しょうせつ

土曜日の朝、アタシを迎えに来た阿伏兎先生を両親が散々いじり倒し、
アタシはその光景を見ながらきっと高校時代もこんなんだったんだろうなぁと思った。
それからアタシは車に乗り込み、阿伏兎先生の自宅へと向かった。
って言うか、阿伏兎先生さっきからアタシのこと全然見てくれないんだけど。
やっぱり昨日の放課後のことまだ恥ずかしがってるのかな……。
アタシはもう平気なんだけどなぁ。わりと。

『阿伏兎先生、まだ昨日のプロポーズもどきを気にしてるんですか?
 そんなんじゃ今日のお嫁さん大作戦をコンプリートできませんよ?』

アタシが助手席からそう声をかければ、
阿伏兎先生は眉間にしわを寄せて微妙な顔をした。

「色々とツッコミたい単語が聞こえた気がしたが……
 別に昨日のことを引きずってるわけじゃねーよ。」

阿伏兎先生はそう言うとちょっとだけアタシの方を見て、
そしてまたすぐに視線を前に向けてしまった。

「お前……本当に高校生か……?」
『何ですかそれ!老けてるって言いたいんですか!?
 悪かったですね!アタシは正真正銘ピチピチの18歳ですよっ!』

阿伏兎先生の失礼な一言にアタシが憤慨してそう言えば、
先生は「いや……」と一言だけ呟いて、右手で自分の口元を覆った。

「ソレ、反則だろ……。」

よく見ると、阿伏兎先生の顔は驚くほど真っ赤に染まっていて、
アタシは先生が何を言いたいのかを理解してしまった。
いっそ、綺麗だとか可愛いだとか褒めてもらえた方が何倍も良かった。
それなら、ここまで胸の鼓動が高まることもなかったっていうのに。

『あ、阿伏兎先生ってむっつりですよね……。』
「……自分でもそう思う。」
『お母さんが言ってました。
 お化粧とか服とか、お母さんが準備してくれたんですけど、
 その時に「これで阿伏兎先輩も辛抱たまらんでしょ」って。』
「……アイツ等は俺を知り尽くしてるな。」

結局、また昨日の放課後と同じような気恥ずかしい雰囲気になってしまい、
阿伏兎先生の自宅に着くまでの残りの10分間くらいはお互いに無言のままだった。
ホント、こんなんで夫婦のフリなんて出来るんだろうか。
……むしろ、アタシは子供のまま無事に家に帰れるんだろうか。

「。」

阿伏兎先生のマンションに着き車を降りた途端、ふいに先生に名前を呼ばれた。
アタシがその声に振り返ると、阿伏兎先生が小さな何かをアタシに手渡した。
見ると、それはお母さんの結婚指輪だった。

『えっ?何でコレ……。』
「アイツ等が今日一日貸してくれるってよ。そーゆーのがあった方がぽいだろ?」
『ぽいですけど……。』

見ると、阿伏兎先生の左手の薬指には既に見慣れた指輪が光り輝いていた。
あれはお父さんの結婚指輪だ。お父さんと阿伏兎先生、指のサイズ一緒だったんだなぁ。
アタシがそんなことを考えながらボーっと先生の左手を眺めていると、
不思議に思った先生がまた「?」と声をかけてきた。

「どうした?」
『あ、いや、別に……。』

アタシがそう返事をすると、阿伏兎先生は何故か微妙な顔をした。

「まさかお前、結婚前に左手の薬指に指輪はめると婚期逃すっつー噂を気にしてんのか?」
『え?いや……。』
「心配すんな。お前は俺が責任持ってもらってやるから、さっさとソレつけろ。」

阿伏兎先生はぶっきら棒にそう言うと、
アタシをおいてエレベーターの方へと歩いていってしまった。
そんな先生の後姿を、アタシは顔を真っ赤にして見つめることしかできなかった。
阿伏兎先生、今とんでもないことをさらっと言った。
お前を責任持ってもらってやるとか何とか……とりあえずとんでもないことを。

昨日から思ってたけど、なんだか先生おかしい。
いつもなら絶対にあんな台詞言わないのに、
この二日間で恥ずかしい台詞のオンパレードだ。
もしや先生、結婚を迫られたことによってそういう何かに目覚めたんじゃないだろうか。
恋への欲求的な……性欲的な……そんな何かに。

「オイ!何してんだ?」
『はいっ!?』

急に名前を呼ばれ、アタシは思わずその場でビクッと体を震わせた。
そして声がした方を見ると、
阿伏兎先生が既に来ていたエレベーターの前でアタシが来るのを待っていた。
アタシは慌てて先生の元へ駆け寄り、一緒にエレベーターに乗り込んだ。

「お前本当に大丈夫なんだろうな……。」

隣で阿伏兎先生がとても不安そうな表情をしてアタシを見つめてきたので、
アタシは根拠のない自信を持って『大丈夫です!』と豪語した。

『アタシはもう大学生のです!
 大江戸大学に通う普通の女子大生で、部活動は天文学部、
 休日には飲食店でバイトをし、先生とは大学進学と共に結婚した設定です!』
「お前そういうバカバカしい設定とかはキッチリするよな……。」

阿伏兎先生は言いながら呆れたように苦笑した。

「設定も結構だが、芝居もしっかりしてくれよ?
 お前見た目は美人に仕上がってるが、中身がまんまだからな。」
『なっ!失礼な!それどういう意味ですか!』
「ほらほら怒るな、化粧が崩れるぞ。っつーか早く指輪はめろ。」

阿伏兎先生はまだアタシの手の中にあった結婚指輪を見て小さな溜息を吐いた。
アタシは言われたとおりに指輪をはめようとしたけど、
ふと思いついてその手を止め、阿伏兎先生に指輪を差し出した。

『どうせなら阿伏兎先生がつけて下さいよ。』
「アホか。そういうもんはなぁ、本番まで大事にとっとくもんなんだよ。」

阿伏兎先生にそうあしらわれ、アタシは文句を言いつつも自分で指輪をはめた。
お母さんの結婚指輪はアタシの指にしっかりと当てはまった。
どうやらアタシとお母さんの指のサイズも一緒だったらしい。

「それと、阿伏兎先生ってのもどうにかならねぇか?
 今日は無礼講でいいから、せめて阿伏兎さんにしてくれ。教え子だってバレちまう。」
『えっ、えぇぇ!?』

阿伏兎先生のいきなりの提案に、アタシは思わず大声を出してしまった。

『ムリムリムリ!!絶対ムリー!!』
「何がムリなんだよ。“先生”を“さん”に変えるだけじゃねーか。
 今日だけは大学生のなんだろ?大丈夫だ、お前なら出来る。」
『適当なこと言わないで下さい!アタシ無理です!
 阿伏兎先生をそんな馴れ馴れしく呼ぶなんてっ……!
 せ、せめてお父さんで勘弁して下さい!』
「いや何でお父さん?不自然だろ子供も居ないのに嫁にお父さんって呼ばせてたら。
 何プレイだよ。俺ただの変態じゃねぇか。」

そんなバカみたいな会話を繰り広げていると、
ふいにチン、という軽快な音が鳴りエレベーターがゆっくりと止まった。


続く

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阿伏兎さんはお父さんっていうよりパパってイメージなんですけど、

これ一体どういうことなんですかね?


※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。

2012/03/11 管理人:かほ