その日はいつもの何の変哲も無い日だった。 いつものように起床し、いつものように登校し、 そしていつものように一人で席に座って次の授業の予習をしていた。 そんな“今日”という日をガラリと変えたのは、他の誰でもない、だった。 『おっはよー!』 いつものように元気に挨拶をするに、クラス全員がに振り向いた。 女子はニコニコしながらに挨拶を返しているし、 大半の男子はの可愛らしさにだらしなくデレデレしている。 まぁこんなことは日常茶飯事だし、今更気にする事でもない。 そう思って僕が教科書を読み続けていると、 教室に入ってきたは自分の席にも寄らず、 そのまま真っ直ぐ僕の方に歩み寄ってきた。 『おはよう鴨太郎!』 「え?あぁ、おはよう、。」 の行動に若干驚きながらも、僕はを見上げて返事をした。 するとは満面の笑みで僕を見て、そして元気な声でこう言った。 『今日一日アタシのこと好きに使っていいよ!』 その言葉に、クラスが一瞬で凍りついた。 勿論、僕も状況が理解できずにその場で言葉を失ってしまった。 好きに使うって……いきなり何を言い出すんだこの子は! きっとこのクラスで一番困惑しているのは他の誰でもない僕なのに、 の言葉が聞き捨てならなかったのか、 学年一の不良である高杉が僕にガンを飛ばしながら歩み寄って来る。 「オイ伊東、どういうつもりだ。」 「えっ、いやっ、その……。」 『ちょっと、何で晋助が出てくるのよ?』 高杉の言葉に困惑している僕とは裏腹に、 はちょっと不服そうな顔をして高杉にそう言った。 そんなの反応に、高杉はまた機嫌が悪くなる。 「テメー、伊東と付き合ってんのか。」 『えっ!?い、いやっ、多分まだ……まだ付き合ってないよね?』 「え!?」 が照れたような、困ったような顔で僕にそう尋ねてきたので、 僕も一緒になって顔を赤くして困ったような声を出した。 確かにまだ付き合ったりはしてないけど……まだって一体どういう……。 「まだって何だコラ!!」 「落ち着け高杉!」 の意味深な発言に怒った高杉が僕に掴みかかろうとしたので、 それを慌てて学級委員長である桂君が制止した。 そしてその後ろから志村さんがニコニコと菩薩のような笑顔で歩み寄ってくる。 「ちゃん、いきなりどうしたの?今日は何か特別な日なのかしら?」 志村さんはこの状況を収拾しようとしてくれているようだ。 気のせいか、志村さんの後ろに後光が見える。 『今日ね、鴨太郎の誕生日なの。 だから今日は鴨太郎の言うこと何でも聞いてあげようと思って。』 は相変わらずの笑顔でそう答えた。 誕生日……?僕の? 不思議に思った僕はふと携帯を開いて日付を確認する。 12月13日……あぁ、そう言えば、今日は僕の誕生日だったっけ。 「あら、そうなの?素敵なプレゼントねぇ。」 『えへへ、でしょー?』 穏やかに微笑み合う2人の後ろでは、桂君にお説教を受けている高杉の姿が。 ちょっと離れているのでよくは聞こえないが、 どうやらのプレゼントを邪魔しないようにと言われているようだ。 『だから今日はずっと鴨太郎と一緒に居るよ!何でも言ってね!』 怒られている高杉をボーっと眺めていると、 急にが満面の笑みでそう言って僕に微笑みかけた。 あまりにも無防備な状態だった僕は、の笑顔に顔を真っ赤にしてしまう。 と居ると自分のキャラが保てなくなるから、 ずっと一緒に居られるのはちょっと困るんだけどなぁ……。 *********** 『なんか、普通だった。』 「え?」 放課後、風紀委員会の仕事で百葉箱の整理をしている時、 ふいに隣に居たが不服そうな声を出した。 そんなの様子に、僕は首を傾げてを見る。 『荷物運び手伝ったり、プリント配るの手伝ったり、 日誌書くの手伝ったり……いつもと何も変わんないじゃない。』 は温度計を雑巾で拭きながら不服そうな声でそう言った。 「そんなことないよ。今日はとても助かった。ありがとう、。」 『…………。』 僕が思ったままを口にしても、はまだ不服そうな顔をしていた。 それどころか、さらにムスッとした顔になった気がする。 今朝、が僕の言う事を何でも聞いてくれるって言ったから、 そして有言実行、が一日中僕の傍を離れなかったから、 僕は自分の仕事をほとんどに手伝ってもらった。 別にそこまで苦になる仕事があったわけじゃないけれど、 2人で分担した事によって僕の負担はかなり軽減された。 これは揺ぎ無い事実で、現に僕はとても助かったというのに、 当のは何故か全く満足していないようだ。 「一体何が不服なんだい?」 僕はまだ不機嫌なままのにそう尋ねた。 するとはやっと僕の顔を見てくれたけど、その視線はどこか恨めしそうだ。 『なんか、特別な日って感じがしない。』 「え?そうかい?」 『そうだよ!せっかくの誕生日なのに、アタシ……もっとこう……。』 は言っているうちにみるみる頬を赤く染め、 ゴニョゴニョとまだ言葉を続けながら徐に視線を温度計へと戻してしまった。 そんなの様子にしばらく困惑していた僕だったけど、 ふとの朝の発言を思い出し、恐る恐る尋ねてみた。 「……まだ、付き合ってないって、言ってたけど……。」 『……ッ!』 僕の言葉に跳ねるように僕の顔を見たは、 ベタな表現を使うと、まるでトマトみたいな顔になっていた。 『わっ、分かってるんならお願いしてよ! アタシ何でもプレゼントするって言ったじゃん!』 「えっ!?あ、あぁ、えぇっと……。」 『アタシ明日になったら鴨太郎の言うこと聞かないから! ずっとずっと聞かないから!ずっと一緒になんて居ないから!』 は真っ赤な顔のまま怒ったようにそう訴えた。 そしてふいっ、とそっぽを向いて黙り込んでしまう。 僕はそんなの行動に、またしても困り果てていた。 が望んでいる言葉はもう理解しているし、 それが僕にとって人生最大のプレゼントであることも揺ぎ無い事実だ。 でも、プレゼントの要求権というものは本来僕にあるはずで、 こんな風に強要されるものではない気がするんだけど……。 「……。」 『……何?』 お互いになんとなく逸らした視線を、またなんとなく繋ぎ合わせた。 「えぇっと、その……僕のほしいものを、くれるかい?」 『えっ……な、何?』 僕の言葉が予想していたものと違ったようで、 はちょっと不安そうに僕に聞き返した。 そんなに僕が笑って言葉を返すと、 見る見るうちにの顔が真っ赤に染まっていく。 そしてしばらくの沈黙の後、緊張した様子のが、 しかしとても嬉しそうに微笑んで、優しく僕にこう言った。 『あげるよ、そんなの。全部、鴨太郎にあげる。』君という名の贈り物を僕に下さい
(……これは誘導尋問じゃないだろうか) (何よ……鴨太郎アタシのこと好きじゃないの?) (いや、好きだよ。大好きだけど……) (バッ、バカ!大好きとか言わないで!恥ずかしい!) (え、えぇっ!?) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ Happy Birthday 鴨太郎!生まれてきてくれてありがとう! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/12/19 管理人:かほ