『失礼しまーす。』 アタシが化学準備室のドアを開けると、中から苦しそうな咳が聞こえてきた。 『阿伏兎先生?大丈夫ですか?』 授業プリントを手に持ったアタシがそう尋ねれば、 虚ろな目をした阿伏兎先生が「あぁ、サンキューな」と言ってプリントに手を伸ばす。 その声は酷く掠れていて、やっぱりゲホゲホと咳を続けていた。 『風邪、ですか?』 「んー……みてぇだな。」 『お薬は?』 「俺あんまり薬に頼りたくねぇタイプなんだよなぁ……。」 阿伏兎先生はそう言いながらプリントを机の端っこに置いた。 「まぁ今日は授業全部自習にしたし、こっから出てねぇし、 他の奴らにうつす心配はねぇと思うんだが……。 あ、お前はこの後すぐに手ぇ洗ってうがいしろよ。うつっても知らねぇぞ。」 『大丈夫ですよ。体が丈夫なのが唯一のとりえなんで!』 アタシがガッツポーズをしながら冗談半分でそう言えば、 阿伏兎先生は「あぁ、そういえばそうだったな」なんて言いながらクククと笑った。 『もう!ちょっとはフォローして下さいよ! 先生実は結構元気でしょ!アタシをからかって楽しめるくらいには!』 「お前をからかったら元気が出てくるんだよ。」 『何ですかそれー!』 言いながらケラケラ笑い出した阿伏兎先生に、 アタシは足をジタバタさせながらそう叫んだ。 やっぱりこの人元気じゃないか!心配してちょっと損したかも! そんなアタシを見てやっぱり阿伏兎先生はケラケラ笑っていたけれど、 途中でふと何かを思いついたような顔をして、オイ、とアタシの顔を見た。 「お前、確か体温低かったよな?」 『へ?あぁ……まぁ、低い方ですけど。』 阿伏兎先生の質問の意図がよく分からず、 アタシはキョトンとした顔で先生を見つめた。 すると阿伏兎先生はアタシをちょいちょいと手招きして自分の傍に来るよう指示した。 何がなんだか分からなかったけど、とりあえずアタシは阿伏兎先生に従って 学校によくあるキャスター付きの椅子に座っている阿伏兎先生に近寄った。 次の瞬間、阿伏兎先生はアタシの腕をガッと掴んで自分の方に引き寄せた。 『ぅわっ!?』 予想外のその行動に、アタシは思わず短く叫んで阿伏兎先生の方に倒れこんでしまった。 すると阿伏兎先生はそれを狙っていたのか、 自分の方に倒れこんできたアタシをギュッと抱きしめ、 「あーやっぱり冷てぇわー」なんて言いながらふぅ、とため息をついていた。 『ちょっ、ちょっと阿伏兎先生……!』 「お前人間冷えピタだなぁ。気持ち良いわー。」 そう言った阿伏兎先生の吐息が耳元にかかり、アタシは思わず身じろいだ。 普段の声も十分カッコいいけど、今の先生の声は色っぽい感じに掠れてて、 なんかこう、ほどよくエロいと言うか、大人の男性って雰囲気がえげつないと言うか、 とにかく純粋な女子高生にはかなり刺激のきつい声になっていた。 『せ、先生、ちょ、熱い……!』 「動くな。今体冷やしてんだから。」 『ひっ!?ちょ、耳、近い……!』 「んー?」 『うぅ〜……!!』 阿伏兎先生の膝の上に座って完全に抱きしめられる形になっているアタシは、 どんなにもがいても先生の腕から抜け出すことは叶わなかった。 アタシがこんなにも顔を真っ赤にして心臓をフル稼働させているというのに、 阿伏兎先生の掠れた声と吐息は容赦なくアタシの耳に届いてくる。 別に全然変なことないのに、いや、ちょっとは変かもしれないけど、 いやいやいやっ、変ってソッチ系の変じゃなくて普通に変って意味なんだけど、 でもやっぱり変な雰囲気になっちゃいそうで……いやいやいや!! 別に全然そんなことないけど!!全然健全だけど!!でも……!! 「……ぶふっ!」 『……!?』 アタシが一人でテンパっていると、突然阿伏兎先生がブフッと吹き出した。 でも思考回路がショートしているアタシには どうして阿伏兎先生が吹き出したのかが全く理解できず、 情けない顔をして阿伏兎先生を顔を見ることしか出来なかった。 すると先生は笑うのを一生懸命こらえながら言葉を紡ぐ。 「お前、顔真っ赤だぞ……。」 『だっ、誰のせいだと!』 「ぶふっ!み、耳に息かけられたくらいでそんなに硬く目ぇつぶるか、普通……!」 『なっ……!!あっ、阿伏兎先生まさかワザとやってた!?』 アタシが憤慨してそう叫ぶと、阿伏兎先生はとうとう堪えきれなくなったようで、 弾けたようにぶわっはっはっは!と大声をあげて笑い出した。 「やっぱりお前の反応おもしれぇわ!ぶわっはっは!」 『もっ、もぉー!!阿伏兎先生のバカー!いじわるー!!』 からかわれた事に腹を立てたアタシは、 そう叫びながら阿伏兎先生の膝の上から降りようとした。 すると阿伏兎先生は笑いすぎたのかゲホゲホと激しい咳をしだして、 それと同時に動こうとしたアタシの腕をガッと掴んだ。 『ちょっと、先生大丈――……。』 次の瞬間、阿伏兎先生はアタシに風邪をうつした。 いや、正確には、うつるようなことをした。 「もう手遅れだと思うが、帰りはちゃんと手洗いうがいしろよ?。」 そう言いながらニヤリと笑った阿伏兎先生に、 アタシの心臓はうるさく鳴り響き、体温は急上昇した。 全く、動悸と発熱だなんて完全に風邪の症状じゃない。 どうやらアタシは完璧に阿伏兎先生から風邪をうつされちゃったみたいだ。その病、治療不可能につき
(こっ、校長先生に言いつけてやる……) (俺は別に構わねぇが、そうなったら俺即効クビだろうなぁ) (…………) (そうなったらお前が寂しいだろ?) (……別に寂しくないけど、言いつけるのは勘弁してあげる……) (どうも) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 六万打本当にありがとうございました! 確信犯な阿伏兎先生も色気があっていいんじゃないかと。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/10/02 管理人:かほ