しょうせつ















 

【I'm in need of You.】

あの事件の後、無事春雨に戻ってきた俺達は案の定元老に呼び出された。 団長と阿伏兎と俺は梅蘭さんの視察部隊に名前が挙がっておらず、 結局4日間の無断欠勤扱いになっていたのだった。 俺達は(いや団長は知らないが、少なくとも俺と阿伏兎は)処分を覚悟した。 処分まで行かなくとも、処罰は絶対だし、 きっととんでもない任務を押し付けられるに決まっている。 しかし、元老の口から出てきた言葉は俺達の予想を遥かに超えたものだった。 「いつものように阿伏兎に始末書を言い渡そうと思っていたのだが、  今回は神威師団長から事前に報告があってね。」 「は!?」 「団長が!?」 まさかの元老の言葉に俺と阿伏兎は心底驚いて、 首が取れるんじゃないかってくらいの勢いで団長を見た。 団長は相変わらずニコニコと笑っている。 「何でも、嬢が拉致された為に3人で助けに出向いたとか。」 「は……?」 元老の言葉に、阿伏兎は眉間にしわを寄せた。 俺も元老の言っている事が理解できず、眉を寄せる。 「今回は梅蘭師団長からの口添えもあり、処分は無しだ。  しかし、明日から長期任務に就いてもらう故、そのつもりでな。」 結局元老の話は本当にこれだけで、俺達は何のお咎めもなくすぐに師団へと返された。 途中で阿伏兎が元老に反論しようとしていたが、 このままやり過ごした方が得策だと考え、必死に堪えていた。 そして俺達が師団本部へと続く廊下を黙って歩いていた時、 俺と阿伏兎の前を歩いていた団長がふいに呟いた。 「元老達は今回の結婚騒動を公にしたくないんだよ。」 団長の言葉に俺と阿伏兎は顔を見合わせ、団長の言葉の続きを待った。 「あの約束は、一部の元老とあのジジイの間で行われていた  “輪廻”の裏取引の証拠になるからね。」 「げっ、元老が……!?」 「輪廻を……。」 思わぬ真実に、俺も阿伏兎も開いた口が塞がらなかった。 と同時に、どうして団長自ら元老に報告に行ったのかも、 これだけの問題を起こしておいてなぜお咎め無しなのかも、全て納得出来た。 団長は、きっと元老を脅しに行ったんだろう。 ちゃんが言い寄られていた事を自分達は知っていると。 「梅蘭が仕入れた情報によると、もう元老は2人入れ替わったらしいよ。  アイツ等素顔見せないから誰が誰だか分かんないけどさ。」 団長は笑いながらそう言った。 元々ちゃんの婚約の件はあまり口外されていなかった。 知っていたのは俺達と、春雨上層部のみ。 それが梅蘭さんの手によって“輪廻”の横流しが公になり、 元老も黙認もしていられなくなって、邪魔者を処分したという事だろう。 「今回は梅蘭に借りを作ってばっかだね。  この借りは阿伏兎が責任持って返しなよ?俺は知らないから。」 団長はそう言いながら第七師団の本部まで続く廊下を 比較的ゆっくりとしたペースで歩き続けた。 俺と阿伏兎は歩調を合わせてその後ろを付いて行く。 「あぁ、そのつもりだ。」 「あ、そうそう。借りといえばもう一つ。」 団長はやっと辿りついた第七師団本部の扉の前で立ち止まり、俺達の方を向いた。 「これの借りは大きくつくよ。」 団長は意味深にそう言いながら扉をノックした。 すると、両開きの扉が内側から何者かによって開け放たれ、 普段は静かな第七師団本部から非常に騒がしい声が聞こえてきた。 「な、何だ……これ……?」 阿伏兎はそう言って呆然とその場に立ち尽くした。 部屋の中には今回の事件で力を貸してくれた団員や第六師団の連中が大勢居て、 たくさんのご馳走を囲って各々騒いでいた。 酒を飲んでいる奴や一発芸を披露している奴等など、それぞれ好き勝手やっている。 そんな中、状況が理解出来ずに扉の前で立ち尽くしていた俺達に 梅蘭さんが気づき、嬉しそうに俺たちに手を振った。 「あらぁ〜!あぶちゃんやっと来たわねぇ〜♪  ほらほら、早くこっち来なさいな!アンタを待ってたのよ〜?」 梅蘭さんの呼びかけに全員が騒ぐのを止め、今度は阿伏兎を冷やかし始めた。 一体何事かという顔をした阿伏兎は第六師団の奴等に部屋の中央に連れて行かれ、 俺と団長は後からそれを追いける形で部屋の中へと入っていった。 「ほら、もっとしゃきっとしなさい!もうすぐ花嫁が来るわよ♪」 「は、花嫁って一体……?」 周りの高いテンションに付いて行けていない阿伏兎が 困ったように眉をハの字に下げて梅蘭さんに尋ねた。 すると、奥の部屋から第五師団の女達が数人出てきて、 その後ろからなんと真っ白のウエディングドレスを来たちゃんが出てきた。 これには流石の阿伏兎も言葉を失い、 その美しさに騒いでいたほかの団員達もすっかり静まり返ってしまった。 「あたしからのプレゼントよ。  春雨に在籍するからにはちゃんとした結婚式なんか出来ないやしないけど、  仲間内だけでせめて真似事だけでもしようと思ってね。」 「梅蘭さん……アンタ……。」 「んふふ♪あたしは声をかけただけよ?  ここに居る奴等は勝手に食料だの酒だの持って来て暴れてるだけなんだから。」 阿伏兎はちょっと照れたように周りを見回した。 そして、第五師団の女達によって綺麗にされたちゃんに向き直り、 何か声をかけるのかと思いきや、真っ赤になって押し黙ってしまった。 「あらあら!あぶちゃんこーゆーのホントに駄目ねぇ!  せっかくこんなに綺麗なちゃんが目の前に居るのよ?  男からキスの一つくらいしなさいな!」 『へっ!?いやいやいや、梅蘭さん!!アタシこれだけで十分です!!!!』 梅蘭さんの発言に反応したのは、 今までずっと照れて下を向いていたちゃんだった。 しかし周りの野郎共はさぁやれだの、今やれだの、ほれやれだの、 梅蘭さんの言葉にすっかり「キスしろムード」を作り出していた。 宇宙海賊春雨が聞いて呆れるほど緊張感のない光景だ。 『あの、阿伏兎さん……?』 周りが騒ぐ中、ちゃんはさっきから黙っている阿伏兎に近寄って声をかけた。 そして下から表情を伺おうとしたその時、急に阿伏兎がちゃんの肩に手をかけ、 なんとそのまま本当にキスをしてしまった。 阿伏兎の突然の行動に周りの声は一気に大きくなり、 いきなりの出来事にちゃんは顔を真っ赤にして固まってしまった。 「テメェ等!今度からに一切触れるんじゃねぇぞ!!分かったなぁ!?」 阿伏兎は何かが吹っ切れたように周りにそう言いながら、 ちゃんを軽々と持ち上げてみせた。 ちゃんはバランスを崩さぬように咄嗟に阿伏兎の首にしがみつき、 それから怒ったように阿伏兎にこう言った。 『ななっ!?何するんですかいきなり!!』 「お前もいきなり出てきただろーが。お互い様だ。」 『全然お互い様じゃありません!!』 真っ赤になって怒鳴るちゃんと、それを笑って受け流す阿伏兎。 そしてそんな2人を祝福する俺と団長と梅蘭さんと他の団員達。 今日、この時、この場所だけは、 海賊の名を捨てた奴等の、結婚式とは称しがたい宴会の場となった。 「。」 『はっ、はい?何ですか?』 「一回しか言わないからな、よく聞いとけよ。」 『へ……?』 END .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ とうとう終わっちゃいました、阿伏兎連載。 実際にサイト上で終わってしまうとかなり寂しいものですね……。 みなさんに幸せと寂しさをお届けできたら幸いです。 胸がいっぱいになる物語を書けるように、今年も日々精進していきます! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/01/29 管理人:かほ