「あーあ、いいよなぁ〜。あのちゃんとこのオッサンがなぁ〜。」 放課後、隣の席の銀八が足を机の上に投げ出した体勢のまま 俺の方をじっと睨みつけてそう呟いた。 「……んだよ、文句あんのかコラ。」 軽く睨み返してやると、銀八はダンッ、と机を叩いた。 「大有りだっつの!!!何でまだぴっちぴちの俺を差し置いて こんな気の抜けたオッサンなんかと付き合うわけ!?」 「お前に気の抜けたとか言われたくねーよ。」 こいつの言うとおり、は一応あれでもこの学校のアイドルだ。 そんなアイドル女子高生がこんな冴えない化学教師なんかと付き合っているなんて、 ちゃんちゃらおかしい話だろう。 「しかも、あのちゃんの方がベタ惚れときたもんだ。 世の中絶対間違ってるよなぁ〜。」 銀八ははぁぁ、と深いため息をついた。 「そうでもねぇよ。」 俺はぶっきらぼうにそう言って、銀八の隣の机に座る。 「……え、何?まさか手ェ出してないの?」 「当たり前だ!アホかお前は。相手はまだ高校生だぞ。」 「うっそー!信じらんなーい!銀さん信じらんなーい!!」 俺の言葉に銀八がイラッとくる声の調子でわざとらしくそう言った。 しかし本当に驚いてはいたらしく、 足を机から下ろすと椅子ごと俺の真隣に寄ってきて、 「…………え、マジで?ホントに?キスも??」 と、やけに深刻な顔で尋ねてきた。 俺はその問いに答えられなかった。何故かって?そんなもん決まってる。 銀八の問いが、図星だったからだ。 俺が押し黙っていると、それが自然とイエスの答えになってしまったらしく、 銀八は今度は驚きすぎて声も出ないといった表情で俺を見た。 「……信じらんねぇ。だって高校生だぜ?もう十分だろ。 女子高生って言ったらアレだよ、結婚できるんだぞ?」 「……はまだお子ちゃまなんだよ。無理して傷つけたくねぇ。」 「いや、女は意外と男が狼になるのを待ってるもんなんだって。」 やっと俺から離れた銀八がやけに偉そうにそう言ったので、 今度は俺が真剣な顔をして銀八に言ってやった。 「昼休み2人っきりの屋上でケツに蝋燭刺された男の話をする女がか?」 「…………全蔵か……。」 そりゃねぇわ、と銀八がため息をついて顔を引きつらせた。 「でも、ちゃんはお前に何でも話すよなぁ。 普通学校であったことなんて親にも話さねぇぜ? それだけお前の近くが安全で居心地いいって事なんじゃねぇの?」 「…………。」 そういう、考え方も……あるか。 その言葉に俺は少しだけ銀八を見直した。 「銀ちゃーん。一週間前に提出だったプリント持ってきたヨー。」 俺が目線を落として少し考えていると、 ガラガラと職員室の扉を乱暴に開け、 ウチのクラスの神楽が後ろに志村姉とを引き連れてやって来た。 「はぁ?お前一週間前って、そりゃねぇだろ。」 「受け取れヨ。姉御と鞠末がやってくれたアル。」 「お前それ完全にアウトだよ。」 「あら先生。せっかく私が手伝ったのに受け取らないんですか?」 「ちょ、おま、笑顔の圧力止めてくれない?先生結構弱気だから。」 3人はぞろぞろと銀八の机までやって来て、 神楽と志村姉は銀八と馬鹿馬鹿しい口論を始めてしまった。 その中でだけは俺のほうに寄ってきてにっこりと微笑む。 『急に神楽ちゃんがプリント手伝ってって言って来たんですよ。』 「そりゃ災難だったなぁ。」 『でも、今日の帰りは神楽ちゃんの奢りです♪』 遊ぶ約束を変更して他人の宿題をやらされたというのに、 は至って楽しそうにそう言った。 俺はその笑顔に思わず見惚れてしまっていたらしく、 しばらくしてが不思議そうな顔で『どうしたんですか?』と尋ねてきた。 「あぁ、いや。お前の笑顔は癒されるなぁと思ってな。」 見惚れていた自分が恥ずかしくなり、俺は少しおどけてそう言った。 するとは恥ずかしそうに目を伏せながら、やはり笑顔でこう続けた。 『せ、先生になら、5年経ったらいつでも見せてあげますよ……。』 「は?5年?」 俺はの言葉の意味が分からず、眉間にしわを寄せてそう言った。 するともキョトンとした顔をして、 少し小首をかしげながら不安そうに尋ねてきた。 『阿伏兎先生、大学卒業したらアタシを貰ってくれるんじゃないんですか?』 「…………は?」 『や、やっぱり嫌ですか?』 「いやいや、ちょっと待て。そりゃこっちのセリフだ。 お前、高校卒業しても俺と付き合ってるつもりか? 大学生になったら新しい出会いがあるだろーが。」 『何言ってるんですか!先生じゃないと嫌です!』 俺の言葉にが少々声を荒げてそう言って来た。 すると銀八達がキョトンとした顔でこちらを見つめる。 職員室に居た他の教員だって同じだ。 まぁ俺達が付き合っているのはこの学校じゃ有名な話だから 今更みんなにこの会話が聞こえたって問題はないのだが……。 「え、何?あぶさんちゃんと結婚すんの? キスもまだしてないのに?もうそんな話?」 いや、間違えた。前言撤回だ。問題大有り。 銀八の言葉に職員室に驚きの声がこだまする。 いやいやいや。ちょっと待ってくれってば。俺だって初耳なんだ。 そんな俺の気持ちとは裏腹に、他の奴らは俺の返答に興味津々だ。 何だこの状況は。どんな拷問?俺何か悪いことしたか? 『ご、ごめんなさい!!何か変な話になっちゃって! かっ、神楽ちゃん話終わった!?終わったんなら帰ろ!!』 その状況にが慌ててそう言いながら俺の前から離れようとする。 俺は思わずその手をつかみ、自分の前にを留めた。 周りの『おぉっ!』という声が多少気にはなったが、 の驚いた顔が予想以上に可愛かったのでよしとする。 「…………聞いたぞ。5年後だからな。」 『へっ!?』 「浮気なんてすんじゃねーぞ。」 『あっ、阿伏兎先生……!?』 俺の言葉には顔を真っ赤に染めてわたわたする。 周りでは銀八を中心に結婚式場がどこだの招待するのは何人だの 二次会はやっぱりあそこにしようだの、勝手に話が進んでいた。 おいおい、当事者を差し置いて勝手に決めすぎだ。 教員の輪にその言葉を投げかけてやろうと思ったが、 その前にまず顔を真っ赤にして困ったように俺を見つめている 嫁さんの将来を予約することにした。 「、大学卒業したら結婚しような。」 少し微笑んでそう言ってやれば、は泣きそうな顔で俺に飛びついてきた。 に押し倒される形で後ろに倒れた俺を、 銀八たちが放っておくなんてことは、やはりなかった、きっと5年後も
(相変わらずくだらない話をして、相変わらず馬鹿な奴らに囲まれて) (相変わらずの笑顔が隣にあるんだ) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 久々の長い短編。好きだ阿伏兎先生! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2009/09/02 管理人:かほ