しょうせつ
、今日は何の日か知ってるか?」

幼いアタシの隣で、まだ若かった頃の近藤さんがそう言った。
アタシはその声に喧嘩をしていたトシと総悟から視線を外す。

今日は武州のオンボロ道場で門下生のみんなとクリスマスパーティー。
ミツバお姉ちゃんがいっぱいご馳走を作ってくれて、
部屋の中には裏山から取って来た不恰好なクリスマスツリーが飾ってあって、
トシと総悟は相変わらず喧嘩してて、門下生達がそれを慌てて止めていた。
そんな楽しい雰囲気の中、アタシは小首を傾げて近藤さんを見る。

『きょうはクリスマスでしょ?』
「世間ではそうだが、俺たちにとっちゃあちょっと違う。」
『……?よくわかんない。なんのひなの?』
「今日はなぁ――……。」

近藤さんが何かを言いかけたその時、大きくなったアタシが目を覚ました。

『…………夢か。』

幸せな夢だったから、もうちょっと長く見ていたかったな、なんて思いつつ、
アタシは屯所の一室で布団からのそりと身を起こした。
そう言えば、江戸に来てから忙しくて、クリスマスなんてしたことなかったな。
楽しかったなぁ、武州でやったクリスマス。
またやりたいな……今度は真選組のみんなと。
アタシは布団に座ってボンヤリとそんな事を考えながらカレンダーを見た。
12月25日。世間一般で言うクリスマス。

『そうだ、クリスマスをしよう。』

思い立ったアタシは、すぐさま着替えを済ませて食堂へと向かった。




「クリスマス?」

食堂に着くと、いつものように近藤さんとトシと総悟と鴨太郎が
一つのテーブルを囲んで何やら仕事の話をしながら食事を取っていたので、
アタシはモーニングセット(ご飯と鮭と味噌汁)を持って4人の元へと向かった。
そこで朝思いついた事を話したら、さっきの総悟の言葉だ。

『そう!クリスマス!楽しそうでしょ?』
「んなもん出来るわけねーだろ。今年も交通整備とかで全員忙しいんだよ。」

アタシの言葉にトシがちょっと怒ったような声でそう言った。

『えー?一日くらいいいじゃん!ねぇ近藤さん、ダメ?』
「んー……クリスマスなぁ。」

トシに言っても反対されるだけなので、今度は近藤さんにお願いしてみた。
すると近藤さんは顎に手を当てて考え込むような仕草をする。

「そう言えば、江戸に来てからまともに祝った事なかったなぁ。」
『でしょ?だから今年はやろう!みんな一緒に晩御飯食べるだけでいいから!』
「駄目だ。明日も仕事なんだ、今夜騒ぐのは却下する。」
『むぅー……トシのケチ。』

アタシの案を一刀両断したトシに不満たっぷりにそう言えば、
トシは涼しい顔をしてマヨネーズたっぷりの丼をかきこんだ。
そんなトシの様子に近藤さんは苦笑いをして何も反論しなかったし、
総悟も特にトシの反対を押し切ってまでやりたそうじゃなかったので、
クリスマスパーティーは自然と却下の方向に持って行かれたようだ。
それにアタシがガックリと肩を落としていると、
今まで黙って話を聞いていた鴨太郎が急に意外な言葉を口にした。

「やってもいいよ、クリスマス。明日は休みにするから。」
『えっ?』

鴨太郎のその言葉に、その場に居た全員が一斉に鴨太郎の顔を見た。
すると鴨太郎はちょっとビックリした様子で言葉を続ける。

「じ、実は、松平公から有給を取っていない奴が多すぎると苦情が来ていてね。
 緊急事態なんかで全員が出動する事が多かったから、
 今年中に真選組を丸一日機能停止にさせる日を作れと言われていたんだよ。」
「何だそのムチャクチャな話。あの人は一体何考えてんだ。」

鴨太郎の説明に、やっぱりトシが怒ったようにそう言った。

『でも、真選組を完全に機能停止にさせちゃったら大変な事になるでしょ?』
「そこは警察や幕府の人間で補うとか何とか……。
 僕も実際にやろうなんて思わなかったからちゃんと聞いてなかったんだけど、
 松平公に掛け合えば、明日を完全に休みにすることは出来るよ。」

あの人きっと本気だから、と付け加えて、鴨太郎は鮭を頬張った。
明日がお休みになれば、今夜はいくら夜更かししても大丈夫!
そうなればクリスマスパーティーだって出来るじゃないか。
さっきまで完全に諦めていたけれど、ちょっと希望が湧いてきた。

「伊東お前、ちょっとに甘すぎるぞ。」
「いいじゃないか、クリスマスくらいさせてやっても。」
「土方さん、伊東先生のバカは今に始まったことじゃないですぜ。」
「バカとは何だ、バカとは!僕は君たちよりも賢い自信がある!」
「コラ3人共!喧嘩するな!」

言い争っていた3人を近藤さんが諌めると、3人はしばらく睨み合って、
それから一斉にそっぽを向いて各々ご飯を食べ始めた。
トシの怒ったような顔は変わらなかったけど、
どうやらクリスマスをやることに反対はしてないみたい。
その事が嬉しくて、アタシは笑顔で鴨太郎に声をかける。

『ねぇ鴨太郎、本当にいいの?』
「したいんだろう?クリスマス。」
『やったぁ!ありがとう!鴨太郎大好き!!』
「うわっ!?ちょ、……!!」

アタシはあまりの嬉しさにお礼を言った勢いで鴨太郎に抱きついた。
鴨太郎は驚いて顔を真っ赤にしていたけど、
トシと総悟はやれやれ、と肩をすくめていた。

その後近藤さんがみんなに今夜はクリスマスパーティーをやるぞって知らせて、
みんなも明日が休みになるって知ってとっても嬉しそうだった。
アタシは一応言いだしっぺだし、今日は非番だったので、
同じ非番の退と原田さんと篠原君に手伝ってもらって宴会の準備をしていた。
そして日は暮れて夜になり、道場に隊士が全員集まったところで、
近藤さんの「乾杯」の合図と共に大騒ぎの宴会が始まった。

『あっ、居た居た。鴨太郎ー!』
「。」

最後の料理を運び終えたアタシは、
部屋の前の方でお酒を飲んでいる鴨太郎を見つけ、その隣に座った。
向かい側では何故か素っ裸の近藤さんがトシと総悟に冷たい目で見られている。

『鴨太郎、今日は本当にありがとう!』
「いいんだよ。たまたま運が良かっただけさ。
 も、今日はお疲れさま。宴会の準備は大変だっただろう?」
『ううん!みんな手伝ってくれたし、アタシがやりたいって言い出したんだもん!』

アタシが笑顔でそう言えば、鴨太郎はちょっと微笑んでまたお酒を飲んだ。
鴨太郎って、最初は冷たい印象で取っ付きにくいかもって思ってたけど、
本当はとっても優しくて思いやりがあって、可愛い人だと思う。
トシとは仲悪いけど、アタシにはとっても優しいし。
今だって、アタシが我侭言ったのに、準備大変だっただろう、だって。

そこまで考えて、アタシはフフ、と声を出して笑った。
すると鴨太郎が不思議そうな顔でアタシの顔を見たので、
アタシは『何でもないよ』と言って向かいで騒いでいる近藤さんたちを見た。

『……昔、武州に居た頃、近藤さんが言ってたの。』

お酒のせいで今度は総悟が脱ごうとしているのを
トシと神山さんが必死で止めていて、
そんなみんなの仲の良さそうな様子を見ていると、武州時代を思い出した。

『今日は仲間とバカ騒ぎをする日なんだって、アタシに教えてくれた。
 本当に小さな道場で、少人数でのクリスマスだったけど、
 アタシはそれが本当に大好きで、毎年クリスマスが楽しみだったの。』

アタシが昔を思い出してそんな下らない話をしていたのに、
鴨太郎はちゃんとアタシの方を見て話を聞いてくれていた。

『だから、江戸に来てから忙しくなっちゃって、ちょっと寂しかったんだ。
 でも今日はとっても楽しい!本当にありがとうね、鴨太郎。』

なんだか感慨深くなっちゃって、ちょっと目頭が熱くなったけど、
アタシは自分が持てる限りの笑顔で鴨太郎にお礼を言った。
すると鴨太郎はちょっとだけ顔を紅くして、
ふい、とアタシから視線をそらして言葉を紡いだ。

「毎年今日みたいに休みを取ることは出来ないよ。」
『うん、分かってる。今年は特別。来年からは我慢する。』
「いや、別に我慢する事はない。2人で祝おう。」
『え……?』

鴨太郎の言った意味がよく分からなくて、アタシは目を瞬かせた。
するとしばらく鴨太郎は何かを考えるように黙っていたけれど、
ふとアタシの顔をじっと見つめたかと思ったら、真面目な顔でこう言った。

「来年からは、僕と2人でクリスマスを祝おう。
 そうすればこんな大それた休みを取らなくて済むだろう?」
『かっ、鴨太郎……それって……。』

鴨太郎のちょっと照れた、でもとても真剣な眼差しに、
アタシは恥ずかしいのにどうしても目線が外せなくて、
じっと見詰め合ったまま、どんどん跳ね上がる鼓動と体温を感じていた。
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。
でも、どうしても次の言葉が出てこない。
だって、鴨太郎いま、2人で祝おうって……。

「あぁー!!伊東先生がに告りやがったー!!」
「『ッ!?』」

一体どれくらい見詰め合っていたのかは分からないけれど、
総悟がメガホン片手にそう叫んだ瞬間、アタシ達は一気に現実に引き戻された。
慌てて周りを見渡すと、案の定みんながこっちに注目している。
そして酔っ払ったテンションで全員が騒ぎ出し、
チューしろだの付き合っちゃえだの各々が好き勝手な事を叫び出した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!今のは別に……!」
「いい加減素直になれよ伊東。バレバレだぞ。」
「う、うるさい!君は黙っていてくれないか!」

慌てて騒ぎを収集しようとした鴨太郎だったけど、
トシの言葉に顔を真っ赤にしてしまい、
結果的にみんなのテンションをさらに上げてしまうことになった。
そんな鴨太郎の姿を見て、アタシはこっそりフフ、と笑った。

『後でもっかい言ってもらおっと♪』

その夜、真選組屯所から隊士達の楽しそうな騒ぎ声が止むことはなかった。




(えぇっ!?伊東先生ってのこと好きだったの!?) (近藤さん、いくらなんでも鈍すぎだ) (そうですぜ。アンタ一応の親代わりでしょーが) (うっそー!お父さん超ショック!!ちゃんとパパに紹介しなさい!) (だから違うって言ってるじゃないかー!!) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 大遅刻ですが、鴨太郎とメリークリスマス! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/12/31 管理人:かほ