それは本当に本当に突然だった。 「なぁ。お前、明日ウチに泊まりに来ねぇか?」 放課後の化学準備室で、阿伏兎先生は少し深刻な顔をしながらそう言った。 アタシは阿伏兎先生の言葉がすんなり頭に入ってこなくて、 しばらく黙って阿伏兎先生を見つめた後、 ようやくその言葉を理解して『へっ!?』と間抜けな声を上げてしまった。 『あああ阿伏兎先生っ!? あたっ、アタシまだ高校生なんでっ、 大人の階段を登るのはまだ抵抗があると言うかっ! いや、阿伏兎先生が嫌いとかそんなんじゃないんですけど……!!』 「ちょっと待て!落ち着け!誰がそんなこと言った!」 あまりの急展開にアタシが顔を真っ赤にしていると、 何故か阿伏兎先生が慌ててアタシの言葉を遮り、 そしてちょっと照れたように顔を逸らしてボソリと呟いた。 「お前に頼みたいことがあるんだよ。」 『た、頼みたいこと?』 どうやら大人の階段的お誘いではなかったようで、 アタシはがっかりしたような安心したような複雑な気持ちになった。 阿伏兎先生は全くそんなつもりなんてなかったのにアタシが誤解してしまったから、 今更になって自分の言った言葉に照れているようだった。 いやでも今のは阿伏兎先生が悪いよね。あの言い方は誤解するよね。 『何ですか?頼みごとって。』 アタシは自分の座っているソファから少し見上げる形で デスクの椅子に座っている阿伏兎先生にそう尋ねた。 すると阿伏兎先生はちょっとだけ言葉に詰まり、「実はな……」と口を開いた。 「大学時代の同期からしつこく言い寄られてんだよ。 今までずっと疎遠だったっつーのに、こないだ急に連絡が来て……。」 『へぇ……阿伏兎先生モテモテー……。』 アタシが少し恨めしそうにそう言えば、阿伏兎先生は困ったように苦笑した。 「妬くな妬くな。俺はお前以外とどうこうなる気はねぇよ。 で、その同期が結婚しろってしつけぇから、 お前明日一日だけ俺の嫁さんになってくんねーか。」 『へ!?何!?どういうこと!?』 またしても急展開な話の流れに、アタシは驚いて思わず声を大きくしてしまった。 阿伏兎先生、今何て言った?嫁さん?え、何?嫁さん? さっきから話が全く理解できないんだけど!? とりあえず、阿伏兎先生が女の人に言い寄られてるのだけは分かった。 でもそれ以外は全然分かんない。 「アイツは俺がまだ独身だからって言い寄ってるだけなんだ。 だから俺が結婚してると分かりゃあすぐに諦める。」 『そ、そういうもんなんですか……?』 「俺達の世代はそういうもんなんだよ。婚期逃して焦ってやがんだ。」 『はぁ……。』 アタシにはまだ大人の恋愛事情ってやつが分からなかったので、 とりあえず阿伏兎先生の言葉に曖昧に返事をしておいた。 でも今の話で全てを理解した。 つまり、阿伏兎先生が言い寄られてる、私が嫁さん、 俺もう先客が居るんだよオッケー?相手諦める、的な……そういう流れってこと? 「……本当は、お前に言うか迷ったんだけどな……。」 『え?』 アタシが話の流れを反芻していると、ふいに阿伏兎先生がそんなことを呟いた。 そして一度大きな溜息を吐いたかと思ったら、 照れているのか困っているのかよく分からないような顔をしてアタシの顔を見た。 「本当は月詠あたりに頼もうかと思ってたんだよ。 お前、まだ高校生だし。っつーか教え子だし。 年の差ありすぎてロリコンだと思われるのもアレだと思ってな……。」 『はぁ……。』 アタシは心の中で十分ロリコンじゃないかと思ったが、口には出さなかった。 「だが、やっぱりお前以外の女を嫁さんだって言うのは抵抗があってな。 だからお前に頼むことにした。気が早いと思われるかもしれねーけど。」 『阿伏兎先生……。』 頬を真っ赤に染めながら言う阿伏兎先生に、 アタシの胸はキュンキュンしすぎて痛いくらいだった。 阿伏兎先生のこういう変に真面目なトコ大好き。 その場限りの夫婦なんだから月詠先生でも誰でも良かったのに、 きっと阿伏兎先生なりに真剣に考えてくれたんだろうなぁ。 確かに、夫婦と言われれば気が早いかもしれないけど、 自分が阿伏兎先生に選ばれたんだって思うと、この上なく嬉しい。 って言うか、さっきから阿伏兎先生、恥ずかしい台詞言いすぎじゃない? 普段なら「お前がいい」なんて絶対に言ってくれないのに……。 まぁ、嬉しいからいいけど。 「お前なら化粧してそれなりの格好すれば大学生くらいには見えるだろ。 明日一日だけでいいんだ。大学生のフリして俺の嫁さんになってくれ。」 『よ……。』 阿伏兎先生があまりにも真剣な顔で 「俺の嫁さんになってくれ」なんて言うもんだから、 アタシはまるで本当にプロポーズされているかのような感覚に陥って、 思わず顔を真っ赤にして阿伏兎先生から視線を逸らしてしまった。 そんなアタシの反応に阿伏兎先生は一瞬不思議そうな顔をしたけど、 しばらくして何でアタシが照れているのかを理解したらしく、 「あ、いや……」と言葉を詰まらせながらみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。 「と、とりあえず、そういうこった。 お前の家には俺から連絡しておく。あれでも一応保護者だからな。」 『い、一応て……。』 「明日は俺が迎えに行く。お前は大学生っぽい格好して待ってろ。」 『は、はい……。』 「きょ、今日はもう帰れ。そろそろ志村と神楽が補習から戻ってくる頃だろ。」 『そ、そうですね。じゃあ、阿伏兎先生、また明日。』 「おう。」 アタシ達は何ともいえない雰囲気の中そんな会話を繰り広げ、 そしてお互いにぎこちなく別れの挨拶を交わして話を終えた。 その後はお妙ちゃんや神楽ちゃん達と一緒に他愛もない話をしながら家に帰り、 さっきの何ともいえない雰囲気のことなんてすっかり忘れていた。 夜になって阿伏兎先生から電話を受けたお母さんが受話器越しに何度も 「押し倒しても構わないんですよ?」と言っているのを聞くまでは。 『ちょっとお母さん!?何バカなこと言ってんのよ!!』 アタシが慌ててその場で立ち上がりお母さんに抗議すると、 お母さんはケラケラと笑いながら阿伏兎先生と会話を続けた。 「あははは!やだわもうこの子ったらカマトトぶっちゃって。 阿伏兎先輩、もうこの子に手ぇ出したんでしょ? え?出してない?いや何で逆に出してないの?おかしいでしょ。」 そこからは会話の内容が下品なものに変わってしまったので 詳しくは言えないけど(って言うか言いたくないけど)、 とりあえずお母さんは明日のお泊りのことをOKしてくれたみたいだった。 ウチのお父さんとお母さんは高校時代、阿伏兎先生の後輩だった。 同じ部活だったらしくて、両親は阿伏兎先生にとっても懐いてた。 だから昔から交流があって、アタシは高校に入る前から阿伏兎先生のことを知っていた。 と言うか、阿伏兎先生が居るから銀魂高校に進学した。 入学した時はまさか今みたいな関係になるなんて思ってもみなかったけど、 幸いなことに両親公認の仲なので本当に良かったと思う。 「じゃあ、をよろしくお願いしますね。」 お母さんと阿伏兎先生の会話はそんな言葉で締めくくられた。 これじゃあまるでアタシが本当に嫁に行くみたいじゃないか……。 アタシは放課後の化学準備室での出来事を思い出し、思わず赤面してしまった。 こんな調子で、明日のお嫁さん作戦をうまく乗り切れるんだろうか……。 なんだか今から心配になってきた。すごく。 続く .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 当日にお祝いできなかったけど、お誕生日記念小説開始です! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/02/19 管理人:かほ