しょうせつ

『ただいまー!』

玄関の開く音と共に聞こえてきたの元気な声に、俺の心臓がドクリと飛び跳ねた。
いよいよだ。いよいよ俺は、と恋人としての一線を越えることになるのだ。

『あー、疲れたぁー。』

ゲームの中のと全く同じ動き、同じ発言をするを横目に、
俺は手に持っていた新聞を机に置いた。

「おー、お疲れさん。」
『はいっ、銀時、いちご牛乳。』

目の前にいちご牛乳が置かれたのと同時に、俺はを自分の方へと引き寄せた。
突然腕を引かれてバランスを崩したは簡単に俺の方へと倒れこんでくる。
そしてゆっくりと体勢を立て直し、俺の隣に座る形で、俺の顔を恐る恐る見上げるのだ。

『ぎ、銀時……?』

その上目遣いは、まさにゲームの画面と瓜二つだった。
しかし今は液晶越しのを相手にしているわけじゃない。
手に握るの細い腕は確かに温かいし、
すぐ傍に居るの吐息が俺の首筋にあたっているのが感じ取れる。
息を吸うとシャンプーのいい香りが漂ってくるし、
腕を動かせばすぐにでもの華奢な体を抱き寄せることができる。

攘夷戦争時代は、まさかこんな日が来るとは思っていなかった。
夢の中では、妄想の中では、この腕の中で何度も何度もの名を呼んだ。
頭の中だけなら罪はないだろうと、キスもしたし押し倒しもした。
でもいつもそこには居なかった。温かくもなければ息すらしていなかった。
万事屋を始めた頃だって、何度も何度もの名を呼んだが、
やっぱりは笑って隣に居るだけで、俺のものにはならなかった。

そうしている内に新八が来て神楽が来て、
万事屋でを本気で口説きまくるのも教育上悪いような気がして、
いつの間にか俺も半分冗談でに言い寄っていたように思う。
俺が冗談だから、はもっと冗談だ。
そんなスッカスカの恋愛をしていた俺たちが、今日やっと一歩踏み出せる。
昨日俺がプレイした内容と同じように。

「甘いモンがほしいなら……どうすればいいんだっけ?」

俺が耳元でそう囁くと、の『っ、』と息を呑む声が聞こえてきた。
予想通りの反応に、俺の口元が意地悪く歪む。

「、さっき何て言ってたっけ?」
『あっ、あのっ、さっきは……その……。』
「そんなに甘いモンがほしいなら、誰と何すればいいんだって?」
『ヤだ、銀時っ……!』

顔を真っ赤にして俺から離れようとするを捕まえさらに抱き寄せれば、
は観念したように俺にしがみついてきた。
そして恥ずかしそうな声で弱々しく『……ば、いい……』と呟く。

「あ?何?聞こえねぇよ。何て?」
『……ッ、銀時の、バカッ……!いじわる……!』

甘えるような拗ねるような声でそう言うに、俺は思わず口元を押さえた。
ダメだ、ニヤニヤが止まらねぇ。くっそ、可愛すぎる。

「言わねぇと離してやんねぇぞ。」
『うぅぅ……。』

俺の言葉には小さく呻き、しばらく黙り込んでしまった。
そしてゆっくりと、しかし今度はちゃんと聞き取れる声で言葉をつむぐ。

『そ、そんなに甘いモンがほしいなら……あ、アタシと、
 ちゅー、すれば……いいじゃない……。』

ゲームならこの後2、3回画面をタッチすればとキスが出来るのだが、今は現実だ。
俺はゆっくりとを抱きしめていた腕をゆるめ、の顔を見つめた。
顔が赤い。火照っているのか、頬に触れるとじんわりと熱い。

「……。」

俺が優しく名前を呼ぶと、がそっと目を閉じた。
周りが静かなせいか、自分の心臓の音がうるさく脳内に鳴り響く。
俺はゆっくりととの距離を詰めていった。

あと少し、あと少しで俺はとキスできる。

ゆっくりと、しかし確実に距離を縮めていく。
の熱い吐息が俺の顔にかかる。恐らく俺の鼻息もにかかっているのだろう。
あと数センチ。今度は俺が目を閉じた。

あと少し、あと少しで俺は――……!!





次に俺が目を開くと、そこには無機質な天井が映っていた。

「………………は?」

状況が理解できず俺はのそりと布団の上で起き上がり、頭をボリボリとかいた。
え?いつの間に朝になってた?えっ?って言うかは?
えっ?えっ?っつーか何で俺寝てんの?いつの間に?えっ?っつーかDSは?

俺はキョロキョロと周りを見渡したが、いつも枕元に置いているはずのDSがない。
色々不可解な点はあったものの、とりあえず俺は立ち上がり、事務所の方へと歩いていった。

「…………8時。」

見ると時計は朝の8時を指していた。
窓からは太陽の光が溢れ、押入れからは神楽のバカデカいいびきが聞こえてくる。
そしてふと日めくりカレンダーに視線を移して、俺は自分の目を疑った。

「………………え?」

俺の目の前にある日めくりカレンダーが示す日付は、
なんとあのラブチョイス大会の一週間後、
つまり新八があのラブチョイス2を持ってきた日だったのである。
何度目をこすっても、何度頬をつねっても、
目の前の日付は変わらないし、痛いものは痛いのであった。

つまりあれか?今までの話は全部夢だったのか?

「うっ、嘘だああああぁぁぁぁ!!!!!!!」

あまりのショックに俺は絶叫してその場に崩れ落ちた。
嘘だ、嘘だ!嘘だ!!!!!
じゃあ何か?あの可愛いも俺がの彼氏になったこともあのキスも!!
全部ただの天然パーマのおっさんが作り出した幻想と欲望の塊、
夢という名の偽りの世界だったとでも言うのか!?
っつーかキスに至っては未遂に終わったし!!
ここまで盛り上げといて夢オチで地獄に突き落とすなら
せめてキスくらいはさせろやあぁぁぁぁ!!!!!!!

俺が思わず泣きながら床をガンガン叩いていると、
玄関がガララッと開く音がして新八がバタバタと万事屋に上がりこんできた。

「銀さん!!大変です!!」

聞き覚えのあるその台詞に俺が一握りの期待を胸にシュバッと新八の方に振り返れば、
新八はその手に持った新聞を俺に見えるようにバッと広げた。

「一週間前の大会のせいでラブチョイスが生産停止になったそうです!」

新八の止めの一発に、俺はその場で泣き崩れた。




終了 →コンテニュー

(……俺、欲求不満なのかもしれない……) (はぁ?何言ってんのアンタ) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 長々とお付き合いありがとうございました。 夢オチってとっても便利ですね!! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2015/05/30 管理人:かほ