「俺さぁ、好きな人が出来たみたいなんだ。」 『……は?』 それは本当に突然の事だった。 阿伏兎さんが元老に今回の任務の報告をしている間、 アタシは団長と一緒に部屋の外の廊下で阿伏兎さんを待っていた。 そんな時、急に団長が先ほどのような言葉を発したのだ。 驚いたアタシは思わず思い切り怪訝な顔をして団長の横顔を見る。 団長は相変わらず涼しい顔で前をしっかりと見据えていた。 この団長様に限って好きとか愛してるとか、そんなことはありえない。 きっと暇つぶしの為にからかわれているんだろうと思ってアタシが返答に困っていると、 パッとこっちを向いた団長がちょっと不機嫌そうな顔をした。 「何?その顔。まさか信じてないの?」 『信じられるわけないじゃないですか、そんな話。』 「冗談じゃないってば。本当に好きな子が出来たんだよ。」 団長は相変わらずの笑顔を崩さずに、そう言ってのけた。 『それちゃんと女の子ですか?』 「男に恋するわけないだろ?」 『いや、猛獣とか恐竜とかオカマとか色々……。』 「そっか、は俺にボコボコにされたいんだ。」 『ぎゃああ!すすす、すみません調子乗りました!!!!』 ボキボキと指を鳴らせて体ごとこちらを向いた団長に、 アタシは素早く後退してその場でバシャアと土下座した。 「ということで、相談に乗ってくれる?』 『は?相談?』 「そう、相談。ほら、俺って恋とか恋愛とか初めてだろ? 女の扱いって良く分からないんだ。は一応女だから、参考になるかと思って。」 『一応って何ですか。正真正銘、どっからどう見ても女ですよ!』 アタシの言葉は華麗にスルーして、団長はまた壁にもたれかかった。 まだ真偽の程は分からないが、どうやら冗談とかではないらしい。 少なくとも、この戦い馬鹿で夜兎族の見本みたいな団長様が、 どこぞの馬の骨とも知らない女に興味を持った事だけは確かだ。 珍しい事もあるもんだと、アタシは小さくため息をついて立ち上がり、 さっきまでもたれていた壁にもう一度もたれかかった。 『で、何ですか?』 「じゃあいきなりなんだけど、って好きな人とか居るの?」 『は?アタシですか?』 「うん。好きな人が居るのと居ないのとでは受け答えが違うだろ?」 団長にしては的を射た事言うじゃないかと、アタシは心底驚いた。 この人、今まで戦いの事ばかり頭にあるのかと思っていたら、 ちゃんと一般常識や共通概念みたいなものを持ち合わせていたらしい。 しかしそれなら恋愛についても基本的な知識を持ち合わせているだろうに……。 『そうですね……アタシは今まで好きな人が出来た事はありません。』 「本当?」 『ホントですよ。まぁ一応モテてはいましたけど、 みんなアタシが夜兎と人間の混血だと知ると怖がって離れていきましたから。』 そう、アタシは天人と人間のハーフ。 しかも天人の中でも当時最も恐れられた夜兎族と人間のハーフなのだ。 みんなに忌み嫌われる存在だと心の奥で分かっていたからこそ、 今まで人を好きになったりはしなかったのかもしれない。 「ハーフだってこと、黙ってようとは思わなかったの?」 『いや……別に黙ってても良かったんですけど…… ほら、喧嘩した時とかにうっかり殺しちゃったら、後味悪いでしょ?』 だからアタシがその人を好きになっちゃう前に、 アタシに殺されるような弱い人間には離れてもらってたんですよ。と付け加えると、 団長はふぅん、と小さく呟いて、何かを考えるように前を向いた。 なんてまともな反応なんだ。 入団当初はまさか団長と恋愛話でこんなに真剣に話せるなんて思ってもみなかった。 「まぁ、そこんトコは心配ないよ。」 『は?何がですか?』 「じゃあ次、の好きなタイプは?」 『ちょ、アタシの質問にもちょっとは答えて下さいよ……。』 ちゃんと話せているとはいえ、やはりペースは団長様のペースだった。 まぁ話が変な方向に脱線していないだけマシか。 アタシはそう自分に言い聞かせて団長の質問に答える。 『うーん……そうですねぇ……。 アタシが本気で喧嘩しても簡単に死なない人、ですかね。 あと優しくて、アタシを大切にしてくれたら容姿性格には多少目を瞑ります。』 「……優しい意外はクリア、かな。」 『え?』 アタシが答えた後、団長が小さな声で何かを呟いたから、 きっとスルーされるだろうと思いつつも小首をかしげてリピートを要求してみた。 「じゃあ次。は俺のことどう思ってる?」 『あ、やっぱりスルーですか……。 団長は普通にカッコいいと思いますよ? 見た目もカッコいいし俺様思考だし、女性受けはいいんじゃないですか?』 「女性受けはいいんだよ。がどう思ってるのか聞きたいんだ。」 団長が珍しく真顔でそんな事を言うもんだから、 アタシは一瞬ドキッとしてしまって、思わず団長から顔を逸らす。 『ア、アタシは……最初は生理的に受け付けないと思ってましたけど……。』 「、俺泣いてもいいかな?」 『で、でも……最近は、ちょっと意外だったと言うか……。』 「意外?」 アタシの言葉に団長はキョトンとした顔で小首をかしげた。 その反応に、アタシはちゃんと団長の方を向いて答える。 『団長、ただの暴れん坊だと思ってましたけど、 意外と冷静だし、戦いだってちゃんと選んでるし、 普通の感覚だって持ち合わせてるし……その……。』 この先は面と向かってではちょっと言いにくくて、アタシはまた顔を逸らした。 その反応に、団長がまた不思議そうにアタシを見る。 『だ、第一印象とのギャップが、なんて言うか、好きです。』 「すっ……。」 言い終わって、アタシはハッとした。 なんかアタシ団長に告白したみたいになってない!? 別に今のはそういう意味じゃなくって、出会った頃よりは好きって意味だから!! 慌てたアタシは急いで団長に 『違うんです!今のはラブじゃなくてライク!』って言おうとして顔を上げた。 すると、団長はアタシを凝視したままの格好で固まっていた。 『だ、団長?』 「……やっぱコレ分かんないや。後で阿伏兎に聞こう。」 『えぇ!?今まで散々答えさせといて結局それですか!? って言うかアタシの意見は阿伏兎さんに劣るんですか!?超ショック!!!!』 アタシがそう叫んだ時、タイミング悪く阿伏兎さんが部屋から出てきて、 おいおい、何で俺に劣ったらショックなんだよ、なんて言いながら アタシの頭に軽くチョップをかましてきた。 あんまり痛くはなかったんだけど、ノリでついギャ!と声を出してしまう。 そしたら団長が一気に何もかもが面倒くさくなったかのような声色で 「さっさと帰るよ、」なんて言いながらスタスタと歩いていってしまった。 阿伏兎さんはやれやれ、と肩をすくめながらも団長の後を追う。 取り残されたアタシはさっきの事がちょっとだけ悔しくて 思わず阿伏兎さんの背中に向かってアッカンベーをした。 いいもん。例えアタシのアドバイスが何の役にも立たなくったって、 さっきの団長の間抜け面はアタシだけの秘密だから! アタシはそう自分を慰め、とっとと歩いて行ってしまった2人の後を追った。不器用な兎さん
(阿伏兎、が俺に好きって言った) (はぁ?) (それで俺……全然動けなかったんだ。体も脳も) (アンタそりゃあ……) (やっぱりコレにも名前があるの?) (あぁ……多分そりゃあ、妄想ってやつだ) (阿伏兎、歯ァ食いしばりなよ) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 団長って意外と頭いいよねっていう話です。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/07/25 管理人:かほ