「馬連隊?」 何ソレ、強いの? そう言った団長をしばらく見つめた後、俺とは大きなため息を吐いた。 『団長、馬連隊じゃなくてバレンタイン。』 が呆れた溜息の後もう一度そう説明するも、団長の耳は補聴機能を失っているらしく、 「馬連隊員?だから何だよソレ、強いの?」とボケ老人もビックリの聞き間違いをぶちかました。 『もういい。書く。』 色んなことを諦めた顔でそう言って、 は紙に綺麗な字で“バレンタイン”と書いて団長の目の前に突き出した。 『リピートアフタミー。バレンタイン。』 「バレンタイン。」 『はいよろしい。ここテストに出ますからね。』 「で?結局何なの?そのバレンタインってやつは。 俺の目の前に山積みになってるこのチョコレートと何の関係があるんだい?」 団長は言いながら自分の真後ろに置いてあるテーブルを見やる。 そこには色とりどりにラッピングされたチョコの山が今にも崩れそうな勢いで積まれていた。 俺が上で寝ころんでもまだ余裕のあるデカさのテーブルだ。 その異常な量については詳しく説明しないでも分かるだろう。 冒頭のコントのようなやりとりのきっかけは、この山積みのチョコレートだった。 実は俺たち第七師団は昨日から泊りがけの仕事をこなしていたのだ。 とある星のとある組織を壊滅するという、珍しくもなんともない普通の仕事だ。 ただ相手の人数が多かったのと、 相手が珍しい最新兵器を持ち出してきたせいで夜通し戦う羽目になってしまったのだ。 そうして任務を終えた今日の朝方、 組織から弾圧を受けていたその星の住人(女だらけだった)が団長によこしたのが、 このチョコレートの山だったというわけだ。 『地球発祥の伝統的な行事みたいですよ。 毎年2月14日には女の子が好きな男の子にチョコレートを贈るんですって。』 のその言葉に、俺と団長は同時に首をかしげた。 「2月14日?まだ先じゃないか。」 そう、今日は2月9日。 の言う14日はまだまだ先の話だ。 『それは……アレじゃないですか?もう団長に会えないからとりあえず渡しとけ、みたいな。』 「そんなアバウトな感じでいいの?」 『さぁ?私だってさっき梅蘭さんに教えてもらったところなんで、詳しくは……。』 納得いかない様子の団長に、は困った顔でそう答えた。 梅蘭団長は本当に何でもかんでも知ってんな……。 団長とは別の意味で、この世で最も敵に回してはいけない人間のような気がする。 「つまり、あの星の女たちは俺に惚れてるってこと?」 『いえ、必ずしもそうではないらしいです。 昔は好意のある相手にチョコを贈っていたそうですが、 今は感謝の意を込めて贈ったり、友達に贈ったりするそうですよ。』 「なら団長へのソレは感謝ってことだな。」 『数人はマジ惚れが含まれてそうですけどね。』 へぇ、とたいして興味のなさそうな声を出しながら団長はチョコレートの山を見た。 大食らいの団長の胃袋にかかればこんな山一瞬でなくなるだろう。 好意であれ感謝であれ、味わって食うという概念がない団長だが、 一応食ってもらえるならあの女たちも報われるだろう。 『さて、私そろそろ行きますね。』 「行くってどこへ?」 『梅蘭さんにね、師団用のチョコレート作るの手伝ってって言われてるんですよ。』 「えっ?」 のその言葉に、俺は思わず声をあげてしまった。 「今から作るのか?」 『そうなんですよー。第五師団のみんなと梅蘭さんと私で作る予定なんですけどね、 梅蘭さんは明日から数日間泊りがけの任務だし、 第五師団も忙しくなるから、作るのが今日しかないんですって。』 困ったように説明するだが、今一番困っているのはこの俺だ。 「師団用ってお前、春雨に何人野郎が居ると思ってんだ。」 『さぁ……?任務で居ない人もいっぱい居るし、 梅蘭さんがどこまで渡すつもりなのか分からないですけど、 とりあえず今日と明日は厨房に缶詰ですね。』 今日と明日はって、それじゃあお前、俺の――……。 そう言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。 「、俺はでっかいチョコケーキがいいな。」 『はぁ!?アンタそのチョコの山を目の前にしてよくそんなことが言えますね!?』 「これくらい1日もあれば食べきっちゃうよ。」 『アンタはバケモンか!!』 はそうツッコミをいれると、軽く手を振って部屋を出て行ってしまった。 2月10日 その日、俺は朝から溜息を止められずに居た。 理由は至ってシンプルだ。 に自分の誕生日を祝ってもらえなかった。たったそれだけのこと。 しかし誕生日ってイベントは本当に恐ろしいもんだ。 こんないい歳したオッサンが、 片想い中の小娘に祝ってもらえなかっただけでテンションだだ下がりするんだから。 「はは……片想い中ねぇ……。」 たかが誕生日ごときで浮かれていることよりも、 自分より一回り以上も年下の小娘に“片想い”なんてモンをしている方がよっぽどお笑い草だ。 思えば、に会うまでは誕生日なんて気にしたことがなかったな……。 そこまで考えて、俺はもう何度目か分からない溜息を吐いた。 『阿伏兎さんって何歳なんですか?』 とある任務の帰り道、血塗れのが小首を傾げてそう尋ねてきたのが去年の春ごろの話。 藪から棒にどうしたと俺が尋ね返すと、は『実はね、』と頬の返り血を拭った。 『さっき私が殺した某国の参謀居たでしょ? アイツ絶対オッサンだと思ってたのに、まだ20歳そこそこの小坊主だったみたいなんですよ!』 驚いた様子でそう言ったに、 俺は内心「20歳にもなってない小娘が何を偉そうに……」と苦笑した。 そしては続けて、俺の歳も自分が思っているよりも若いのではないかと言い出した。 「ちなみに、何歳だと思ってた?」 『…………40台、前半。』 「…………。」 の何気ないその一言に、俺の心は酷く抉られてしまった。 俺ってそんなに老けてみえるのか?ヒゲか?このヒゲのせいか? 傷心の俺に気付いたが『まさか……』とアワアワしていたが、 少し前を歩いていた団長は遠慮もなしにゲラゲラと笑い出した。 「阿伏兎はまだ31歳だよ。」 『えぇっ!?まだ三十路ちょっと越え!?ごごごごめんなさい阿伏兎さん!! 私ったらオッサンの繊細で複雑で面倒くさいガラスのハートを……!!』 「謝ってんのか追い打ちかけてんのかどっちだこのすっとこどっこい!」 こうして話題は俺の年齢と誕生日の話になり、 もう過ぎてるやないか何で教えてくれへんかってんという流れになり、 この歳にもなって誕生日なんて祝わねぇよと俺が返事をしたところで、 『なら来年は私がお祝いしてあげますね!』との笑顔が飛び出したのだ。 まぁ、あんな何ヶ月も前の約束、覚えてなくても不思議じゃねぇけどな。 友人家族の誕生日ならともかく、一度聞いただけのただの同僚の誕生日なんて……。 それでも、かなり期待をしてしまっていたから朝から溜息が止まらないのだろう。 団長の誕生日には興味を示さず、俺の誕生日だけを祝うと言ってくれたから、 アホみたいな期待までしてしまい、挙句の果てがこのざまだ。 俺はチラリと時計を見た。 宇宙に朝も夜もないが、恐らく地球では夕日が姿を隠す時間帯だろう。 つまり、あと数時間で今日が終わる。 そこまで考えて、俺はまた大きな大きなため息を吐いた。 『な〜に辛気臭い顔してるんですか。』 「うわぁっ!?」 突然後ろから声がして、俺は思わず腹の底から声を出して振り返った。 そこには厨房で缶詰になっているはずのが驚いた顔で俺を見つめていた。 『ビックリしたぁ……私に気付かないくらい落ち込んでたんですか? 歴戦の夜兎が聞いてあきれますよ。私がもし団長なら頭持ってかれてましたよ、頭。』 「お前っ……何でここに……。」 困惑する俺の様子に、は含みのある笑みでにんまりとした。 『私が来ないと思って落ち込んでたんでしょ。』 「…………!?」 その一言で、俺はコイツが言わんとしていることを理解した。 「お前さんまさか……。」 『一回落としてから上げた方が喜びが倍増するかなー?と思って♪』 「思って♪じゃねぇよこのすっとこどっこい! あんまりオジサンをからかってると痛い目みせるぞ!」 『あはは!そんなに怒らないで下さいよー!ちゃんとプレゼントも用意してるんですから♪』 は言いながらケラケラと笑って、おもむろに俺の隣に座ってきた。 『さんはいっ、で見せたいんで、目ぇつぶってください。』 「はぁ?そんなにもったいぶるような『いいから!』 の勢いに負け、俺は渋々目をつぶった。 そういえば、さっき見た限りではコイツ手ぶらじゃなかったか? そこまで大きいモンじゃねぇってことか? それこそポケットに入るような……まさかチョコレートじゃねぇだろうな。 そんなバレンタインのついでみたいなプレゼント出しやがったら迷わず殴ろう。 そんなことを考えていると、『阿伏兎さん、』というの緊張した声が目の前から聞こえてきた。 え?目の前?ちょっと待てコイツ何して……。 そうこうしているうちに俺の肩にの両手が乗ってきて、 『お誕生日おめでとうございます』という言葉と共に吐息が頬にあたり、そして、柔らかい感触。 思わず目を見開いたものの、俺が状況を理解するまでには少々時間がかかってしまった。 「なッ……!?」 俺は息をのみながら目の前で顔を覆って真っ赤になっているを凝視した。 いやいやいや!真っ赤になるくらいなら最初からアホなことするんじゃねぇよ! 真っ赤になりたいのはオジサンの方!両手で顔を覆いたいのはオジサンの方!! 「お、おま、何……!」 『だって……こうでもしないとオッサン意気地なしだから、何もしてくれないんだもん……。』 やっとのことで絞り出したであろうその声は震えていて、 またしても俺の脳天に強い衝撃をお見舞いした。 つまりソレはそういうことで、俺もお前にソレがアレして、お前も俺にソレ……。 混乱する脳内で、これ以上はに言わせるべきではないと、なけなしの男のプライドが叫んでいた。 「…………。」 俺が名前を呼ぶと、の『はい』というか細い声が聞こえた。 「その……なんだ。お前のことは俺が一生守ってやるから……その……。」 なんだか急に照れくさくなって、俺はガシガシと頭をかいた。 「その……俺、今日誕生日なんだけど……。」 『知ってます……。』 「も、もし、お前がプレゼントくれるっつーなら……。」 『…………。』 答えは分かりきっているのに、煮え切らない言葉しか言えない自分にほとほと呆れた。 「その……お前の今後の人生……俺に預けてくれやしねぇか……。」 これが生粋の夜兎族満32歳の精一杯のプロポーズだった。 我ながらとんでもない意気地なしだとは思うが、 恋だの愛だのとは無縁の人生を送ってきた俺にしては頑張った方だろう。 『……意気地なし……。』 は不満げにそう言って、ガバッと俺に抱き付いてきた。 『預けるなんて生ぬるいコト言ってどうするんですか! あげますよ!私の人生、全部阿伏兎さんにあげます!バーカ!!』 首に回された細い腕に「情けねぇ……」と自嘲しつつ、 俺は気の強い年下の恋人を強く強く抱きしめた。愛の日のその前に
(今日から年下の小娘に振り回される人生ですってか) (まぁ、それも悪くねぇな) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 阿伏兎さんお誕生日おめでとうございます!末永く爆発しろ!! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2015/02/10 管理人:かほ