俺は自嘲気味に自分の過去を話すをしばらく黙って見つめていた。 吉原で生きてきたからには、それなりに汚れているのは重々承知だ。 その上、は半分天人の血が流れているときた。 どう考えても“綺麗な人間”にはなれない存在だ。 だがそこがいいんじゃねーか。 綺麗なだけの女より、ちょっとばかり汚い過去を背負った女の方が万倍好みだ。 俺はまだ哀しそうに顔を伏せているに近づき、徐に声をかけた。 「、顔を上げろ。」 『あっ……申し訳ございません。鳳仙様のご友人に失礼な真似を……。』 が謝りながら顔を上げると同時に、俺はその唇の動きを押さえつけた。 するとは俺がやる気になったのだと思ったらしく、 ゆっくりと目を閉じて俺の頬に手を添えてくる。 ここは吉原だ。 正直な話、このままを押し倒しても良かったのだが、 それはどうにも俺のポリシーに反するので脳内会議で却下した。 しばらく唇を重ねた後、特に何をするでもなくゆっくりと唇を離せば、 は意外だとでも言いたそうな顔で俺を見つめてきた。 『あ、あの……。』 「さっきは酌だけでいいなんて言ったがね、ありゃ撤回だ。 これから一生かけて俺の傍に居てもらうことにした。」 『え……?』 俺の言葉の意味が理解できず、は困惑した様子で俺を見上げていた。 「お前さんを気に入った。 その気があるんなら、ここから連れ出してやっても良いんだぜ?」 『なっ……。』 思いも寄らぬ俺の言葉に、は目を大きく見開いて言葉を失った。 この店の天神様を身請けるのには色々と難問が待っていることだろうが、 今そんな事を考えていても仕方がない。 俺はコイツを、を自分の傍に置いておきたいと思った。 その考えに嘘偽りは一切ない。 それが出来るか出来ないかはまた別問題だ。 『嫌ですわ、そんなご冗談を……。』 「冗談なんかじゃねーよ。俺は本気だ。」 『……私は、遊女なのですよ?今まで多くの男性の欲に汚されてきました。 そんな薄汚れた女を、一生手元に置おいておくおつもりですか?』 「俺にはお前さんが薄汚れた女には見えんがね。」 俺の言葉に、は疑わしそうな顔で俺を見た。 「綺麗で上品で、しかし裏にでけぇ闇を背負ってる。 いいじゃねーか。俺は普通の女より、そっちの方が好みだぜ。」 『……っ。』 は一瞬驚いたように目を見開き、 そしてまたすぐに顔を曇らせて目を伏せた。 『私はこの店の天神。鳳仙様がそう簡単に私を手放すわけがありません。』 「じゃあ、旦那の許可をもらったら、お前はついてくるんだな?」 『…………花魁でない私に、何の価値もありません。』 「何言ってんだ。俺が必要としてんだろーが。」 俺は自分で言った言葉を、30秒後に後悔した。 いや、後悔と言ったら語弊があるかもしれない。 現に俺が言った言葉によって、の白い頬がほんのりと紅く染まっている。 どうやら俺はの心を、少なからず引き寄せたようだった。 しかし、それにしても先ほどの発言はキザ過ぎだ。 何が「俺が必要としてる」だ……我ながら柄にもない事を言ったと思う。 「あー、いや、その……つまりだな、 俺もそろそろ老体に鞭打って子孫を残さねぇとなぁと思ってたんだ。 お前さんがいいって言うなら、それを手伝ってもらえねぇかと……。」 今度は何を言ってるんだ俺は。 ガラにもないプロポーズの次は夜の営みの誘いか? 駄目だ、完全に思考回路がおかしくなってやがる。 俺はさらに顔を紅くしてとうとう俯いてしまったを見つめて頭を抱えた。 頼む、誰でもいい、誰でもいいからこの俺をぶん殴ってくれ。 「あーあ、興ざめだ。阿伏兎、さっさと帰るよ。」 俺との気まずい沈黙を打ち破ったのは、 全身を真っ赤な返り血で染め上げた団長だった。 その姿に俺もも、一瞬で頭どころか全身が冷たくなる。 「おいおい……アンタ何してんだ。その血は?」 「ヘタな遊女を一人殺っちゃった。途中までは良かったんだけどなぁ。」 「……鳳仙の旦那にワビ入れてくる。」 「あはは、阿伏兎は律儀だなぁ。俺はここで待ってるね。」 とんでもない事をしでかしたというのに悪気の欠片も見せない団長に、 俺はいつものように呆れた溜息を吐いた。 そして俺がのっそりと立ち上がると、 俺の影に隠れて見えなかったが団長に視界に入り、 はビクッと体を震わせ、団長はまじまじとを見つめた。 「阿伏兎、その綺麗な女、花魁?」 「いや、星影天神様だそうだ。吉原のナンバー2だとよ。」 「阿伏兎だけズルイよ。こんな上玉に相手してもらうなんて。」 「俺はアンタと違って女遊びする歳じゃねぇんだよ。酌してもらってただけだ。」 不服そうに訴えてくる団長に俺がぶっきら棒にそう言うと、 団長は「ふぅん、」とだけ言ってそのままに向かって歩み寄ってきた。 は団長を怖がっているようで、一瞬息を呑み、体を強張らせる。 「じゃあ俺は阿伏兎が帰ってくるまでこいつで遊ぼうかな。」 「そいつは駄目だ。」 『……ッ!』 に歩み寄る団長の行く手を阻みながら俺がそう言うと、 驚いたと団長が同時に俺の顔を見た。 「お前が珍しいね……何?コイツに惚れたの?」 どうやら団長は本当に驚いているだけで、機嫌を損ねてはいないようだ。 それどころか、俺の意外な行動に興味津々といった様子だった。 思わず何も考えずに団長の行く手を阻んじまったが、 こいつは助かったと今更になって安心した。 「まぁ、そんなトコだ。 いいか、俺が帰ってくるまでこの女には指一本触れんじゃねぇぞ。」 『…………っ。』 俺が団長にそう言った時、視界の端での顔が紅く染まるのが見えた。 気恥ずかしかったのでちゃんと確認はしなかったが、 さっと顔を隠したので本当に真っ赤になっているようだ。 「へぇー、お前もちゃんと女に興味があったんだ。」 「アンタに言われたくねぇよ、このすっとこどっこい。」 俺は言いながら団長を阻んでいた腕を下ろし、入り口へと歩み寄った。 「じゃあ俺は鳳仙の旦那にワビ入れてくっから、 アンタまじでそいつに触るんじゃねーぞ。俺も怒るからな。」 「いいね、一度本気の阿伏兎と闘り合ってみたかったんだ。」 「……おい、やっぱりついて来い。」 『えっ……。』 笑顔で言う団長の言葉に「冗談」の二文字が見当たらなかったので、 俺は心底心配になってに声をかけた。 突然俺に声をかけられたは驚いたように声をあげたが、 団長はケラケラと笑って肩をすくめながら俺にこう言ってきた。 「冗談だよ。この女には指一本触れないよ。 だからさっさと鳳仙の旦那に話つけてきて、俺早く帰りたいから。」 「へーへー、我侭団長様の仰せのままに。」 俺は生返事をして、一応団長を信じて部屋を後にした。紅い光を放つ星
(紅い光を放つ星は、天変地異の前触れだと忌み嫌われる) (それは人間勝手な考えで、星はただ喜んでいるだけだというのに) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 太陽でも月でもない、貴女だけの星の力。 ……すみません、C.C.さくらのこの言葉が大好きなんです。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/12/19 管理人:かほ