ガラじゃない事は分かってる
でも、それでも、
俺はただ
君が幸せならばそれでいいんだ
【I'm in need of You.】
阿伏兎が行ってしまった宇宙を眺めながら、
俺は春雨の甲板で一人佇んでいた。
どうしてあんな事をしたのか、自分でもまだ理解出来ていなかった。
自分が行けばよかったのに。
居場所も聞き出し、これを機にを奪う気満々だったんだ。
それなのに、阿伏兎の顔を見たとたん、急に喜ぶの笑顔が浮かんだ。
「悔しいなぁ……。」
船の壁に座りながら、俺は輝く星を見上げてそう呟いた。
どうして俺は阿伏兎を行かせたんだろう。
理由は既に理解していた。
戦ってみたかった暗殺部隊との戦闘のチャンスを逃し、
今でも大好きなを任せてまで、阿伏兎を行かせた理由。
阿伏兎のためなんかじゃない。
それは全部、愛するのため。
が喜ぶのなら、が笑うのなら、俺じゃなくてもいい。
そんな馬鹿げた弱者の考えが、
いつの間にか俺の中に蔓延ってしまっていたんだ。
「……だって、仕方ないじゃないか。」
俺は見上げていた視線を下方に移し、深いため息をついた。
だってには、アイツだけなんだから。
が選んだのは、俺じゃなくて阿伏兎だったんだから。
は優しくて弱いから、俺が無茶するわけにはいかない。
同じくらいも無茶をしてしまうから。
今でも鮮明に思い出すことが2つ。
1つは、と初めて出会ったときの事。
もう1つは、が阿伏兎を選んだ時のこと。
は偏狭の星で死にかけているのを阿伏兎に見つけられ、
阿伏兎が夜兎族だから放っておけなかったと言って連れて帰って来た女だ。
俺は阿伏兎の同胞愛にほとほと呆れたが、
元老はいい手駒が増えたと喜び、を第七師団に迎えることを命じた。
夜兎族は元々闘争本能の塊で仲間意識が弱いものだが、は違っていた。
自分を拾ってくれた阿伏兎への異常な懐きようは当時から目立っていたが、
仲間である第七師団への思い入れも相当なもので、
一度ある任務で云業がヘマをして敵にボコボコにされた時、
ブチギレて敵を原形がなくなるまでぐちゃぐちゃにしたという事があった。
初めはそこまで興味を持っていなかったけれど、
その時のの封じ込められた夜兎の血に興味を持ち、
そして俺は、浮世離れしたに完全に恋をしてしまったんだ。
への気持ちを自覚してから阿伏兎が無性に邪魔になり、
よく後ろからいきなり襲うなんて意地悪をしたものだ。
そして、あの日がやってきた。
俺が阿伏兎に正々堂々、そろそろ本気で殺すよと言って攻撃を仕掛けたあの日。
は俺の前に立ちはだかって阿伏兎をかばった。
そして、震える体と声を精一杯大きく見せながら、
俺に一言、『止めて下さい団長』と言った。
元々人の顔を覚えたり人の顔色を伺ったりするような性分じゃないのに、
あの時のの表情が今でも忘れられないのは、
きっとショックがかなり大きかったからだと思う。
俺に嫌悪にも似た視線を向けるを見ていられなかった。
アレは恐れじゃなかった。それが酷く哀しかった。
その日から、俺が阿伏兎の命を狙うことはなくなった。
そして、を阿伏兎から奪おうとすることも。
の本当の気持ちを悟ってしまったと言えばその通りなのだが、
俺はちょっと違う気もした。
俺は、諦めたんだ。
生まれて初めて、1つの物事を諦めた。
今までずっと、欲しいものは力づくで手に入れてきた。
この俺に出来ないことなんて何一つなかった。
その俺が、初めて愛して、初めて諦めた女。
弱くて脆いのに、強くて優しい女。
「……。」
だから俺は――。
君の幸せを願うんだ
(来世で逢ったら今度こそ逃がさないから)
(今回だけは、お前にあげる)
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神威視点の掘り下げ(?)話でした。
このお話はシリアス路線まっしぐらですね。
それにしても、神威がいい奴になっちゃうなんて、ビックリ!
※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。
2009/05/06 管理人:かほ