しょうせつ

皆の覚悟を受け止められなかったのは 他の誰でもない、私自身

 

【I'm in need of You.】

「返してもらうよ、俺たちのお姫様。」 団長は言うと同時にこちらの船に飛び降り、 それに続いて阿伏兎さん、云業さん、梅蘭さん、 そして他の団員が船に乗り込んできた。 『な……何で……?』 甲板は今や戦場と化していた。 第七師団の荒くれ共はいつものように単独で敵に襲い掛かり、 他の師団員たちは梅蘭さんの指示によって共同戦線を張っていた。 暗殺部隊の所為で春雨側の団員が何人も倒されていったが、 それでも春雨側が優勢で、暗殺部隊の人数がどんどん減っていく。 「何をしている!力ではこちらが圧倒的に有利!殺せぇぇ!!」 ジジイの叫びに心臓がドクンと脈打った。 甲板をくまなく見回したが、阿伏兎さんと団長と云業さんの姿がない。 もしかしたら中に入り込んできたのかもしれない。 どこかで暗殺部隊に足止めを食らっているのかも……。 3人のことも心配になったが、何より私は 甲板で戦っている団員達に気を取られた。 『何で……みんな……。』 そこで戦っているのは見知った顔ばかり。 春雨で一緒に戦ってきた、仲間と呼べる人ばかりだ。 私の所為で、その仲間が倒されている。 どうして私のためなんかに、こんな危ないところまで……。 私に命を懸けてまで守る価値なんてないというのに。 無事に帰ったとしても、春雨に居られなくなるかもしれないのに。 目頭が熱くなるのを感じた。無意識に手が震える。 私の所為で、たくさんの人を……。 「俺たちは所詮、戦闘馬鹿なんだよ、。」 心の奥を見せない、作られたような声がした。 そうかと思うと、ジジイの周りに居た暗殺部隊が半分、 頭を飛ばされてその場に堕ちていった。 残りの半分は一瞬で声の主と間合いを取り、構えている。 『だん……ちょう……。』 「久しぶりだね、。」 そこにはいつもの作られた笑顔があった。 いつもなら不快なその笑顔も、今はとてもホッとするものだった。 「だ、団長ぉ〜。」 団長の後ろから情けない声を出しながら云業さんがやって来る。 その手は血で濡れ、体は返り血で鮮やかに彩られていた。 「遅いよ云業。半分逃げられちゃったじゃん。」 「雑魚はいらないって先に走って行ったのは団長でしょう!」 「ありり、そうだっけ?」 いつもの光景に、私の涙腺は我慢出来なくなったらしい。 一筋の涙が頬を伝い落ちる。 それがあまりにも日常的で、平凡で、懐かしくて、心底安心してしまった。 日常が帰ってきた、そんな気がした。 でも、これじゃいけないと叫ぶ私が居る。 『団長、云業さん……今ならまだ間に合います……。  みんなを連れて早く――』 「帰れっていうのはもう聞かねぇぞ。」 私の言葉を遮って、いつものぶっきらぼうで優しい声がする。 その声と同時に、私の周りの人間が全員ジジイの方へ吹っ飛ばされた。 大きな傘を手足のように駆使し、荒々しい太刀筋で正確に相手を薙ぎ倒す。 そして、残りの暗殺部隊が攻撃を仕掛けてくる前に 相手の射程範囲内から素早く離れる。 その正確さと判断力。靡く色褪せた髪。 大きな紅色の傘にたくさんの朱色を散りばめて、 面倒くさそうに体勢を整えるその姿。 無精髭を生やしたその口からは、 想像も出来ないほどの優しい声が流れてくる。 「悪いな。部下は知らず知らずのうちに上司に似ちまうもんなのさ。  俺も自由気ままな団長様に影響されちまったってわけだ。」 そう言ってポンポンと私の頭を撫でる大きな手に、 私は何も言葉が出ず、俯いて顔を手で覆い隠す。 根拠のない安心感を、本当は感じてはいけないのに、 それでも止め処なく溢れ出る涙に、嗚咽を抑えきれなかった。 「あとでたっぷり説教してやっから、ちょっと待ってろ。」 阿伏兎さんはそう言うと、ジジイの方に向き直った。 団長も云業さんも、きっと暗殺部隊と戦えるのが嬉しいんだろう。 いつも一緒に居た所為で、見なくても雰囲気を感じ取れる。 3人とも喜んでる。楽しんでる。 そして、私を助けようとしてくれている。 一度助けを拒絶した、この私を……。 「奴等を殺せぇぇ!!!!!」 怒り狂ったジジイの叫び声と共に、 このバルコニーでも戦闘が始まってしまった。 暗殺部隊はもう残り少なかったが、それでもこのジジイの直属だ。 夜兎族に匹敵する力を持った奴らが何十人と居る。 先ほどの攻撃は不意打ちだったので有効だったが、 いくら3人でも、一筋縄ではいかないだろう。 私は止まらない涙を必死で押さえ込んで皆の方を見る。 しかし、私が顔を上げると目の前に居たのはジジイだった。 「来なさい!」 『ちょ、離して……!!!!』 ジジイはいつ呼んだのか、例の側近に私を捕らえさせ、 バルコニーの横についている階段で船の一番高い所、操縦室の屋根に避難した。 下では阿伏兎さんたちが、甲板では団員の皆が戦っている。 それを一望出来るこの屋根の上は、 私の罪悪感を呼び戻すのには十分すぎるほどの場所だった。

悪魔天使

(あぁ、皆が私を助けに来てくれた) (あぁ、皆が私のせいで傷ついている) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 最終回を書き終えました。なんか、私が一番寂しい。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2009/10/11 管理人:かほ