『お妙ちゃーん!神楽ちゃーん!』 「あら、ちゃん。」 アタシがメイド&執事喫茶を開いている3Zの教室に入りながら名前を呼ぶと、 可愛らしいメイド姿のお妙ちゃんと神楽ちゃんがアタシの方に振り向いた。 『わぁ!メイド服可愛いね!2人ともとっても似合ってる!』 「あら、ちゃんこそ、着物姿がとっても可愛いわよ。 だから朝から大人気なのね。こんな所に居て大丈夫?」 お妙ちゃんのその言葉に、アタシは思わず苦笑した。 自分で言うのもなんだけど、実はアタシ、朝から超モテモテなのだ。 これが着物の威力なのかうなじの威力なのかはいまいちよく分からないけれど、 とりあえず今日は朝から色んな男の子に声をかけられている。 その噂が流れ流れて、この3Zにまでやって来たのだろう。 『そんな、芸能人じゃないんだから。』 「でも校内はの噂で持ちきりネ。 3年の茶屋に大和撫子が居るって、男子生徒が騒いでるアルよ?」 神楽ちゃんの言葉に、アタシは『あはは、』と乾いた笑い声をあげた。 確かに朝から会う人みんながアタシを「可愛い」と褒めてくれる。 それは本当に光栄なことだと思ってるけど、でも、 アタシはまだ一番言ってほしい人から可愛いって言われてない。 『ねぇ、伊東君どこ?執事の格好してないの?』 アタシが店内をキョロキョロと見回せば、 お妙ちゃんが「残念でした」と言って楽しそうに微笑んだ。 「お目当ての伊東君は厨房よ。本人から聞いてないの?」 『それが訊き忘れちゃってて。そっかぁ、伊東君執事じゃないんだぁ。』 見たかったなぁ、伊東君の執事姿。 アタシがそう呟きながら肩を落とせば、奥から河上君が飛び出してきた。 「!!もしや拙者をわざわざ誘いに来てくれたんでござるか!?」 『へっ!?』 かなり自分勝手な事を言いながらテンションだだ上がりの河上君に、 アタシは何て言葉を返せばいいのか分からなくて思わずその場で固まってしまった。 すると調子に乗った河上君はガバッとアタシの手を握り、 これでもかと言うくらい顔を近づけてきて言葉を続ける。 「そうと決まれば早速行くでござる! あぁそれにしても着物姿も可愛いでござるなぁ……!!」 『あ、あのっ、ちょっと……!』 「河上君、さんから離れたまえ。」 突然聞こえたその声に、アタシと河上君は同時に声の主の顔を見た。 するとそこには不機嫌そうな顔をした伊東君の姿が。 「彼女は今から僕と一緒に委員会の見回りだ。 だからさっさとその手を離してもらおうか。」 伊東君はそう言いながらアタシの手を握っていた河上君の手をベシッと叩いた。 すると河上君はおもしろくなさそうにアタシから離れ、 「伊東に何かされそうになったらすぐに拙者を呼ぶでござる!」と言って 渋々教室の奥へと戻っていった。 何かされそうになったらと言われても、むしろそんな展開は大歓迎なんだけどなぁ。 そんなこんなで、アタシはお妙ちゃんと神楽ちゃんにいってきますを言ってから、 伊東君と一緒に校内の見回りを開始した。 何故かすれ違う人たち全員から 「え!?ちゃんソイツと付き合ってんの!?」的な反応をされたけど、 その度にこれは委員会の仕事なんだと説明させられ、ちょっと悲しかった。 そう、これはあくまで委員会の仕事なんだ……ほっといてくれよバカヤロー。 「今日は一段と人気者らしいね。」 『え?』 ふと聞こえた伊東君のその声に、アタシは間抜けな声を出した。 「さっきからすれ違う人たちが君に釘付けだ。 委員会の仕事さえなければ、僕と一緒に居なくても良かったのに。」 『伊東君……。』 怒ったような、困ったような、悲しんだような顔でそう言う伊東君に、 アタシはムッとして頬っぺたを思いっきりつねってやった。 「いたたっ!!なっ、何をするんだ!」 『伊東君のバカ!!』 幸いそこは人気の少ない渡り廊下で、 アタシの叫び声に驚く人は誰一人として居なかった。 いや、伊東君だけは心底驚いたような顔をしていたんだけど、 それでもそんなアタシ達の様子に首をつっこむような人間は居なかった。 『委員会の仕事くらい、いくらでもサボれるんだから!!』 「さん……。」 『確かに、色んな男の子から一緒に回ろうって誘われたよ! でも全部断った!伊東君と2人で回りたかったから!』 朝から本当にたくさんの人に可愛いねって言われたし、一緒に居ようって誘われた。 でも、全部嬉しくなかった。ちっとも嬉しくなかったんだ。 アタシはただ、伊東君ただ一人に可愛いねって言われたかったのに。 委員会の仕事なんかじゃなくて、普通に、友達としてでもいいから、 一緒に回ろうって、言ってほしかっただけなのに……。 『それなのに伊東君ってば、この間から卑屈な事ばっかり……。 アタシがどれだけ委員会を楽しみにしてるか知りもしないで……。』 アタシは思わず目に涙をいっぱい溜めて、震える声でそう言った。 別に伊東君が悪いわけじゃない。好きだって言わなかったアタシが悪い。 気持ちも何も伝えていないくせに、 こんなに頑張ってるのにって言うのはただの我侭だ。 そんなことを考えながらアタシが目を伏せていると、 おもむろに伊東君がアタシの傍に寄って来て、そっとアタシの涙を拭いた。 「君に言わせるのは、男としていけないことだよね。」 驚いて顔を見上げるアタシに、伊東君は困ったような表情でそう言った。 『いっ、伊東君……?』 「さん。僕と、ずっと一緒に居てくれないかい?」 その言葉が聞こえた瞬間、アタシの思考回路はショートした。 伊東君が、今、何て?ずっと、一緒に……? 『えっ、えぇ!?いっ、いきなりプロポーズ!?』 「えっ?」 大声を出したアタシに、伊東君はビックリしてアタシの頬にあった手を引っ込めた。 『つっ、付き合ってとかじゃなくて!?』 「え、違う!?何か間違えた!?」 『い、いや……別にいいけど……。』 慌てた様子の伊東君に、 アタシは恥ずかしいよりも何よりもとても癒されてしまった。 『……伊東君って、天然だよね。』 「て、天然?」 『うん。天然。ド天然。』 「そ、そうかな……。」 ほら、またアタシの言葉を真に受けて困った顔をする。 伊東君って、普段はクールな印象を受けるけど、実はとっても抜けていると思う。 いつもはあんまり表情を変えないけど、ふとした瞬間の笑顔は本当に可愛いし、 他人に興味がないと言っておきながら実は結構ヤキモチ妬きだったりするし、 頭はいいけど世間知らずで、自信家なのに卑屈な事ばっかり考えてる。 全然話したこともなかった頃がまるで嘘みたいに、 この短い期間で伊東君の意外な一面をたくさん見れた気がする。 そして多分これからも、もっといっぱい伊東君の素顔が見れるんだろうなぁ。 『ねぇ、伊東君。』 アタシはまだ困った顔をしている伊東君にそっと声をかけた。 これが、ただの同級生としての最後の質問。 ねぇ、伊東君、本当にアタシでいいの?
(何を当たり前のことを……君だから僕はここまで好きになれたんだ) (なっ、なんちゅー恥ずかしい事を……伊東君ってやっぱりド天然だよ) (そう言う君も大概天然だと思うけどね) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ こういう純愛もウチにはあるんですよ!と胸を張ってみる。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/05/03 管理人:かほ