しょうせつ
ちゃん、悪いんだけどコレあぶちゃんに渡しておいてくれない?」

その日、廊下を歩いていたら珍しく梅蘭さんに呼び止められた。
そしていきなりラメの付いた綺麗なブルーの袋を手渡される。
いきなりの事に面食らいながらも、アタシはその袋を素直に受け取った。

『阿伏兎に?アタシがですか?』
「そう。お願いできるかしら?」

アタシが尋ねると、梅蘭さんはつかみ所のない笑顔でそう言った。
第六師団の師団長であるこの梅蘭さん、
つかみ所がなくて正直アタシ神威団長よりも苦手なんだけどな……。
でも一応上司だし、断るのも悪いのでアタシは首を縦に振った。

『分かりました。渡しておきます。』
「ありがとう、助かるわぁ。』

梅蘭さんはまたフフッと笑い、「あっ、そうそう、」と言葉を続けた。

「それ、あたしからだって言わないでくれる?」
『え?どうして?』
「ビックリさせたいからよ♪だから中身も教えないっ。」
『はぁ……。』

何がそんなに嬉しいのか、
梅蘭さんはまるで女子高生の如きテンションでそう言い、
「じゃあお願いね」とアタシに言い残してその場を立ち去った。

『やっぱりアタシあの人苦手だなぁ……。』

アタシは梅蘭さんから受けとった袋を眺めながらそう呟き、
さっさと阿伏兎を見つけて渡してしまおうとその場を後にした。
持っている感じでは中身はそこそこ重さのあるものみたいだ。
袋にぶつかる音から察するに、硬い固形のもので大きさは15cm程度、
そこそこ質量のつまったものらしい。

まぁアタシには何の関係もないから中身なんて別に気にならないんだけど、
阿伏兎を探しているあいだ他にすることもなかったのでそんな分析をしていた。
すると第三師団の本部に続く廊下を曲がった所で阿伏兎の姿を発見。
アタシは歩く速度を早め、阿伏兎の元へと歩み寄った。

『阿伏兎。』
「ん?なんだ、じゃねぇか。」

どうしたんだこんな所で、と尋ねる阿伏兎に返事もせず、
アタシは梅蘭さんから預かった袋をぶっきら棒に差し出した。

『はいコレ、届け物。』

アタシがそう言いながら袋を突き出しても、
阿伏兎は袋を見つめたまま一向に動く気配を見せない。
その表情から察するに、どうやらかなり動揺しているみたいだ。
まさか阿伏兎、この袋の中身分かってる?
梅蘭さんがビックリさせたいから教えないって言ってたけど、
それはアタシに教えないってだけで、阿伏兎には既に伝わっているんだろうか。

「お前、コレ……。」
『いいから黙って受け取りなさいよ。アンタ宛てよ。』

言いながらズイッと袋を押し付けると、
阿伏兎は口を開いたまま間抜け面で恐る恐る袋を受けとった。

「コ、コレ……俺に、か?」
『そうよ。』
「団員全員に配ってるとかじゃねぇよな?」
『はぁ?何言ってんのアンタ。違うに決まってるでしょ?』

明らかに様子のおかしい阿伏兎を不審に思いつつもそう返事をすれば、
阿伏兎は受け取った袋とアタシを交互に見つめてほぅ、と息を吐いた。

一体どうしたっていうんだろうか。
やっぱり阿伏兎、この袋の中身を知ってるみたいね。
それにこんなに動揺してて、しかもかなり嬉しそうなんて、
阿伏兎が梅蘭さんに頼んでいたものとみて間違いないだろう。
さっきは中身に興味がない、なんて言ったけど、
阿伏兎がこんなに喜ぶものだなんて、ちょっと気になるかも……。

阿伏兎って基本的に何をされても喜んだりしないから、
こんなに嬉しそうにしてる阿伏兎は初めて見る。
あっ、何この胸のモヤモヤ。ちょっと梅蘭さんに負けた気分。
別にこんなオッサン喜ばせてアタシが得をするわけでもないからいいんだけど、
それでもなんか……ちょっとだけ、負けた気分。

『それじゃ、アタシもう行くから。』
「おっ、オイ待て!」

アタシが言いながら阿伏兎に背を向けると、
阿伏兎は何故か慌ててアタシの手を掴んでその場に引き止めた。
そんな阿伏兎の行動に、アタシはビックリして目を見開き阿伏兎を見つめる。
阿伏兎がアタシをこんなにストレートに引き止めるなんて、
しかも急に腕を掴んでくるなんて、普段だったら絶対にしないのに。

『な、何よ……。』
「お前コレ……お返し目当てとかじゃねぇよな?」
『はぁ?アンタ何言って……。』
「だってコレ、お前の本命ってやつだろ?」
『はぁ!?』

阿伏兎の言葉に、アタシは自分の耳を疑った。
お返し?本命?何言ってんのコイツ!
そんな言葉が阿伏兎の口から出てくるなんて思わなかったアタシは
しばらく言葉を失ってしまい、ただ阿伏兎を見つめることしか出来なかった。
するとアタシの様子に何かがおかしいと気づいた阿伏兎が
「えっ?」と首を傾げながら恐る恐る言葉を続ける。

「お前コレ……バレンタインデーのチョコレートじゃねぇのか?」
『はぁ!?違うわよ!これは梅蘭さんに頼まれて……!!』

そこでアタシは理解した。
あんのカマ野郎……アタシをハメやがったな!?
アタシがバレンタインの存在を忘れているのをいいことに、
あたかもアタシから阿伏兎にチョコを渡したように見せかけ、
どこぞの物陰でこっそり今の様子を楽しんでるんだろう。
してやられたと腹を立ててキョロキョロと周りを見渡すアタシとは対照的に、
阿伏兎はかなりガッカリした様子で頭を垂れていた。

『ちょっと阿伏兎!アンタ何ガッカリしてんのよ!』
「うるせぇな……誰もガッカリなんてしてねぇだろーが。」
『してるじゃない!何?アタシの本命チョコがもらえたとでも思ったの?
 冗談じゃないわよ!思い上がるのも大概にしなさいよね!』
「お前……俺の心の傷を抉って楽しいか?」

梅蘭の姿がどこにも見えないことにさらに腹を立てたアタシは、
落ち込んでいる阿伏兎に向かって言葉攻めで追い討ちをかけた。
すると阿伏兎は思った以上にショックを受けていたらしく、
がらにもなく落ち込んでしまったので流石のアタシもちょっと罪悪感。
そして急に居心地が悪くなったアタシは
落ち込んでいる阿伏兎に背を向け足早にその場から離れることにした。

「あ、オイ!」
『…………。』

そこまで離れていないところで名前を呼ばれたアタシは、
そのまましばらく歩き続け、そしてゆっくりと歩みを止めた。

『……義理くらいなら、来年アタシがあげるわよ。
 だから明日までにその辛気臭い顔どうにかしときなさいよね!』

阿伏兎に背を向けたまま乱暴にそう言い捨てて、
アタシは第七師団の本部へと向かう廊下を全速力で駆け抜けて行った。




甘い甘い約束を

(……ククク、ったく、可愛げのねぇ奴だな) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 阿伏兎さんと一緒に、ハッピーバレンタイン! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/02/14 管理人:かほ