「では今やっているドラマが終わり次第、 拙者と3ヶ月連続リリース企画を実行するということで。」 『は、はい……それでいいです……。』 もう何度目か分からなくなった打ち合わせの席で、 アタシの大々的な歌手デビューの企画が決定した。 ……いや、アタシ今適当なこと言った。 多分コレが8回目の打ち合わせだったと思う。普通にまだ数えられた。 でもあながち間違いって訳でもなくて、 何でアタシが初めに何度目か分からないと言ったのかというと、 あの衝撃の高級料亭事件(アタシの中で勝手にそう呼んでる)以来、 何かとこの辻斬りさん、もといつんぽさんに呼び出されているわけで。 理由は暇だからだの監視の為だからだの様々なんだけど、 とりあえずかなりの頻度でアタシの携帯に電話してくる。 しかも毎回アタシの話全っ然聞かないし。 アタシの都合とかスケジュールとか全部お構いなしで呼び出してくるのだ。 出会ってからもうすぐ3ヶ月くらい経つけど、 この人の事で唯一ハッキリと分かっているのは、人の話を聞かないこと。 初めて会った時だって……いや、初めて会ったのはあの辻斬り現場だから、 2回目に高級料亭で再会した時だって、アタシの話ひとっつも聞かなかったし! “、拙者の妻になるでござる。” “はいぃ!?いやっ、アタシそんな……!” “お主は拙者の正体を知っている。断れば口止めとして殺すでござる。” “…………。” 今思えば、アレは立派な脅迫なんじゃないだろうか? アタシの話なんか端っから聞く気もなかったようで、 「イエス」の「イ」の字も言ってないのに強制的に次の話に切り替えられた。 じゃあ次の楽曲の話だけどって、そんな強引な打ち合わせがあるか!! こっちは全然切り替え出来てないっつーの! 何その自分勝手な仕事ペース!追いつけるか!! そんな不満はこの人の前では無意味というか、 ヘタに反論なんかした日にはあの男の人みたいに血まみれに…… っていう恐怖心があるから絶対に文句とかは言わないけど。 でもせめて打ち合わせだけでも事務所を通してくれないかなぁ……。 何でアタシの携帯に直接電話してくるの? そんなこと、怖くて口が裂けても言えないけど。 そんなこんなで、多分今日も例によって この打ち合わせが終わった後もしばらくの間付き合わされるんだろうと思う。 正直言うと、つんぽさん怖いからあんまり一緒に居たくないんだよなぁ……。 アタシは企画書を鞄に直しているつんぽさんを見て、軽く溜息をついた。 「ん?どうしたでござるか?気分でも悪いのか?」 『えっ?あ、いや、大丈夫です。』 アタシはつんぽさんの優しい声かけにちょっとビックリして返事をした。 そうなのよ、困るのはここなのよ。 確かにつんぽさんは怖い。なんか、言うこととか怖い。 でも最近、妙に優しいというか……いや、それもちょっと怖いんだけど、 アタシの体気遣ってくれたり、仕事のアドバイスくれたり、 暇だからって呼び出した時には色んな話してくれたり、 実はこの人超優しいんじゃないかって思っちゃうくらい、とにかく優しい。 でもアタシは騙されないぞ!だってこの人辻斬りぃぃ! あの夜のことも、こないだの高級料亭事件の時に殺すぞって言われたことも、 ぜぇったいに忘れないんだから! 「、聞いているでござるか?」 『へっ!?あ、ゴメンなさい!全然聞いてませんでした!なっ、何?』 「全くお主は正直者と言うか何と言うか……。」 アタシが包み隠さず聞いてないと言ったことに呆れたのか、 つんぽさんが頭を抱えて溜息を吐いた。 『あ……そう言えば、アタシ最近みんなに丸くなったねって言われるんですよ。』 「丸くなった?そんな年寄りみたいな……。」 『昔はもっと高飛車で自意識過剰だったのにねって、 友達にも事務所の人にもよく言われるようになったんです。』 アタシは机の上に置いてあったみかんの皮を剥きながら話を続けた。 『確かに、デビューが決まってからアタシちょっと調子乗ってたけど……。』 「そうでござるか?拙者は微塵もそんなこと思わなかったが。」 『そりゃそーですよ。つんぽさんに会ったの最近なんだから。』 アタシは小首を傾げていたつんぽさんに笑いながらそう言った。 事務所の人もそんなに長い付き合いではないけど、 デビュー当時のアタシよりは、今のアタシの方がいいって言ってくれる。 昔馴染みの友達とかは、デビューしてからのアタシは 後ろから竹刀で殴りたくなるほど生意気になったって言ってた。 でもそれはあくまでも仕事の時の話であって、 普通に話してたりすると昔のままのちょっとおバカなアタシなんだとか。 オバカは余計だと思ったけど、 仕事の事となるとそんなに性格変わってたのかと、自分にビックリしたものだ。 「、2人の時は本名で呼べと言ったはずだが?」 『へ?あぁ、すみません。えっと、万斉さん。』 つんぽさん、もとい万斉さんに不服そうに注意されたので、 アタシは慌てて万斉さんの本名を呼んだ。 高級料亭事件の時にも、今後2人の時は本名で呼ぶように、とか言われたけど、 アタシは今までずっと「つんぽさん」呼びだったわけで、 そんないきなり本名呼べとか言われても……とか思ったけど、 怖いから口答えはしなかった。 『でも、今のままがいいって言われるのって嬉しいですよね。 アタシもう着飾らない等身大のアタシで勝負します。』 「それがいいでござる。は素が魅力的でござるからな。」 『ちょっ、やだ!褒めても何も出ませんよっ!』 面と向かって褒められてちょっと照れくさくなったアタシは、 つんぽさんに向かって冗談っぽくそう言った。 するとつんぽさんは急に真面目な顔になって、 (いや、グラサンであんまり表情は掴めないけど)、 ジッとアタシの顔を見つめて大真面目な声でこう言った。 「、お主は冗談だと思っているだろうが、拙者は本気でござる。」 『えっ……。』 予想外のつんぽさんのテンションに、アタシは言葉を詰まらせた。 「は拙者が認めた唯一の女でござる。 そのがこの世界で素の性格のまま売れるのは当たり前でござろう。」 『えっ、ちょ……つんっ、』 「2人の時は?」 つんぽさんのまさかの言葉に混乱しているアタシに向かって、 少し強い口調で、咎めるようにそう言ったつんぽさん。 その声とか、表情とか、言い方とかにキュンときて、 表情に至ってはグラサンで半分以上隠れてるって言うのに、 なんかカッコいいような気がして、アタシは思わず顔を紅くして俯いた。 『えっ、えぇっと……万斉、さん……。』 「それでいい。」 なんか、万斉さん人の話全ッ然聞かないけど、 ちょっと強引で自己中心的でアタシのこと獲って食いそうな感じだけど、 時々見せる優しさとか、真面目に喋ってる時とか、 ちょっと好みかも、なんて思ったりしてみたりして……。 そんなこと言ったらもっと弱み握られそうだから、絶対に言わないけど。何かが動いた主従恋愛
(でも何でアタシだけ万斉さん呼び?お通ちゃんはつんぽさん呼びなんでしょ?) (お通殿は拙者の正体を知らぬからな) (あぁ……なるほど) (今ので納得したのか……) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 万斉がドSみたいになってビックリです。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/01/01 管理人:かほ