しょうせつ

ずっとずっと言いたかったんだ。
誰でも良かった。ただ、聞いてほしかった。

「母上、僕、寺子屋で100点を取ったんです!」

冷たく突き放されると分かっていても、
今度こそは、今度こそはと必死に縋り付いた。

「母上……今度、有名な道場へ行かないかと……。」

いつからだったか、僕は自分の話をしなくなった。
だって、どうせ誰も聞いてくれないから。
僕がいくら頑張ったって、誰一人僕を見てくれていないんだ。

だから、世界中の全員を見下した。

僕が高みに立っているから、僕が羨ましいから、
嫉妬のあまり僕の姿を消してしまうんだろう?
だから僕はいつも1人なんだ。理解者なんてどこにも居ない。
僕に等しい才能を持った者なんて、この世のどこにも居ない。

そう思いながら江戸に出てきて、事の成り行きで真選組に入隊して、
そして、出会ったんだ。

『わぁ凄い!そんな難しい計算出来るんですね!』

最初から不思議に思っていた。
真選組は男所帯だと聞いていたから、可愛らしい少女が居ることを。
沖田君に聞けば、近藤さんの養子というではないか。

なるほど、言われてみれば、顔は全く似ていないが、
いつも笑顔で居るところとか、人懐っこいところとか、
全てを包み込むような雰囲気とか、似ている気がしないでもない。
最初はそんな印象しか受けなかったのに、なのに、あの日……。

『伊東先生、何でも知ってるんですね!』
「まぁね。」
『じゃあ伊東先生、天人と人間が結婚したら、どうなると思います?』
「天人と人間が?そんなの、前例がないから分からないが……
 子供は生まれないんじゃないのかい?遺伝子が違いすぎるだろう。」
『うふふ、正解は、アタシです!』

不思議と、そこまでショックではなかった。
があまりにも普通に、なんの躊躇もなく言ったからかもしれない。
隊士は皆知っていた。が、半分天人の血が流れていることを。
でも、誰もを気味悪がらなかったし、同情もしなかった。
ただは、近藤さんの養子として受け入れられた。

この日から、僕の高く積み上げられたプライドは、
によって粉々に壊されてしまった。
自分との境遇を重ねてしまったからかもしれない。
周りからは疎まれ、両親には捨てられ、誰にも必要とされない存在を、
ここだけは、真選組だけは、必要だと受け入れてくれる。
そう、の屈託のない笑顔を通じて、薄々気づかされたからかもしれない。

「伊東さん、最近トゲがなくなってきやしたねィ。」
「え?そ、そうかい?」
「そうでさァ。前は伊東さんを良く思っていなかった連中も、
 最近じゃあと仲良くしてるから羨ましいなんて言う始末ですぜィ?」

だんだんと、環境が変わってきた。

「オイ伊東、この書類今日中に頼むって、近藤さんが。」
「あぁ、すぐにやるよ。」
「……気色悪ぃ。」
「何だって?」
「前のお前なら、一言二言嫌味でも言ってきたってのに、
 最近妙に素直じゃねぇか。こっちが調子狂うわ。」

僕を取り巻く環境が、180度反転したような気分だ。

「伊東先生!ちゃんの誕生日プレゼント、何がいいですかね?」
「え?いや、僕は……。」
「オイ、会議中だぞ。」
「がははは!!いいじゃねぇかトシ!
 今日の会議は保留にして、のプレゼントについて考えようじゃねぇか!」
「オイ近藤さん、大事な会議を私情に使うんじゃねぇよ。」
「俺ァロウソクとムチでいいと思いやすがねィ。」
「テメーはに何をさせる気だ!!!!!」
「そう言えば、この前がぬいぐるみが欲しいって言っていたような……。」
「伊東!!!テメーまで飲み込まれてんじゃねぇよ!!!!」

最近、笑うようになった。
幼い頃ですら面白くて笑ったことはなかったのに、
ここには馬鹿な連中が多くて、いつもいつも馬鹿なことをしていて、
そんな彼等の輪に入って、ほんの少しでも笑うようになった。

「、生まれてきてくれてありがとう。」
『え?な、何ですか、いきなり。』
「君のおかげで、僕は自分の居場所を見つけることが出来たんだ。」

君のおかげで、自分から壁を作っていたことに気づかされたんだ。
そして君と一緒に居ることで、少しずつではあるけれど、
その壁を崩せるようになったんだ。
君が隣に居るからって、皆が僕を見てくれるようになったんだ。

、君の力で、君の存在があったおかげで、
真選組という輪の中に、この伊東鴨太郎という存在が、加わったんだ。

『伊東先生、先生から特別に、プレゼント貰ってもいいですか?』
「僕から?申し訳ないけど、何も用意していないよ?」
『いえ、品物じゃありません。先生の、昔のお話を聞きたいんです。』
「僕の……昔の話?」
『はい!先生の口から、先生の事を聞きたいんです。
 昔は天童だと言われていたらしいですけど、
 先生の口からその時のお話を聞いたことは一度もありませんから。』

小さな太陽が、優しい声で僕に笑いかけた。

『先生、やっぱりテストではいつも100点取ったりしてたんですか?
 アタシ寺子屋通ってないし、ちゃんとした教養もないんで、
 先生のお話で勉強しようかなって思うんですけど……。』

ずっと言えなかった言葉が、どんどん溢れてくる気がした。

『今日は時間がないので……先生、明日非番ですよね?
 もしよかったら、明日2人でお茶でもしながらお話して下さいませんか?』

ずっと貰いたかったものを、貰える気がした。

「……いいよ。じゃあ明日、2人でデートしようか。」
『デッ、デート!?あっ、あのっ、いやっ、デートなんて……!!』
「嫌かい?」
『いっ、いいえ!!!アタシなんかでよろしければぜひ!』

僕は君だから誘ったんだけど?
そう君に告げるのは、君が先生から鴨太郎と呼び名を変え、
手を繋いで歩くようになった日から、まだ少し先の話。




もない思い出話

(殺していた感情を、受け止めてくれる女性に出会ったんだ) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 鴨太郎には全力で幸せになってほしいから、 こういうモノローグ調のほのぼの夢が増えていく。(笑) ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/05/16 管理人:かほ