僕は言う。 自分はこの世に必要ないんだと。 幼い頃貰うべき愛情を貰えなかったのは、本来貰う予定がなかったからなんだと。 自分は母の腹の中で立派な兄から全てを奪ってしまったのだと。 そうしたら君は普段は非常に可愛らしいその顔をちょっと歪ませて、 遠慮がちに、しかし思いっきり僕の背中を叩く。 痛みと驚きで眉をハの字にして君を見つめる僕の目を、 やっぱり君は怒ったような視線で見つめ返すのだ。 『鴨太郎が必要ないなんて、一体誰が決めたの!?』 「いや、誰って……。」 『もしこの世に鴨太郎を必要としてる人が居ないんだったら、 アタシは一体どうすれば良いの!?こんなにも鴨太郎を必要としてるのに!』 三日月が藍色の空に綺麗に浮かんでいる、ある夜の縁側で、 は何の恥ずかしげもなく、さも当たり前のようにそう言い放った。 それに僕は目を瞬かせる。 『鴨太郎が自分を一人だって言っちゃったら、アタシの存在も否定された気分!』 僕を怒ったように睨んでいたは、 非常に不機嫌そうにそう言うと、ふん、とそっぽを向いてしまった。 「……。」 僕は突然のの行動に困り果てた。 別に、を否定しようと思って言ったつもりじゃないんだ。 可哀想な自分に同情してもらうつもりでも、 ただ単に自分を卑下しようとしたつもりでもない。 そう、僕は――…… 『鴨太郎は、自分のこと嫌いすぎるよ。』 が悲しそうな瞳でそう言った。 そう、僕は自分が嫌いなんだ。 誰かを不幸にする自分が、誰にも認めてもらえない自分が。 でも、いくら嫌いになってもそれはあくまでも自分自身だから、 結局は自分を傷つけないために本心を隠して偽るしかないんだ。 自分のことが嫌いな自分を隠して、 強くて賢い自分を作り上げて、その自分を必死で信じる。 そうして培ってきた僕は、やっぱりみんなが嫌いな自分だった。 だから僕も、結局自分を嫌いになっていたんだ。 『……ねぇ、鴨太郎。どうして鴨太郎の髪がクリーム色なのか知ってる?』 今までじっと月を眺めていたが急にそう尋ねてきた。 きっと三日月の優しい黄みを帯びた光を見て、僕の髪の色を連想したんだろう。 でも、僕のはあんなに優しい色じゃない。 僕は月とは違うんだ。みんなに愛されてる月じゃない。 『それはね、赤や青があるからだよ。』 黙って月を見ていた僕は、そう言ったの方を向き、小首をかしげた。 するとは目線は月に向けたままで話し始めた。 あのお月様がお月様なのは、太陽があるからなの。 あのお月様が三日月なのは、満月があるからなの。 満月が丸いのはポストが四角いからで、お月様が黄色いのは空が青いからなの。 はそこまで言うと、僕のほうを向いてにっこりと微笑んだ。 『鴨太郎が意地悪って言われるのは、他に優しい人が居るからなの。 そうやって色んな人が居てこその鴨太郎で、鴨太郎が居てこその私なの。 皆が皆同じ人だったら、比較も何も出来ないでしょう?』 優しく微笑むの姿に、僕は自然と顔がほころんだ。 いつもそうなんだ。僕の不安は彼女がこうして包み込む。 僕が自分を嫌いだと言えば、彼女は僕を好きだと言い、 僕なんて生まれて来なければ良かったと言えば、 それじゃあアタシは誰を好きになれば良いの?と怒ったように言ってくる。 「じゃあ、意地悪で嫌われ者の僕が居なければ、 近藤さんが優しいみんなの人気者になれないという事かな?」 『そこに変態とストーカーもつけ加えておいてね!』 僕が若干おどけたようにそう言えば、 はいつもの可愛らしい笑顔で悪戯っぽくそう答えた。 そして、だから鴨太郎はこの世界に必要なんだよと、 まるで母親が子を慈しむような笑顔で僕に微笑みかけた。 彼女はいつもそうなんだ。 今までの僕を否定せず、僕に居場所を与えてくれる。 僕に向かって優しいだなんてお世辞は言わないけれど、 それどころかいつも言い方がキツイとか怒られてしまうけれど、 それでも僕の隣に居て、僕の存在を必要としてくれる。 「……全く、君には敵わないな。」 僕がため息混じりにそう言えば、は満足そうに微笑んだ。十人十色
(いつも隣にあるその優しい笑顔を、僕はそっと抱きしめた) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 鴨太郎はこういう、ちょっと小難しい文章が一番合ってる気がする。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/02/28 管理人:かほ