しょうせつ

「奴らの歌に聞きほれた。拙者の負けでござる。」

そう言って部屋を出て行こうとした万斉だったが、
呼びかけもなしに勝手に襖を開けて
『晋助ー』と俺の名前を呼びながら部屋に入ってきたの姿を確認した途端、
動かしていた足を止めて驚いたようにその場に立ち尽くした。

「武市さんがそろそろ船出すよって……あれ、万斉じゃない。』

に名前を呼ばれ、万斉はバツが悪そうに顔を背けた。
大方、銀時にボロ負けしたところをに見られたくなかったんだろう。
しかしはそんなことお構いなしにいつも通り万斉を罵り始めた。

『アンタこんなとこで何してんの?
 あぁ、そーいやぁアンタ銀時に負けたんですってね。』
「…………。」
『ったく情けない。人斬りが聞いて呆れるわ。』
「も、申し訳ない……。」
『おまけに真選組も潰せなかったらしいじゃない。何しに行ったのアンタ。』
「返す言葉もない……。」

愛するに散々罵られ、万斉の背中はだんだん小さくなっていった。
表情はサングラスであまり読み取れないが、
周りに負のオーラが漂い始めているところを見ると相当落ち込んでいるようだ。
流石の俺も手負いの奴をそこまでヘコますか、と思い始めてきたというのに、
当のはそんなこと微塵も思っていないのか、さらに言葉を続けた。

『ウチの連中連れて行ったのにほとんど負傷して帰ってくるし。』
「拙者の力不足でござる……。」
『アンタも結局大怪我して帰ってくるし。』
「すまぬ……。」
『上がダメ男だと下の奴等が苦労するとはこのことだわ。』
「…………。」
『ちょっと、落ち込んでないでなんとか言いなさいよ。』
「、その辺にしとけ。」

俺は万斉があまりにも哀れに思えて思わず口をはさんだ。
するとは不機嫌な顔をして俺をキッと睨みつける。

『アンタもアンタだからね。
 春雨にいいように使われて、情けないったらありゃしない。』
「今は鬼兵隊を使える手駒だと思わせとけばいい。
 春雨ほど大きくなった組織ならいづれどこかに亀裂が生じる。
 そこを叩いちまえば、あとは乗っ取るのも時間の問題だ。」
『あっそう。だからアタシにあのバカ提督を接待させて点数稼ぎってわけ。』

よっぽど不服だったのか、
は俺を睨みつけながらそう言ってヅカヅカと俺に歩み寄ってきた。
その後ろでは万斉が“接待”という言葉に反応して俺を睨んでいる。

確かに、あのアホ提督のことだから、
くらいの女に接待をさせれば簡単にオチるだろうと思って接待はさせた。
しかし思った以上に食いつきがよく、あのアホがにセクハラしやがったから
キレたが春雨の1フロアぶっ壊して大変だったんだぞ。

そう万斉に言ってやりたかったが、
が暴れたあと謀反だと騒ぎ始めた提督を宥めるため、
責任を取れとに無理やりキス(もちろん頬にだ)をさせたのも事実なので、
俺はあえて何も言わなかった。

『アタシを真選組の方に行かせてくれたらこんな結果にはさせなかったのに!』

俺の目の前に立って俺を見下ろしながら、は不満そうにそう言った。
どうやらさっき無理やりキスさせたことと
真選組を陥れる作戦に参加出来なかったことが相当頭にきているようだ。

「ククク……お前を参加させてたら真選組を確実に潰せたってか?」
『少なくとも大将の首は確実にとってたわ!』
「だったらその技術をこっちでも使ってほしかったんだがな。」
『使ったじゃない!!
 わざわざキスまでしてあのアホ提督をオトしたのはアタシよ!?』
「キス!?」

今度こそ聞き捨てならなかったのか、
万斉が凄い剣幕でこちらへ歩み寄ってくる。
こうなるから俺は何も言わなかったっていうのに、の野郎……。
そんな事を考えつつ俺がやれやれと肩をすくめれば、
相当怒っている様子の万斉がのすぐ傍で立ち止まり、
乱暴に肩を掴んでを自分の方へと向けさせた。

「!キスとは一体どういうことでござるか!?」
『いったいわねぇ!離して!』
「離さん!お主拙者というものがありながら……!!」
『お前はアタシの何気取りなの!?いいから離しなさいよこの負け犬!!』

は怒鳴りながら万斉の脇腹を思いっきり殴った。
すると傷が開いたらしい万斉は短く「う、」と唸ってその場に崩れ落ちる。
は昔から怒ったら後先考えずに動く癖があるからな……。
相変わらず凶暴な女だと、俺は大きな溜息を吐いた。

『組織一つまともに潰せないような奴が偉そうにしないでくれる?』
「……。」

万斉は情けない声での名前を呼び、ゆっくりと顔を上げた。

『……っ!』

その万斉の顔に、がときめきを隠せないといった様子で息を呑んだ。
万斉はハの字眉で今にも泣きそうな顔でを見上げている。
つまり、素顔でを見つめていた。
大方さっきに殴られた拍子にグラサンが外れたんだろうが、
それでも俺やにも滅多に見せない素顔が突然現れたので、
はド肝を抜かれたようだった。

『ば、万……。』
「……本気で痛いでござる……。」

そう言って俯いてしまった万斉を一瞬心配そうな目で見つめ、
はすぐに俺たちに背を向けて歩き出してしまった。
どうやら万斉を“可愛い”と思ってしまい、怒りなど忘れてしまったようだ。

『晋助、アタシ先に帰ってるからね。』
「……。」

出来るだけ平静を装ってが言えば、万斉はまた不安そうな声を出した。
するとはやっぱり平静を装った顔でこちらに振り返り、
不必要なほど無愛想に取り繕った顔で万斉を見下した。

『情けない声出さないの、みっともない。
 生きて帰って来れただけでも良しとしなさい。』
「……っ!……!」
『何嬉しそうな顔してんのよこの役立たず。三味線へし折るわよ?
 2人ともさっさと帰って来なさいね。
 万斉は帰ってきたらアタシの所に来なさい。傷治してあげるから。』

冷たい目で言い放ち、はさっさと部屋を出て行ってしまった。

「あの女……この俺を置いていくたぁいい度胸じゃねーか。」

が去っていった方を見つめながら俺がそう呟けば、
聞こえているはずの万斉からは何のリアクションもなかった。
それどころかコイツさっきから一ミリも動きやがらねぇ。
不思議に思った俺は、さっきから膝をついて呆けている万斉に目を向けた。
すると俺の視線を感じ取ったのか、万斉は目線はそのままで「晋助」とだけ呟いた。

「あぁ?何だよ。」

俺がぶっきら棒に言って続きを促せば、
万斉はゆっくりと俺の方に振り返り、赤く染まった顔で照れながらこう言った。

「い、今のは、ツンデレというやつでござろうか?」

取り繕っていたとはいえ、
さっきの人を殺すような目を見ていなかったのかとツッコみたくなるのを抑えて、
俺はただ無言で万斉の肩に手を置いた。




せな性格に生まれてきて良かったな

(とりあえずお前がポジティブドMだってことは分かったが……) (だって今のの目!!拙者を押し倒す5秒前のような目!!) (そうか……お前の目にはそう見えたのか……とりあえず休め万斉) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 晋ちゃんにポジティブドMという単語を言わせた万斉はある意味天才だと思います。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/04/14 管理人:かほ