「さん、いい加減にして頂けませんか……。 毎度毎度巻き込まれる私の身にもなって下さい。」 先輩に治してもらった傷の辺りをさすりつつ、 武市先輩は呆れたような怒ったような声でそう言った。 すると武市先輩の隣でヨーグルトを食べていた先輩が 『ごめんごめん、』と言いつつ顔を上げる。 『でも怪我はアタシが治してあげてるでしょ?』 「そもそもの原因を作っているのはアナタじゃないですか!」 何の悪気もなく言い放った先輩に武市先輩が怒鳴れば、 先輩は何が可笑しいのかケラケラと笑ってスプーンを置いた。 『そんなに怒らないで下さいよ〜。ほら、チューしてあげるからっ。』 先輩はそう言うとちょっとだけ腰を上げて武市先輩の頬っぺたにキスをした。 こんな性格だけど、先輩は宇宙一の美人と名高い本物の美人だ。 その美貌は“男なら一度は惚れる”と噂されるほど。 だから本来ならば先輩にキスされるなんてこの上ない幸せなんだけど、 武市先輩の顔は喜ぶどころか見る見るうちに青ざめていった。 「……さん。」 『はい?』 「何で今私にキスしたのか訊いてもよろしいでしょうか……。」 顔面蒼白で尋ねる武市先輩に、先輩は『あはっ♪』と満面の笑みを浮かべる。 『さっすが武市さん!鋭いですねー♪ そうなんですー、今食堂の入り口に怒った顔した万斉が居るのー♪』 「このアマァ……。」 またもや先輩にハメられた武市先輩を哀れみつつ、 あたしは2人から食堂の入り口の方へと視線を移した。 するとそこには先輩の言う通り、 怒りではらわた煮えくり返っているであろう万斉先輩の姿が。 キスしたのは先輩の方なのになんて理不尽な……。 そんな正論のツッコミも通じないくらい、 万斉先輩の周囲からは殺気の渦が立ち込めていた。 「ちょ、先輩!万斉先輩本気で怒ってるッスよ!?」 あたしが尋常じゃない万斉先輩の殺気に慌てて声をかけると、 先輩はそんな万斉先輩を見て満足そうな顔をした。 『あっはは!見て見て武市さん、あの万斉の顔♪もぅ超可愛いー♪ 普段のクールな万斉はどこいったんだっつーの!』 その言葉を聞いて、あたしと武市先輩は大きな溜息と共に頭を抱えた。 そうだった、この人は嫉妬してる万斉先輩を見るのが趣味なんだった。 先輩は自分に執着するあまり 普段のクールなキャラを保てない万斉先輩を見るのが大好きなのだ。 そのためなら武市先輩を犠牲にすることもいとわないくらいのドS、 それがこの人、という人だった……。 「さん、今度こそ本気で怒りますよ。万斉さんを何とかしなさい。」 嬉しそうにケラケラ笑う先輩に向かって、 そろそろ本気で怒り出しそうな武市先輩が低い声でそう言った。 すると先輩も武市先輩の様子に気づいたのか、 先ほどまでの笑顔とは打って変わって焦ったような笑顔で武市先輩を見た。 『た、武市さん、顔がマジになってる。怖い怖い。』 「さん。」 『わ、分かりましたよ……。武市さん怒ると怖いんだから……。』 武市先輩の気迫に押され、先輩は渋々席を離れた。 そして向かったのはもちろん万斉先輩の元。 殺気バリバリの万斉先輩に先輩が近づくと共に、 周りに居た隊員たちが一斉に安心したような溜息を吐いていた。 『万斉、何怖い顔してんの?』 「…………。」 先輩が顔を覗き込むようにして話しかけると、 万斉先輩は無言でスッと顔を逸らした。 どうやら先ほどの先輩の行動に拗ねているようだ。 『ねぇ、アタシ?アタシに怒ってるの?』 「いや……。」 『じゃあ笑ってほしいなー。今の万斉の顔怖いもん。』 まるで駄々をこねた子供をあやすようにそう言った先輩に、 万斉先輩は少しだけ顔を先輩の方に向けた。 どうやら先輩が話しかけたことで少しだけ機嫌が直ったようだけど、 まだ完全に許したわけではないのか、無言のままその場で立ち尽くしている。 そんな万斉先輩の様子に、先輩はふぅ、と一度溜息をついてから、 万斉先輩をちょいちょいと手招いてこう続けた。 『万斉、ちょっと耳貸して。返すから。』 突然のその言葉に万斉先輩は怪訝な顔をしていたけれど、 可愛らしく小首を傾げる先輩に勝てなかったのか、 渋々先輩に自分の耳を差し出した。 すると、 ちゅっ 軽いリップ音の後、万斉先輩が顔を真っ赤にしてバッと背筋を伸ばした。 「なッ……!?お、お主、何を……!?」 『あはは、照れた照れた♪おもしろー♪』 口をぱくぱくさせながら先輩にキスされた頬に手をあてる万斉先輩。 そんな万斉先輩の様子を見て、先輩はまた嬉しそうにケラケラと笑った。 「せ、拙者をからかったんでござるか?」 『そうよ?今ね、鬼兵隊の男子にチューしてみよう作戦決行中。』 「なッ……!?」 『武市さんからスタートしたんだけど、まだまだ先は長いわー。』 先輩のその言葉に、 あたしの向かいに座って事の成り行きを見守っていた武市先輩が安堵の溜息を吐いた。 どうやらこれで万斉先輩の嫉妬の業火が武市先輩に向くことはなくなったようだ。 「…………るよ。」 『え?今なんて?』 俯きながら小さな声で何かを呟いた万斉先輩に、 先輩が少し顔を近づけながらそう聞き返した。 すると万斉先輩がおもむろに顔をあげ、 情けなく眉をハの字にしながら先輩の顔を見た。 「拙者で終わりにするでござるよ……女子が簡単に男にキスするものではない。」 ガラにもなく口を尖らせて言う万斉先輩を見て、 先輩の口が緩んだのをあたしは見逃さなかった。そんな可愛い顔しないでよ!
(武市先輩、先輩がニヤけてるッス) (あの人も何だかんだで万斉さんのこと大好きですからねぇ) (だったら虐めなきゃいいのに) (それを虐め倒すからドSと呼ばれるんですよ) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ まだ全然SMちゃうけど、この関係性が好きやねん。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/07/03 管理人:かほ