「ほら行くぞ。」 阿伏兎先生はそう言うとスタスタと自分の家に向かって歩いて行ってしまった。 アタシは慌てて先生の後を追いかける。 『ちょっ、先生!ムリですって!アタシまだ心の準備が!』 「オイオイしっかりしろよ。もうあと数時間後には始まっちまうんだぜ?」 『へっ?始まるって何がですか?』 アタシが阿伏兎先生を追いかけながらそう尋ねれば、 阿伏兎先生はしまったとでも言いたげな顔をしてその場で立ち止まった。 「そういやぁまだ言ってなかったか……。」 『えっ、何ですか?何かまずいこと?』 アタシが不安そうにそう尋ねれば、先生は申し訳なさそうにアタシの顔を見た。 「実は今日なぁ、同窓会なんだ。」 阿伏兎先生のその言葉に、アタシは思わずその場でブッ倒れるかと思った。 『ど……。』 「いや、悪ぃ悪ぃ。車の中で言おうとしてたんだが……。」 『同窓会って……どういうことですか……。』 放心状態のアタシに、阿伏兎先生は困った顔で言葉を続けた。 「同窓会っつってもそんな大層なもんじゃねーよ。 大学時代につるんでた数人と近所の居酒屋に飲みに行くだけだ。 そこに昨日言った女も来るから、お前を連れてって紹介しようと……。」 阿伏兎先生はだんだんと声を小さくしていきとうとうそこで言葉を詰まらせた。 それもそのはず、話しかけられているアタシが完全に放心状態なのだから。 「……大丈夫か?」 『先生……アタシ……プレッシャーに押しつぶされそうです……。』 「わ、悪ぃ……昨日の段階で言っておけばよかったな……。」 アタシはただ今日一日先生の家でお嫁さんらしいことをしていれば良いと思っていた。 そこに噂の女の人が来るなりなんなりして、 ほらアタシ達立派な夫婦でしょ?的な、そんな流れかと思っていた。 アタシの心は完全に2対1の予定だったのだ。 それが何?同窓会?居酒屋で数人と? つまりアタシは全く関係のない人たちに対しても 『どうも嫁です』の態度で接しなければいけないということ? 2対複数の対戦だったなんて、完全に準備不足だ。 こんなことなら最初の村で最強の装備にしとくんだった。 いくらなんでも木の棒と鍋のふたで複数戦はキツすぎる。 『阿伏兎先生、アタシおうちに帰りたい……。』 「そうか……じゃあいい加減帰るか、俺の家に。」 『いや、そっちの家じゃなくて……。』 そんな弱々しい抗議は華麗にスルーされ、 アタシは阿伏兎先生に連れられて先生の家へとやって来た。 阿伏兎先生の家には何度か来たことがあるので緊張とかそんなんはなかったけど、 こんなにもこの家から出たくないと思ったのは今日が始めてかもしれない。 『阿伏兎先生アタシむりだよ!もうヤだ!アタシここから動かない!』 リビングにある大きなクッションにしがみつき、 アタシはほとんど泣きそうな声でそう叫んだ。 「まぁそう言うな。相手が数人増えただけじゃねーか。」 『じゃあ阿伏兎先生はスライムが一匹出てくるのと八匹出てくるのとでは 全く同じ心構えだとでも言うんですか!?』 「スライムは八匹になったら合体すんじゃねーか。」 阿伏兎先生は苦笑いでそう言うと、ふいにアタシの頭を撫でてきた。 「、頼む。」 『うっ……。』 ズルい。そんな顔でそんなこと言われたら断れるわけないじゃないですか……。 アタシは真っ赤になる顔を隠すようにしてクッションをギュッと抱きしめた。 阿伏兎先生はまだアタシの頭をよしよしと撫でてくれていて、 その大きな手がとても心地よくてこれは完全にアタシの負けだと悟った。 まぁ、相手が一人だろーが複数だろーがやることは変わらないから、別にいいか。 『阿伏兎先生ズルい……。』 「先生じゃなくて阿伏兎さんな。頼むからボロ出さないでくれよ。」 『……阿伏兎……さん……。』 アタシが練習がてらそう呟くと、ピタッと阿伏兎先生の手が止まった。 不思議に思って阿伏兎先生の顔を見ると、 先生は目を真ん丸に見開いて顔を真っ赤に染め上げていた。 そしてアタシの視線に気がつくと、その顔をバッと逸らしてしまう。 その反応にアタシが小首を傾げると、阿伏兎先生は困ったように口を開いた。 「お、俺の理性は“先生”の一言で保たれてたんだな……。」 『なっ……!?』 阿伏兎先生のその言葉に、アタシの顔も真っ赤に染まってしまった。 先生、今なんて言った?理性って言った? 前略お母さん。は今日無事におうちに帰れる気がしません。 だって阿伏兎先生が理性ぶっ飛びそうなんだもの! 『もっ、もう二度と呼ばない!阿伏兎先生のバカ!エッチ!!』 アタシがクッションにしがみつきながらそう叫べば、 阿伏兎先生は焦った様子でアタシにひたすら謝ってきた。 「いや襲ったりはしねぇから!大丈夫だから!」なんて言いながら 必死でアタシの機嫌を直そうとオロオロしている。 そんな先生の様子に、アタシはゆっくりと先生の顔を見た。 『……ホントに何もしませんか?』 「しねぇよ!俺前に言っただろ、お前が高校卒業するまでは手ぇ出さねぇって。」 『でもさっき理性がどうとか……。』 「た、確かにお前に阿伏兎さんって呼ばれるのはちょっとアレだから……。」 阿伏兎先生はそこまで言うと言葉を詰まらせ、 しばらく何かを考えるように黙り込み、そしてゆっくりと口を開いた。 「……阿伏兎さんって呼ばれてる間はと2人きりにならないように努力する。」 『考えに考え抜いた末出てきた解決策がそれですか……。』 アタシは阿伏兎先生の予想外の返答に思わず呆れた声でそう返してしまった。 阿伏兎先生、本当にアタシに阿伏兎さんって呼ばれたら色々とアレなんだ……。 今までずっと阿伏兎先生の優しいところとか大人なところしか見てなかったから、 先生がこうして欲求に負けそうになるところなんて初めて見たかも……。 いつも冷静でちょっとやる気のない阿伏兎先生が好きだったけど、 こういう焦ったり困ったりする先生も可愛いかも、なんて思ったり。 その後、アタシが阿伏兎先生を“阿伏兎さん”と呼ぶのは 同窓会の会場に着いてからにしようということになった。 そりゃ最初は先生のこと阿伏兎さんって呼ぶの恥ずかしかったけど、 なんか本物の新婚さんみたいで嬉しかったのになぁ。 そんなこと今の阿伏兎先生に言うと本当に襲われるかもしれないから言わないけど。 続く .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 提案はしたもののいざ呼ばれると照れちゃう阿伏兎先生とか可愛すぎて……。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/03/31 管理人:かほ