「はぁ……。」 俺はその日何度目か分からない溜息を吐いた。 目の前には無数の式神の残骸が当たり一面に散乱している。 打倒晴明を掲げて朝っぱらから山に篭ったのはいいが、 一体どうすれば晴明に勝てるのか皆目検討がつかない。 とりあえず式神をたくさん召喚できるようになろうと 家から持ってきた本を見ながら呼び出せるだけの式神を呼び出してみたのだが、 五千体目くらいを呼び出したところで体力の限界が来てしまったので 全て紙に戻してしまった。 今考えると、下級の式神を大勢呼び出すより、 強い式神を数体呼び出し自在に操れるようになった方が勝算があるのではないだろうか。 いやしかし晴明が無数の式神を召喚し袋叩きにされたら負ける気がする……。 ダメだ。どうやっても俺が晴明に勝てる作戦が思いつかない。 俺はその場でゴロンと横になり、生い茂る木々の間から見える空を眺めていた。 『やっぱりここにおった。』 「うわぁっ!?」 不測の事態に俺は裏返った声で叫びながらその場に起き上がった。 そしてバッと後ろを振り返れば、先ほど俺に声をかけてきた張本人、 家の跡取り娘であるが俺をニコニコと見つめていた。 「なっ、何故お前がここに……。」 『巳厘野家行ったら道満が山に修行に出たってゆーから、見に来てん。』 そう言ってまたにっこりと微笑んだのその笑顔に、 俺は思わずから視線を逸らしてしまった。 家は代々結野家が仕えている京都の名家中の名家であり、 このはその家の跡取り娘だ。 そして我が巳厘野家は家の分家に位置する北島家に仕えている。 大昔、結野と巳厘野が袂を分かったその日から続く完全なる主従関係。 それなのに、このは分家に従事する俺にもこうして馴れ馴れしく話しかけてくる。 幼い頃から家の人間は神だと教えられてきた俺にとって、 それは違和感以外のなにものでもないというのに……。 『道満、朝からずーっとここで修行してたんやろ?お腹すいてない?』 「べ、別に、腹など……。」 『何も持たんと出てったっていうからさ、アタシお弁当作って来てん。』 は俺の言葉を無視して可愛らしい風呂敷に包まれた弁当を俺に差し出した。 そして可愛らしく小首をかしげながら『食べる?』なんて尋ねてくる。 そんなの行動に、俺はまた居心地が悪くなって顔を逸らした。 分かっている、俺がに惚れていることくらい。 雲の上の存在が俺に笑顔を向けていることだけじゃない、 俺がに惚れているから、こうして居心地が悪い思いをしているのだ。 しかしはあくまでも本家・家の跡取り娘。 俺の手の届くところにいる人間ではないのも、嫌というほど自覚していた。 『はい、どーぞ。ちゃんのできたてほやほや弁当やで?』 「あ、あぁ……。」 『で?修行の成果はどうなん?晴明には勝てそう?』 「う、うるさい。お前には関係ない。」 の口から晴明という言葉が出てきたことが癇に障り、 俺は思わず強い口調でにそう言ってしまった。 せっかく弁当まで作ってこんな山奥まで来てくれたというのに、 俺は一体何をやっているんだ……。 しかし、後悔する俺とは裏腹に、 は何がそんなにおかしいのかケラケラと笑っていた。 こういうのほほんとしたところも、の大きな魅力の一つだと思う。 『あっ、そのタコさんウインナーな、足が9本になってもーてん。 あはは、傑作やろ?でも味は一緒やねんで?おいしかった!』 「食べたのかお前。俺への弁当だろう。」 『んー……味見してみた。』 「それはつまみ食いだ。」 『ちぇー、道満きびしいなぁー。』 は言いながら口を尖らせてそっぽを向いてしまった。 その仕草があまりにも可愛くて、 俺は思わず噂のタコさんウインナーをポロリと落としてしまった。 幸いタコは弁当箱の中に納まったが、 俺の高鳴る心臓はなかなか納まってはくれなかった。 そもそもは本来ならば直属の従者である結野家の嫁になるはずなのだ。 つまり、晴明の嫁だ。 とは言っても、立場上は従者である晴明の方が 主人である家に婿養子に入らなければならないので、 が嫁入りというよりかはむしろ結野家が家に入るといった感じだ。 しかし、は今までずっと晴明からの求婚を断り続けている。 晴明は家柄や立場など関係なくに惚れているので何度もアタックしているのだが、 は晴明になど興味がないとでも言うかのようにそれを全て跳ね除けている。 2人の婚姻関係も晴明がに惚れていることも全てが気に食わないのだが、 が求婚を断り続けていることだけが俺の唯一の救いでもあった。 『なぁ、道満?そんなに晴明に勝ちたい?』 「……は?」 ぐるぐると思考を巡らせていた俺は、 の突然のその言葉に若干反応が遅れてしまった。 しかし反応した後でも、の言葉の意味は全く持って理解できなかった。 「いきなり何を言い出すんだ。」 『あのさ……もし道満が家に婿入りしたら…… 道満は家の人間ってことになって、結野家は従者ってことになって、 あの……だから、その……。』 モジモジと地面に「の」の字を書きながら拙く言葉を紡ぐに、 俺の脳内キャパシティは既に限界を超えていた。 何だ。何なんだこの展開は。は俺に何を伝えようとしているんだ。 もしかして、が晴明からの求婚をずっと断り続けていたのは、 俺を毎日気にかけて、こうして弁当まで持って来てくれるということは……。 いやいやいや、まさかそんな……いや、しかし……。 俺ももお互いに顔を真っ赤にして黙り込んでしまったので、 その場は沈黙という名の重苦しい空気になってしまった。 もしそうだとしたら、これはもう両想いというやつではないのか? 打倒晴明に関係なく、俺にとって最高の展開だ。 どうしよう、俺が言うべきなのか?続きは俺から言った方がいいのか? そんなことをぐるぐる思案していると、突如周りが真っ暗になり、 俺達の頭上から大きな鳥が舞い降りてきたかと思ったらその場でドロンと煙になった。 「!お主やはりここに居ったか!」 はらりと式神用の符が落ちてきたかと思ったら、 俺とを交互に一瞥した晴明が不機嫌そうににそう言った。 するとは一瞬ひるんだような顔をして、すぐに俺を上目遣いで見つめてきた。 「今日こそはこの婚姻届に判を押してもらうぞ!!」 ズイッと晴明が出した手には、左半分が既に署名されている婚姻届があった。 そういえば、先日ウチに来た様がももういい歳なのにと嘆いていたな……。 『いっ、イヤ!』 「我侭を言うな!そろそろお主も適齢期じゃろう!」 『けっ、結婚はするもん!でも……。』 はそこまで言うと、不安そうに俯いてしまった。 ここだ。俺は直感でそう思った。 「。」 俺が名前を呼ぶと、はパッと顔を上げて俺の顔を見た。 目の端にはイラッとした晴明の顔が見えている。 「、本当に俺でいいのなら、俺の嫁になってくれ。」 『ど、道満……!』 みるみるうちに嬉しそうな笑顔になっていくとは対照的に、 晴明の顔は驚いたような絶望したような何とも言えない表情になっていた。 そしてが満面の笑みで『はいっ!』と言いながら俺に抱きつくと、 それを見ていた晴明がドサリとその場で崩れ落ちた。勝利の女神は我の手に
(ふはははは!晴明!貴様に初めて勝ってやったぞ!) (くっ……!!こっ、こんなもの、勝負のうちに入らんわ!) (フッ、負け惜しみを……) (くそー!腹の立つー!!) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 道満って身分とか主従とかむっちゃ気にしそうだよねって話。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/01/16 管理人:かほ