『本当は、阿伏兎さんに一瞬たりとも離れてほしくないんです。 だって、どこかへ行ってしまうでしょう?』 の言っている“どこか”が、遠い遠い所だと気づいたのは、 に手を握られてから少し経った時だった。 涙を浮かべるの瞳が、不安そうにゆらゆら揺れていた。 「俺は夜兎だ。しかも男だ。 生まれつきやんちゃするように出来ちまってんだよ。」 俺は重い空気に耐えられず、若干おどけてそう言った。 それでもは笑うことなく、それどころか押し黙ってしまった。 こういう時、女はどう扱えばいいのか。全くもって面倒だ。 俺が戦いの中に身を置き、常に死と隣り合わせだということなど、 出会ったときから重々承知の上だろうに。 急に手を握られ『離れたくない』なんて言われたら、 死ぬな、戦うな、と言っているようなものではないか。 『私のために、ここに戻ってきてほしいんです。』 沈黙の中、俺が色々と考えを張り巡らせていたら、急にがそう呟いた。 それがあまりにも急だったので、 俺の頭がその言葉を受け取るまでに少し時間がかかってしまった。 「いきなりどうした……。」 『…………今日、朝起きたら、阿伏兎さんが居なかったんです。』 の言葉に、俺は今朝の記憶をたどる、 確かに、今日はたまたま朝早くに目が覚め、 を起こすのにも早い時間だったので一人で床を出た。 その後、任務もなかったのでぼんやりと新聞なんかを読んだりしていたのだが、 俺が起こしに行く前にが起き上がってきて、そのまま朝飯を食べた。 特に何の変化もなかったと思っていたのだが……。 『目が覚めたとき、隣に阿伏兎さんが居なくって…… それだけだったら別に平気だったんですけど……。』 の言葉は消えるように小さくなり、そこで一度途切れた。 握られた俺の手が、さらなる圧力を感じとる。 下を向いたままのは、本当に哀しそうな顔をしていて、 俺が何か悪いことでもしたかのようだった。 『隣にあった暖かみがどんどん無くなっていくのを感じて、急に不安になったんです。 もし……もし貴方が居なくなったら、私はどうすればいいのかって……。』 俺を失った布団が冷えていくのを手か何かで感じ取ったのかと、 その時の俺は言葉の真意を深く考えず、ただ簡単にそのままを受け止めた。 しかし、その考えが浅はかだったと、その後のの言葉で思い知ることになる。 『もし貴方の体で同じようなことが起こったら、 私はそれを受け止められるのかな、って……。』 言い終わったが、自分の役目を終えて 脆く崩れ落ちてしまうガラス細工のように見えて、 俺はとっさにを抱きしめた。 まだ、暖かい。 そんな当たり前のことを、生まれて初めて噛み締めた。 『あ、阿伏兎さん……?』 初めて実感したの暖かさに安心したのか、 哀しそうなを見るのが辛かったのかは分からないが、 俺は眉間にしわを寄せ、目頭が熱くなるのを感じていた。 いつの間にか跳ねるように脈打っていた心臓が 思わず口から飛び出そうだった。 、俺は本当にお前が大切なんだ。 戦うことから、死ぬことから、逃げ出すことは夜兎の血が許さない。 でも、お前を泣かせることは、男として許されない。 「……―――。」 だから俺はお前に伝えよう。 お前をこれ以上泣かせないように。 お前と俺をつなぐ、1つの頑丈な糸。 『……〜ッ!!阿伏兎さぁん!!!』 おいおい、結局泣いてんじゃねーか。結婚するか
(帰るトコロと護るモンがあるのなら) (俺は意地でも死ねないから) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ あぁくそ言われてぇ!! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2009/08/06 管理人:かほ