しょうせつ

『ねぇねぇ、つんぽさん。』
「2人きりの時は?」
『……万斉さん。』

アタシが心底めんどくさそうに名前を呼ぶと、
こういう時は演技でもいいから可愛く名前を呼ぶものだと怒られた。

『そんなことはどーでもいいの!
 アタシずっと万斉さんに聞きたいことがあったんですよ!』
「何でござるか?」

アタシの言葉に、万斉さんは目線は新聞のままそう答えた。

『万斉さんって、アタシのことずっと知ってたの?』

そう、アタシは今更ながら万斉さんのアタシに対する態度に
もんのすごい不信感を覚えているわけで。
というのも、辻斬り現場が出会いだったにしてはやけにアタシに優しいし、
やけにアタシのこと知ってるし、やけにアタシのこと呼びつけるし、
最近ずっと一緒に居るようになって、口止めの為に一緒に居ると言うよりは、
なんかもっと違う理由で一緒に居るような、そんな感じなのである。

「勿論でござる。業界では有名な若手女優である上に、お通殿の友達だからな。」
『そう、そこなのよ。お通ちゃん、アタシのことなんか言ってたの?』

あの高級料亭事件の後、
お通ちゃんにつんぽさんについて聞き出そうかとも思ったんだけど、
ヘタにアタシからつんぽさんの話を出して
つんぽさんがまさかの指名手配犯だっていうことがバレるのもアレかと思って、
ずっとお通ちゃんには聞けず仕舞いだった。

だから万斉さんがお通ちゃんから何を聞いたのかも全く知らないし、
テレビでアタシのこと見てたのかとか、今まで怖くて聞けなかったのだ。
でもなんか、最近この人のこと全然怖くないし、
この人だってもうアタシに危害を加えるつもりはないみたいだし、
この際だから聞いちゃえ、みたいな?そんな軽いノリだったりします。

「お通殿にの事を訊いたのは拙者でござる。」
『えっ?ってことは、テレビとかでもうアタシのこと知ってたってこと?』
「いや、拙者が初めてを見たのはテレビ局の中でござる。」
『テレビ局の中?』

万斉さんアンタ指名手配犯なのにテレビ局とか普通に入っても平気なわけ?
そんな疑問がアタシの中で芽生えたけど、
触れちゃいけない部分っぽかったのであえて聞かなかった。

「がデビューしたての頃、子役相手に遊んでやっていただろう。」
『え?あー……どの現場か分かんないけど、
 アタシ子役の子と遊ぶの好きだからしょっちゅう遊んでるよ?
 ベテランの人嫌いだし、同年代の奴等もライバルだから嫌いだし。』
「その時に一目惚れしたんでござるよ。」

パラパラと新聞をめくりながら平然と放たれた万斉さんの言葉に、
アタシの思考回路はしばらくの間停止していた。

『……えっ、い、今何て?』
「二度目は言わんでござる。」
『えっ、ちょっ、一目惚れって言った?一目惚れって何!?
 万斉さん、アタシのこと監視するために妻になれとか言ったんじゃなくて!?』
「それもあるが、一番の理由は惚れたからに決まっているでござろう。」

アタシの慌てっぷりにやっとこっちを向いた万斉さんの顔を、
あまりの恥ずかしさにアタシは両手でグイッと向こうに押しやった。
万斉さんが眉間にしわを寄せたのが感じ取れたけど、今はそれどころじゃない!
ヤバい!アタシ、超顔真っ赤……!!

「……。」
『あっ、アタシてっきり、万斉さんに殺されるものとばかり……。』
「今更何を……もし本当に殺す気なら、初めて会った時に殺している。」
『こっ……高級料亭で一方的に契約させられた時も、
 アタシは一生この人に監視されるんだって思って……。』
「あれは契約ではなく婚約でござる。」
『いやっ、その言葉だって、冗談だとばっかり……。』

アタシがやっと万斉さんの顔を押す力を緩めると、
いつもアタシと居る時はヘッドフォンをはずしている万斉さんが、
グラサンオンリーという軽装備(?)でアタシを見つめた。

「冗談……?」
『だ、だって……初対面の人殺しの人にいきなり妻になれとか言われて、
 プライベートでも仕事でもずっと一緒で、アタシ、てっきり……。』

アタシがそこで言葉を切ると、万斉さんはもの凄く嫌そうな顔をした。

「拙者が好きでもない女に婚約を申し込むほど節操のない男だとでも?」
『い、いや!そうじゃなくて!』
「拙者がに携帯番号を教えたのも、の事務所と契約したのも、
 だけを料亭に呼んだのも、そこで婚約を申し込んだのも、
 全て拙者がに惚れたから起こした行動でござる。」

万斉さんは怒った口調で、でもちゃんとアタシの目を見てそう言い切った。
その言葉に、アタシの心臓がさっきよりもさらに激しく鳴り響く。
どうしよう……万斉さんの顔、まともに見られない……!
今まではずっと恐怖の方が勝ってたからそうでもなかったけど、
万斉さんの行動が監視とかそういう理由じゃなくて、
アタシと、その……い、一緒に居たいとか……そんなバカな!!

駄目だ……考えれば考えるほど、
密室に2人っきりというこの状況にアタシは耐え切れない……!

「これで満足か?」
『あ、あの、すみませんっした、ホント、ありがとうございます。
 アタシあの、アレです、社長に連絡しないと……。』

アタシは真っ赤になった顔を隠すようにして万斉さんに背を向けた。
ヤバい。この人よく見たら超カッコいい。
アタシ、若手のイケメン俳優の顔は嫌いだけど、
こういう、何て言うの?チョイ悪的な顔?すっごい好きかもしれない。

まだドキドキ言ってる心臓と脳内会議をしながら
そろーりと万斉さんの傍を離れようとしたその時、
急に腕を捕まれてあろうことか万斉さんの腕の中に引き寄せられてしまった。
ちょまっ、アタシは離れようとしたのに何でさらに近づいちゃった!?

「、もしかして照れているのか?」
『はいぃぃ!?いいえぇ!?全ッ然!!』
「……お主カメラがないと演技が下手くそでござるな。」
『ちょ、ムリムリ離して!!アタシなんか吐きそう!!ドキドキしすぎて!』
「…………。」

真っ赤になった顔でジタバタしているアタシの様子に、
万斉さんはしばらく黙ってアタシを押さえ込んでいた。
そしていきなり何がおかしかったのか、ふっと吹き出して笑った。

『な、何……。』
「やっと恋人らしい反応を見せてくれたでござるな。」

そう言って優しく微笑む万斉さんの表情に、
そろそろ本気で胃の中のものが逆流してくるんじゃないかと思うくらい、
アタシの心臓がうるさく鳴り響いた。




拒否権あっても

(、拙者と一緒に居たのは怖かったからなのか?) (そっ……そう、だと、思ってたんですけど……) (けど?) (アタシ、かなり押しに弱いみたいです……) (……そうか、なら良かったでござる) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ こういう関係もいいかな、なんて。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/01/01 管理人:かほ