しょうせつ

遠い昔の話。

あの日は、あいにくの雨だった。
寺子屋での勉強が終わり、1人、また1人と帰宅していく中、
いつものようにアタシ達4人はすっかり静かになった教室に残っていたのだった。
かといって何をするでもなく、アタシ達は時間を持て余していた。
そんな中、アタシはふと思いついて机の上にあったノートを正方形に千切り、
あっという間に見事な折り鶴を完成させた。

「上手いものだな。」

アタシが完成した鶴を手にどや顔をしていると、
前の席で予習をしていた小太郎が鶴に気付いて感心したようにそう言った。
その声に窓際の席で外を眺めていた銀時と、
一番前の席で本を読んでいた晋助がアタシの方に振り返った。

「、何ソレ。折り鶴?」
『そうよ!うまいもんでしょ!』

アタシが銀時にむかって折り鶴をズズイと差し出せば、
銀時は無理に強がった声で「そ、そうかぁ?」とわざとらしく目を背けた。

「それくらい誰でも折れるんじゃねぇの?え?ってゆーか折れない奴居るぅ?いやいや居ねぇだろ。」
「そうか?俺はよく出来ていると思うが……。」
「え?もしかしてヅラそんくらいの鶴も折れねぇの?」
「いや、そもそも折り紙をあまりしたことがないからな……。」

銀時のあからさまな強がりに、小太郎はクソ真面目に答えていた。
晋助は終始黙ったままだったけど、明らかに「俺は出来ますが何か?」オーラを放っていた。
そうして、イジワルなアタシはみんなにこう切り出したのだ。

『だったらさぁ、みんなで折り紙勝負しようよ。』





「どーよ。銀ちゃん作、ウルトラビューティーな折り鶴様の完成度は。」
「おぉー!銀ちゃん上手ネ!」
「意外ですね。銀さんがこんなに折り紙が上手だなんて。」

大雨の中、アタシが買い出しから帰ってくると、部屋の中からそんな声が聞こえてきた。
不思議に思ってアタシが『ただいまー』と声をかけながら部屋に入ると、
事務所の真ん中に置かれた机の上には色とりどりの折り紙が所狭しと並んでいた。

『何?折り紙してたの?』

防寒着を脱いで部屋の壁にかけながら、アタシは3人に声をかけた。
すると銀時と机を挟んで反対側に座っていた神楽ちゃんと新ちゃんがそれぞれ
「おかえりネ!」「おかえりなさい、さん」と声をかけてくれる。
そして神楽ちゃんが嬉しそうに銀時の手の上にある折り鶴を指さした。

「見てヨ!マダオの銀ちゃんにもなけなしの特技があったネ!」
「銀さんのこと何の取り柄もないマダオだと思ってましたけど、ちょっとだけ見直しました!」
「あれ?今銀さんのことディスった?褒めてるようにみせかけてディスってるよねソレ。」
『わー、懐かしい。銀時まだ折り方覚えてたんだ。』

アタシが銀時の隣に座りながらそう言えば、神楽ちゃんと新ちゃんは同時に小首を傾げた。
そんな2人の反応に、アタシは『ふふ、』と小さく笑った。

『昔ね、アタシが寺子屋で折り紙ブームを巻き起こしたのよ。
 その時にいつものメンバーで競い合ってたのがコレ。』

アタシは言いながら銀時が持っている綺麗な折り鶴を指さした。

『あの日も今日みたいな大雨で、何にもやることがなくってね。
 アタシが思いつきで折り鶴作ったら、銀時と晋助がムキになっちゃって。』
「はぁ?ムキになんかなってませんけどぉ?」
『もー、またそういうコト言う。』

まるで子供のように口を尖らせた銀時に、アタシは呆れつつも微笑んだ。
この男、昔からまるで成長してないんだから、全く。

「そういえば、さんも銀さんや桂さん達と同じ寺子屋出身でしたっけ。」
『そうよ?あの頃からアタシと銀時と小太郎と晋助の4人でツルむことが多かったなぁ。
 この折り紙バトルもそのメンバーでやってたしね。』

言いながら、アタシは遠い昔となってしまった記憶を辿った。

アタシが折り紙勝負をしようと言いだした後、
小太郎はすぐにノってくれて、いらなくなった紙を正方形に切り出した。
でもあんなに強がっていた銀時はちょっとだけギョッとして、
「んなもん勝負になんねぇし?俺の1人勝ちだし?」と
訳の分からない強がりを言ってなかなか折り紙をしようとしなかったのだ。

そんな銀時の様子に、恐らく自分も折り紙なんて得意じゃないんだから言わなきゃいいのに、
例によって晋助が「何だよお前、実は折り紙出来ねーんじゃねぇだろうな?」と言ってしまったものだから、
「はぁ!?」と売り言葉に買い言葉で2人の喧嘩が幕を開けてしまったのだった。
そして2人は我先にとアタシと小太郎が折り紙をしていた机までやってきて、
俺が一番綺麗に折れるから!いやいや俺の方が綺麗に折れるから!と言い合いながら、
もの凄い勢いでそれはそれは不器用な折り鶴を完成させた。

そこまで思い出して、アタシは思わず『ぷふっ、』と声を出して笑ってしまった。
するとアタシが何に噴き出したのかを察した銀時が、
とても不服そうな顔でアタシの頬っぺたをつねってきた。

「オイ、何噴き出してんだテメェ。まさか俺の黒歴史じゃねぇだろうな。」
『あはは、いた、痛いよ銀時、あはは!』
「笑うか痛がるかどっちかにしろやテメェ!
 忘れろ!今すぐその羽のもがれた折り鶴を忘れろ!!」
『あははは!!ヤだ、やめて、羽のもがれっ、あっはっは!!』

銀時の言葉がツボに入ってしまったアタシは、あまりの滑稽さに自分の姿勢が保てなくなって、
ゲラゲラとお腹を抱えて笑いながら銀時にもたれかかってしまった。
そして銀時の肩の辺りをバシバシと叩きながら、
まるで昨日のことのように鮮明に蘇ってくる銀時作の可哀想な折り鶴のことを思い出す。

あの時の銀時と晋助の顔は今でも忘れられない。
机の上に並べられた4つの折り鶴。
アタシの作った折り鶴はその羽をピンと伸ばして綺麗にその場に佇んでいた。
その隣には小太郎の折り鶴。
あまり折り紙をしたことがないと言っていた割には可もなく不可もなく、そこそこ綺麗な折り鶴だ。

そしてその隣に置かれた問題作が2つ。
片方はかろうじて折り鶴の形を保っているものの、羽はどこをどう折ればそうなるのか、
右側が見事に折れ曲がっていて、左側の羽はピンと真上を向いていた。
銀時の折り鶴のあまりの無残さに、小太郎が口をおさえて「おぉ……」と声にならない声を絞り出した。

「これはまた……斬新な鶴だな……。」
『小太郎、ハッキリ言ってやった方がいいよ。テメェむちゃくちゃ不器用じゃねぇかって。』

アタシの言葉に銀時はばつが悪そうに己の手で生み出した可哀想な折り鶴からそっと視線を逸らした。
そうしてアタシと小太郎は、もう1つの問題作へと目を向ける。
こちらはもう折り鶴の形すらしていない。丸められた紙の方がまだ造形に趣があるのではないだろうか。
妙に鶴を形作ろうとしたもんだから、なんかもう訳の分からない物体になってしまっていた。
言わずもがな、晋助作の折り鶴(もどき)だ。

「まぁ……なんだ。誰しも初めから上手くできるわけではないからな……。」
『そうそう。みんなで練習しようよ。まだ雨止みそうにないからさ。』
「いっそ殺せ……。」

晋助は顔を両手で覆って、ガラにもなく弱々しい声でそう言った。





『結局、銀時と小太郎は折り鶴マスター出来たけど、
 晋助は最後まで可哀想な折り鶴しか作れなかったのよねぇ。』

銀時が持っていた折り鶴を自分の手の平の上に乗せ、アタシはしみじみとそう言った。

「まぁ俺は元から折り鶴マスターしてたけどね。ただ本気出してなかっただけで。」
『はいはい。』

銀時の言葉に適当に返事をしつつ神楽ちゃん達の方を見れば、
2人とも口をぽかんと開けてアタシ達の方を見ていた。

『ど、どうしたの?』
「あ、いえ、その……。」

アタシの視線に気付いた新ちゃんがハッと我に返り、照れくさそうに頭をかいて俯いた。

「僕等にとって銀さんやさん、桂さんに高杉さんって、
 攘夷戦争を生き抜いたもの凄い侍っていうイメージがあるので、
 そういう普通の昔話を聞いて、なんというか、変な感じがするなぁって……。」

照れくさそうにそう言った新ちゃんと、隣で同じように目線を逸らす神楽ちゃんを見て、
アタシと銀時はゆっくりとお互いに顔を合わせ、同時にふふ、と噴き出した。

『アタシ達にも子供時代があったんだから、そんなに不思議な話でもないでしょう?」
「誰しも青臭い時代を通り過ぎてここまで来てんだからよ。
 人生何があるか分かったもんじゃねぇよ?お前らだって、遠い未来で有名になってるかもしれねぇんだぜ?」
「いや、それは言いすぎですよ……。」

言葉では否定しているものの、新ちゃんの顔はどこか恥ずかしそうだった。

そう、人生何があるか分かったもんじゃない。
あの頃のアタシには、平和だった寺子屋が炎に包まれることなんて、想像もできなかったもの。
松陽先生が居なくなってしまうことも、晋助が遠い遠い場所に行ってしまうことも、
自分たちが戦争に参加して多くのものを失ってしまうことも、何も分からなかったんだから。

『まぁ、でも、悪いことばっかりじゃないか……。』
「あ?」

アタシがぽつりと呟けば、銀時が聞き返すようにそう言ってアタシの顔を覗き込んだ。
そんな銀時をちらりと見つめ返して、アタシは悪戯っぽく微笑んでみせる。

『どっかの誰かさんだって、まさか自分のラブレターがバレるなんて思ってなかっただろうしね。』

アタシの言葉に、銀時は一瞬固まって、みるみる顔を赤くした。

「なッ!?おまっ、まさかッ……!!」
『さぁ!そろそろお昼ご飯の時間ね!神楽ちゃん、新ちゃん、お手伝いしてくれる?』
「なになに??銀ちゃんにラブレター贈ったアルか??」
「気になりますよさん!詳しく教えてください!」

アタシがケラケラ笑いながら台所へ歩いていけば、
神楽ちゃんと新ちゃんは興味津々といった様子でアタシの後ろをついてきた。
そうしてアタシは事務所の扉に手をかけたまま2人に振り返り、
真っ赤な顔で口をパクパクさせている銀時に聞こえるような声でこう言った。

『アタシの部屋に飾ってある銀色の折り鶴を調べてみれば、何か分かるかもよ?』
「……〜ッ!!」

ある大雨の日の昼下がり。
万事屋に銀時の声にならない声が鳴り響いた。




わったもの、わらないもの

(これ、初めて上手く折れた鶴だから、お前にやる) (そう言った銀時の顔が赤かった理由を知るのは、幼い私が銀色の折り鶴を広げてみた後だった) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ こういう過去から未来につながるようなお話が大好きなんです。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2014/11/17 管理人:かほ