しょうせつ

鴨太郎、鴨太郎と僕の名を呼ぶ鈴の音のようなその声が、
甘い匂いと共に僕を眠りから掬い上げた。
今日は久々の休日。
そう言えば、今日はバレンタインデーだっけ。





 

【鴨太郎とのバレンタインデー】

『鴨太郎、鴨太郎!もうお昼だよ!』 「んっ…………。」 『あんまり寝てたら体がなまっちゃうよ?  寝起きのお散歩しよっか!越後屋の向こうの丘行こ、丘!』 こうして、僕は起きてすぐ半ば無理やり外に連れ出された。 起こされてすぐ、意識が朦朧としている時から やけに甘い匂いがするなぁとは思っていたけれど、 町に出てみてその理由がはっきりした。 そうだった、今日はバレンタインデーだったんだっけ。 『鴨太郎の私服見たの久しぶり!』 「最近はあまり休みがなかったからね。」 『えへへ。隊服の鴨太郎は格好良いけど、  私服の鴨太郎はなんか、色っぽくて格好良い!』 ちょっと顔を赤らめて照れたようにそう言ったの笑顔に、 僕は顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。 あぁもう。 どうしてはこう、恥ずかしいことを笑って言葉に出来るんだろう。 しかも、必ず僕には勿体無い、嬉しい言葉を与えてくれる。 真選組の紅一点であり、みんなの憧れの存在である。 そんなを独り占めしているなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう。 一体僕の何が良いんだろうといつも疑問に思うけど、 そんなこと聞いたらきっとはちょっと怒ってこう言うんだ。 『鴨太郎に悪いところなんて何にもないよ!』ってね。 「ふふ……。」 『ん?どしたの?何で笑ったの?』 「いや、君は本当に分かりやすいなぁと思ってね。」 『そう?やっぱ近藤さんの養子だから、性格とか似てくるのかなぁ?』 僕の言葉に考え込むような素振りを見せるに、 やっぱり分かりやすいなぁと思ってまた笑ってしまった。 あまり心の内を見せない僕のことはすぐに見抜くくせに、 自分は何も隠し事が出来ない性格なのは不思議だと思う。 どうして正反対の性格の僕を理解できるんだろうか。 いや、理解なんて実はしていないのかもしれない。 近藤さんと同じように、ただ僕を丸々受け入れているだけなのかもしれない。 それでも、そんなの優しさが僕には心地よかった。 『着いた!鴨太郎、深呼吸しときなよ?今までずっと寝てたんだから。』 「今まで寝ていたら、どうして深呼吸をしないといけないんだい?」 『体に新鮮な空気を入れるために!ほら、深呼吸!』 僕はに背中を押され、丘の一番高いところに立たされた。 仕方がないので、一度大きく息を吸い込む。 少し冷たい空気が体内に入ってきて、ちょっとだけスッキリした気分だ。 「流石にここまでは甘い匂いは届かないね。」 『鴨太郎甘いのあんまり好きじゃないもんね。  だからアタシは考えたよ!別にチョコじゃなくてもいいんじゃないかって!』 そう言ってが取り出したのは、小さなバスケットだった。 別に甘い匂いもしないし、今日の主役であるチョコレートではないらしい。 何が入っているのかと僕が小首を傾げると、 がそのバスケットを開けて中身を見せてくれた。 『じゃじゃーん!鴨太郎の好きな和菓子だよ!』 そこには緑色や桃色や透明の綺麗な水羊羹が入っていた。 のことだから、きっと昨日のうちに作っておいたに違いない。 固定観念が無いとでも言うのだろうか、 僕はのこういう、形式に囚われない自由な発想が大好きだ。 「おいしそうだね。お店で並んでても不思議じゃないよ。」 『ホント?嬉しい!』 僕が褒めれば、は本当に嬉しそうに笑ってくれた。 その笑顔につられて僕も自然と笑顔になる。 『あっちの石に座って食べよっか!  鴨太郎だけ特別だから、他の皆には内緒ね?』 「それは嬉しいな。分かった、内緒にする。」 『夜にはちゃんと皆にもチョコレート配るから。買ったやつだけど。』 「じゃあ手作りは僕だけなんだ。」 『当然でしょ?鴨太郎はすっごく大切な人だからね!』 にとって真選組は大切な人達。 すっごく大切な人ってことは、真選組の中でも特に大切な人って事だろう。 この前近藤さんをすごく大切な人って言ってたから、 近藤さんよりも、ほんのちょっとだけ大切な人。 は好きだとか愛してるだとか、そういう言葉は使わないけど、 その声と笑顔で言葉以上のものを僕にくれる。 は皆が大好きだから、こういう機会でもなければ 将来結婚しようなんて約束したことも忘れてしまいそうになるけれど、 それでも、僕はこの関係が一番好きだ。 『鴨太郎、食べさせてあげようか?』 「本当に?じゃあお願いしようかな。」 『はい、あーん。』 バレンタインデーなんて浮かれた行事、 なくなってしまえばいいと思っていたけれど、 案外悪いものでもないかもしれないな。

君の“特別”を貰えるから

(来年は何がいい?お赤飯でも炊いてあげようか?) (、いくらなんでもそれは自由すぎると思うよ……) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 鴨太郎には絶対に幸せになってほしいんだ! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/02/15 管理人:かほ