しょうせつ

あなたに出来る事が戦う事ならば 私に出来る事は信じる事 信じて、支えて、あなたの覚悟を受け入れる事

 

【I'm in need of You.】

私はボロボロと大粒の涙を流しながら傷つく阿伏兎さんを見ていた。 今の私には、阿伏兎さんに駆け寄って傷を癒してあげる資格も、 阿伏兎さんと肩を並べて戦う資格もない。 それに、もしそんな事が出来たとしても、阿伏兎さんに怒られてしまうだろう。 この戦いは、任務でも命を守る戦いでもないからだ。 云業さんが昔言っていた言葉で言うと、“誇りを懸けた戦い”。 他人が手を出す事は、決して許されない。 特に夜兎族は、戦いに対してのプライドが人一倍高いから。 「最強の殺人鬼が、圧されているだと……!?何なんだ奴は……!!  致し方ない。嬢、来なさい!!この船は捨てる!」 『……んなよ。』 「嬢?」 『汚い手でアタシに触るなッ!!!!』 私はジジイの手を振り払い、顎に一発蹴りを決めて気絶させた。 そして甲板の方を向き、皆に聞こえるように大声で伝えた。 私の覚悟と、私の気持ちを。 『皆ごめん!!!!アタシもう逃げないから……!!!  アタシも皆と一緒に命を懸けるからぁ!!!』 言い終わり、私の目から最後の一滴が零れ落ちた時、 甲板から「ウオォォ!!」という、嬉しそうな、高揚したような声があがった。 皆が私のために覚悟を決めて命を懸けてくれていたと言うのに、 私は皆が自分のために傷つく姿を見ることが怖くて、逃げていただけなんだ。 今度こそ本当の覚悟を決めよう。 何があっても、どんなことになっても、春雨の仲間と、 そして誰より阿伏兎さんと、運命を共にすることを。 「おいおい、いいのかよ。そいつァ一応春雨の大幹部様だぜ?」 『いいんですよ。だって……。』 私は生まれて初めて感じる清々しさに顔を緩ませ、ゆっくりと振り向いた。 『阿伏兎さんがなんとかしてくれるでしょう?』 「……ククク。全く……オレのお姫様はとんだ面倒を押し付けてくれる……。」 出会ってからずっと、私はあなたの事だけを見てきました。 たくさんの仲間に囲まれて、たくさんの人達に助けられて、 宇宙海賊春雨という、宇宙の汚い部分が集合したような環境で、 私はあなたに救われて、あなたのおかげでこんなに幸せになれたんです。 恩を仇で返していたなんて全く気づかなかったけど、 ただ守るだけでは、ただ逃げるだけでは、何も解決しないんですよね。 一度あなたと一緒に歩くと決めた人生なのだから、 最後まで一緒に傍に居るべきだったんだ。 あなたが命を狙われたのなら、私は隣であなたの盾となり、 私が誰かに奪われそうになったのなら、きっとあなたは全力で奪い返してくれる。 どんなに離れても、引き離されても、結局また一緒になって、 何事もなかったかのように笑いあって、 その後せっかくいい雰囲気になっても団長たちが邪魔しに来ちゃって、 馬鹿みたいに騒いで、笑って、喧嘩して…………。 こんなにも幸せな事って、他にあるでしょうか? こんなの、私たちにとったら毎日の事なのに、どうやら一番難しい事みたいです。 一度普通を見失ったら、元に戻すのは非常に骨が折れるんですから。 殺人武者も、阿伏兎さんも、すでにどちらも疲労困憊の様子だった。 殺気で分かる。2人とも次で決めるつもりだ。 ググッと、両者同時に足を踏み込む。 私はそれを黙って見つめていた。一瞬たりとも目を離さないように。 酷い金属音が鳴り響く。 相手に向かって行った2人はお互いに相手をすり抜け、そのまま微動だにしない。 すると、阿伏兎さんの傘が真っ二つに斬られ、その半身が地面に叩きつけられた。 思わず私は息を飲む。 「…………見事。」 殺人武者は初めて声を発し、そしてその場にガシャンと音を立てて崩れ去った。 よく見ると、鎧が打ち砕かれ、大量の血液が体中から流れ出ていた。 「う゛ッ……!」 『……ッ!?阿伏兎さん……!!』 小さな呻き声をあげてその場に倒れこむ阿伏兎さんに、私は慌てて駆け寄った。 「ククク……やっぱ年寄りにゃキツいわ……。」 『阿伏兎さん、大丈夫ですか?すぐに治療しますから……!!』 空を仰いで力なく笑う阿伏兎さんにそう言って、 私は自分の特殊能力である治癒術を阿伏兎さんに施した。 一番酷い傷は、脇腹にある大きな刀傷だ。 私はまずそこから傷を塞ぐ事にした。 「……。俺はとんだ大馬鹿野郎だったなぁ。」 『え……?』 私が治癒に力を集中していると、ふいに阿伏兎さんが呟いた。 私の力は相当の集中力を使うので、返事とも呼べない言葉しか返せなかったけど、 それでも阿伏兎さんは宇宙の星をぼんやりと眺めて言葉を続けた。 「お前にいつも心配かけて、お前にいつも助けられて……。  俺は一人じゃ、何も出来やしねぇんだ。お前が居なきゃな。」 『…………。』 傷が楽になってきたからだろうか。 阿伏兎さんはゆっくりと、しかし力強く話し続ける。 私は傷の治療に専念しつつも、阿伏兎さんの声に耳を傾けていた。 「、お前は自分の信じた道を突き進めばいい。  お前が幸せになれる道なら、俺はいくらでも後押しする。  だけどなぁ……俺のことを思って自分を犠牲にするんじゃねぇよ。  俺の為にお前が不幸になるような真似だけは、絶対にするな。」 阿伏兎さんが言い終わってしばらくしてから、大方の傷は治療できた。 傷を塞いだだけだから応急処置に変わりはないのだけれど、 それでも阿伏兎さんはもう十分といった様子でその場に起き上がり、 自分よりも一回り体の小さい私を見下ろした。 「……お前がもし、俺のことを想ってくれているのなら、  俺の命の事を考えるよりも、俺の傍に居てくれ。」 『阿伏兎さん……。』 そこまで言って、阿伏兎さんは急に照れたように顔を逸らした。 「お前一人じゃどうにも出来ない事は、俺が一緒に何とかしてやる。  もうお前に何を言われたところで、動じねぇからな。」 『……言いませんよ。だって、』 阿伏兎さんのいつもと何ら変わりない様子に、自然と大粒の涙が零れ落ちた。 私が泣いている事に気づいた阿伏兎さんは どうして泣いているのか分からずに狼狽えていたけれど、 今の私にはそれを安心させる余裕なんかなくて、 ただ自分の気持ちを伝える事しかしなかった。 『あなたに隣に居られる事が、こんなにも嬉しいことなんだって、  やっと……やっと気づいたんですから……!!』 感極まって声にならない声でそう言って阿伏兎さんに飛びつけば、 阿伏兎さんが一瞬驚いたように息を呑んだ。 でもすぐにその血に濡れた大きな手で私の頭を撫でてくれた。 「…………よく帰って来たな、。」

やっと出逢った2人の

(あなたの疲れた顔が、幸せに満ちた笑顔であらんことを) (お前の目から零れ落ちる涙が、嬉し涙であらんことを) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 『おかえり』は阿伏兎さんに似合わない気がしました。 このお話が一番の山場だと思います。 ほっこりした気持ちで泣いてくれたら言う事なし。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2009/10/31 管理人:かほ