しょうせつ

自分で言うのもアレだけど、アタシは結構有名な女優だったりする。
最近出てきた若手の中では演技力もルックスも頭一つ分上だと評判だ。

だから半年前にデビューして以来、常に番組に引っ張りだこ。
連続ドラマもデビューする前から決まってたし、
最近ではバラエティにも出るようになったし、
歌だって主演した映画の主題歌を歌ったら今年最大のヒットを記録した。

とにかくアタシは、江戸のお茶の間で知らぬ者は居ない大女優なのだ。

『それなのに……運だけはないんだ、アタシって……。』

アタシは引きつった笑顔を顔に貼り付け、
呆然とその場に立ち尽くしながらそう呟いた。

今アタシの目の前には2人の男が居る。
一人はつい先ほど斬り殺された男。
もう一人は、その男を斬り殺した男。

どう頑張って見てもこれは殺人現場と言うか、辻斬り現場なわけで、
ついでに言うとアタシはバッチリ現場を目撃しちゃった通行人Aなわけで。
あーどうしてアタシが通行人Aみたいなショボイ役を演じなくちゃいけないわけ?
いやいや、そういう問題じゃないじゃん。
夜中、アタシ、辻斬り、オーケイ?
混乱する頭で状況を整理して、アタシはさらに混乱した。

『(マジこれヤバイって!これってやっぱりアレな感じ?
  アタシも一緒に殺されちゃうパターン?道連れコースな感じ?
  ちょっとマジどうすんのよコレ、
  だってアタシまだ21だしかなり未来のある若手女優なのに……!)』

速くなる呼吸を出来るだけ抑えて、アタシは混乱する頭で必死に考えを巡らせる。
幸い辻斬りさんはアタシに背を向けている。
このまま後ずさりして脇道に隠れちゃえば大丈夫よ、頑張るのよ!

意を決したアタシはゆっくりと音を立てないように後ずさりを始めた。
そしてアタシが一歩後ろに下がったところで
血でベトベトの刀を持った辻斬りさんがグルリとこちらを振り向き、
あまりの驚きで思いっきり息を呑んだアタシはその場で大きく飛び跳ねた。

『あっ……あぁっ……!!』
「…………。」

あー神さま、これがドラマのワンシーンとかいう素敵なオチはないんでしょうか。
流石のアタシもここまで迫真の演技は出来ないかもしれないけど、
じゃあせめて夢オチとか、とにかく血生臭い展開はナシの方向で……!
辻斬りさんと目が合ったアタシはそんな現実逃避をしていたんだけど、
しばらくして聞こえてきた辻斬りさんの言葉に、
アタシの意識は強制的に現実へと引き戻された。

「……?」
『へっ!?』

少し驚いた様子の辻斬りさんの声に、
それ以上に驚いたアタシがかなり間抜けな声を出した。
えっ!?何でアタシの名前知ってるの!?
もしかして辻斬りさんもテレビとか見るの!?
いやいやいや!そんなわけないじゃん!
そんなアットホームな人がこんな道端で人殺すわけないじゃん!

じゃあ何?もしかしてアタシも抹殺リストに載ってるとか!?
イーヤー!!
確かにアタシ最近ちょっと調子に乗ってたかもしれないけど、
辻斬りさんに暗殺させるまで恨まなくたっていいじゃなぁぁい!!
どうしよう!アタシ今本気で涙目!
うわぁぁ辻斬りさんこっち歩いてきてるよどうしよぉぉぉ!!

『あっ、あのっ、アタシっ……!!』

だんだんと近くなる自分と辻斬りさんの距離に比例して、
アタシの声と体はどんどん震えを増していった。

『この事は絶対誰にも言わないんでっ……い、命だけは……!!』
「…………。」

まだ辛うじて立っていられるのが唯一の救いかしら……。
分かったよ神様、もうアタシ絶対に調子乗らないから。
通行人Aでもエキストラでも何でも演じるから、
バラエティでも笑いを取りに行くし、芸人さんともガチで絡むから。
だから、お願いだからこんな所でアタシの人生終わらせないで……!!

「……一つだけ、頼みをきいてくれるか。」
『はっ、はい!?』

普段なら決してしない神頼みをしていたアタシは、
辻斬りさんに急に話しかけられて心底驚いた。
そしてしばらくしてから辻斬りさんの言葉を理解し、その内容にまた心底驚いた。

『たっ……頼み、ですか……?』
「そうでござる。」
『……あっ、アタシに出来ることなら……。』

良かった、どうやら問答無用で斬りかかられることはないようだ。
アタシはホッと胸を撫で下ろした。
すると辻斬りさんは刀を鞘にしまい、
懐から一枚の紙を取り出してアタシに差し出した。

「次から歌を歌う時は、ここを通してくれ。」
『はっ……はい?』

状況が全く理解できないアタシを置いて、
辻斬りさんは紙を手渡すとそのままスタスタと帰って行ってしまった。
……ダメだ、今何を考えても全く理解できない。
アタシは自分を落ち着かせるために大きく深呼吸をした。

明日はバラエティが2本入ってて、
明後日はドラマの撮影で……よし、大分落ち着いてきた。
アタシは落ち着いた頭で先ほど辻斬りさんからもらった紙を眺めた。
紙にはどこかの連絡先が書いてある。
そう言えば、さっき歌を歌う時はここを通せって言ってたっけ?
…………ダメだ、やっぱり全く理解できない。

落ち着いた頭でも全く理解できないこの状況に、
アタシは考えることを放棄してとりあえず家路に着いた。
そして翌日、朝の打ち合わせの為に立ち寄った所属事務所に
かなーり内容をハショりながら昨日あったことを説明し、
社長とマネージャーに例の紙を手渡した。

2人とも「知らない人がいきなりくれた」というアタシの説明に
最初はかなり怪しんでいたんだけど、
とりあえず電話だけでもしてみるかということになり、
社長が眉間にしわを寄せながら紙に書いてあった番号に電話をかける。

「…………あっ、あの〜、もしもし。
 の所属事務所の者ですが……あ、はいはい。……えっ!?」

社長は結構大きめの声でそう叫んだかと思うと、
かなり大きく見開いた目でアタシを見つめ、
そしてなにやら受話器相手にペコペコと頭を下げ始めた。

「えぇ!そりゃあもう!はい!ありがとうございます!」

そんな社長の様子にアタシとマネージャーは顔を見合わせる。
一体どうしたっていうんだろうか。
社長はしばらく通話した後、深々とお辞儀をしながら電話を切り、
そして跳ねるようにアタシに言葉をぶつけてきた。

「ちょっとちゃん!!この紙誰にもらったの!?」
『えっ?いや、あの……昨日帰りに……。』
「これっ!!あの有名なつんぽさんの電話番号だよ!!」
『へっ?つんぽさん?』

アタシは意外な人物の名前に拍子抜けした。
つんぽさんって言ったら、お通ちゃんのプロデューサーさんじゃないの。
よくお通ちゃんからメールとか電話とかで話は聞いていた。
姿は見たことないけど、電話じゃとりあえずとっても面白い人で、
お通ちゃんが書く結構奇抜な歌詞もすっごく褒めてくれて、
曲作りは神がかってるし、とにかくいい人だって。

いや、それはあくまでもお通ちゃんの感想なのであって、
世間では影の天才プロデューサーとか呼ばれてて、
実は居ないんじゃないかって噂まである、
とにかくとことん謎の人物のはずなんだけど……
何で辻斬りさんに貰った番号がそんな人に繋がってるわけ?

「この人正体不明でなかなか連絡が取れない人なのに!!
 凄いよちゃん!!これでウチの事務所も安泰だー!」

社長とアタシのマネージャーと、騒ぎを聞きつけた事務所の社員が
みんなで輪になって万歳をしながら喜んでいる中、
アタシだけは全く祝福ムードに馴染めなかった。
それは社長がアタシを歌手路線で売ろうとしてることが不満とかじゃなくて、
あの紙って紛うことなくアタシが辻斬りさんに貰った紙であって、
それがあのつんぽさんに繋がってるって……一体どういう……。

『(まさかあの人がつんぽさん……?
  いやいや、んなわけないじゃん。だってあの人は辻斬りだし。)』

そんなアタシのささやかな疑惑が確信に変わるのは、
次回曲の打ち合わせをするからとつんぽさんに呼ばれた
とある高級料亭の一室でのことだった。




拒否権なしの

(万斉先輩、なんかイイコトでもあったんスか?) (先ほどからかなりニヤけてらっしゃいますが……) (ん?あぁ……そんなところでござる) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 万斉夢、結構多いのにビックリした(笑) ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/01/01 管理人:かほ