「あっ……!?な、何を言い出すんだ君は!!」
「隠しても無駄でござるよ。お主だって立派な恋敵でござる。
 でも、今回は引き下がるとしよう。殿、また明日教室で。」

万斉は鴨太郎とちょっと言い争った後、
くるりと踵を返して案外あっさりどこかへ行ってしまった。
それを呆然と見ていた私だったけど、
なんだか急に嬉しくなってきて、思わず鴨太郎に飛びついた。

『た、助かったぁ!ありがとう鴨太郎ー!!もう大好きっ!!』
「なっ……!?ば、馬鹿なことを言うんじゃない!」

鴨太郎がちょっと顔を赤くして私を引き離そうとしたので、
私はそれに抵抗することなく鴨太郎から離れた。
そして何気なく栗子ちゃんの方を見ると、やっぱりまだ興奮していた。

「さぁ、早く戻るよ。」
『あ、うん!行こうか栗子ちゃん!』
「はっ、はいでござりまする!」

こうして私達は無事に剣道場に戻ることが出来ましたとさ。
めでたしめでた……

「殿ォォォ!!!!!
 やっぱり一度ちゅーくらいはさせて下されぇぇ!!」
「いい加減にしろこの変態ィィィ!!!!!

変態は死んでも治らない

(めっ、めぇぇん!鴨太郎一本!) (やっぱり大人の恋は凄いでござりまする!) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 万斉が出たらとんでもない事になっちゃった。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/02/21 管理人:かほ