しょうせつ

この世界に僕の名を、僕という人間が生きた証を残す。
それだけが幼い頃からの僕の野望だった。
だから真選組に入隊し、いつかこの僕が局長の座についてやろうと目論んでいた。
他の隊士達とは馴れ合わず、心を許さず、自分の腹の底は見せず、
自分の野望に賛同する者たちは利用する。
そんな捻くれた僕の計画を打ち砕いたのは、たった一人の少女だった。

「。」

僕が名前を呼ぶと、猫と戯れていたが小首を傾げながら僕に振り向いた。

『なぁに?』
「君は僕が死ぬ時、傍に居てくれるかい?」

そう僕が尋ねると、の顔がみるみるうちに歪んでいった。

『何でそんなこと訊くの?』
「例えばの話だよ。そんなに怒らないでくれ。」

の声は明らかに不機嫌で、僕は慌ててそう付け加えた。
しかしはまだ怒っているらしく、眉間にしわが寄ったままだ。

「ずっとずっと未来の話さ。もし一緒に居たらだけど。」

一応、弁解のつもりでそう言ったのに、
僕の言葉はさらにの機嫌を損ねてしまったようだった。
は猫と遊んでいた手を止め、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

『鴨太郎はアタシとずっと一緒に居てくれないの?』
「そんな、一緒に居るつもりだ。」
『だったら“もし”とか言わないで!
 “絶対に一緒に居るけど”くらい言ってよね!バカ!』

口調は乱暴だったけど、怒られているんだとは分かっているけれど、
幼い頃に母親に叱られた時とは全く違うの声が、僕は好きだった。
言い方がまるで拗ねた子供のようで、
不思議なことに愛さえ感じるその叱咤に、僕は困りながらも微笑んだ。

「すまない……また君を怒らせてしまったね。」
『ホントよ!鴨太郎ってアタシへの愛が足りないと思うの!』
「えっ、いや、そんなことは……。」
『それに!』

は言いながら荒っぽく僕の隣に腰掛けた。
そして僕の顔をキッと睨み、今にも泣きそうな顔で僕を見た。

『もし鴨太郎が目の前で冷たくなっていっちゃっても、
 アタシは絶対に傍には寄らない……。だって、そんなの耐えられないもん。』

少し震える声でそう言ったに、僕は本当にしまったと思った。
僕の質問でを酷く傷つけてしまったんだと今更になって後悔した。
はそれでなくても感受性豊かな女性なのに、
もし僕が死んだら、なんて言ったらその時を想像してしまうに決まっている。
きっとはボロボロ泣いて僕の死を哀しんでくれるんだろう。
その時感じる押しつぶされそうな哀しみを、
疑似体験してしまうと分かっていたのに、僕は……。

「……僕は、君が死ぬ時は必ず傍に居るよ。」
『え……?』

僕がふいに放った一言に、が微かに声をあげた。

「冷たくなっていく君の最期の温もりは僕だけのものだ。
 君がもし死ぬような事があったら、最期は僕の腕の中で息絶えてほしい。」
『鴨太郎……。』
「でも、僕は弱い人間だから、きっとすぐに君を追いかけてしまうだろうけどね。」

僕が言いながら笑いかけると、は僕を咎めるように睨みつけた。

『その時は長生きしてよ、アタシの分まで。』
「無理だよ。だって僕にとっては君が世界の全てなんだから。」
『そんな言葉で口説いたってダメだよ!アタシ最初に言ったでしょ?
 鴨太郎には色んな人と触れ合って、色んな感情を知ってほしいって。』

そういえば、そんなことを言われた気がする。
僕が真選組に入隊したての頃、
やけに付きまとってくる女中が居ると思ったら、
それは女性でありながら一番隊の副隊長を務めていただった。
に興味を持ったきっかけはその時感じた「珍しい」だったけど、
だんだんとの優しさに絆され、ついには昔の話をしてしまった。
その時が泣きながら僕を抱きしめて言った言葉がさっきの言葉。
あの夜から、僕はとなら一緒に歩いていけると思ったんだ。

「大丈夫だよ。は一生僕が護る。
 だから死ぬ時は2人とも年老いているさ。
 その頃には、が全ての感情を僕に教えてくれているだろう?」
『なっ、何よそれ。そんなにハードル上げないでよ!
 アタシ一生かかっても教えきれるかどうか分かんないのに。』

は眉をハの字にして困ったようにそう言った。
その反応に僕は思わず笑ってしまう。

「じゃあ、出来るだけ一緒に長生きしないといけないね。」

色んな感情を込めて僕がそう言えば、
は一瞬驚いたような顔をして、そしてすぐに優しく微笑んだ。

『実はゴールはもう目前なのかもね。』
「え?」
『鴨太郎、変わったね。初めて会った時とは大違いだよ。』

それは他の誰でもない君のおかげなんだって、は理解しているのだろうか。

「……そうだね。どこかの誰かさんに牙を全て持っていかれたからかな。」

僕の中心にあった野望が“夢”に変わったのはいつだっただろうか。
裏切るために入隊した真選組を、
裏切れなくなってしまったのはいつだっただろうか。
綿密に立てた計画を、綺麗さっぱり忘れてしまったのはいつだっただろうか。
と共に歩んでいく人生を、計画し始めたのはいつだっただろうか。

「。」

僕がおもむろに名前を呼ぶと、が小首を傾げながら僕の顔を見た。

「君は僕が死ぬ時まで、傍に居てくれるかい?」

僕がそう尋ねると、は優しく微笑んだ。




真選組参謀の計画が破綻した3つの理由

(君と出逢ってしまったこと) (僕が君を愛してしまったこと) (そして、君が僕を愛してくれたこと) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 終わり方が今までの小説の中で一番好きだ。文学っぽい。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/03/20 管理人:かほ