しょうせつ

団長がアタシを殴った。
いや、正確には殴ろうとした、なんだけど。
反射神経と運動神経が人並み外れたアタシだから避けられたけど、
普通の人だったら確実に頭吹っ飛んでるぞ。

『な、何するんですか団長……。』
「こうすればは俺を見るだろ?」
『は?』

向こう側では阿伏兎さんが元老にいきなり始末書を食らったような顔をしていた。
ん?コレはいまいち良く分からない例えだったな……。
とりあえず、ものっそい顔をしていた。

「俺がこんなにもを大切にしてあげてるのに、
 当のときたら俺なんか見もしないで他の奴ばかりに目をやってさ……。」

団長は言いながら指の関節をボキボキ鳴らし始めた。
ちょ、まさか今度こそ確実に当てるつもりじゃないだろうな。
勘弁して下さいよ……アタシそこまで万能人間じゃないんですけど。

「でも、こうすればの見開かれた瞳に映るのは俺だけじゃないか。
 ずっとこうしていれば、は余所見をしないだろ?」

いつだったか、阿伏兎さんに言われた言葉を思い出した。
団長は、今まで愛だの恋だのを教えられてこなかったから、
いざそういう場面に出くわしても、
自分が今まで培ってきた術でしか感情を表現できないんだって。
だからお前さん、気ぃつけろよって言われた。
団長が愛を表現する方法は服従、嫉妬を表現する方法は暴力なんだからって。

確か阿伏兎さんはこの後、
「まぁお前は頭がキレるから心配要らねぇな」なんて言ってた気がするけど、
今までのアタシの経験上、こんなボコり愛なんて遭遇したことないわけで、
目の前で禍々しいオーラを放っている笑顔を止める術なんてアタシ思いつかないよ!
そんな事が頭の中を巡って冷や汗さえ出てきたアタシの気持ちなんて露知らず、
団長はアタシの方に向かってゆっくりと、しかし着実に歩み寄ってきた。

「、この前俺に言ったよね?
 自分と話した男性を片っ端から殴るの止めて下さいって。
 お前の言う通りだよ。こんなの、何の解決にもならない。
 だって余所見をしているのは他の誰でもないなんだからさ。」

どうしよう、コレが巷で噂のヤンデレ?
だったら団長今すぐデレて下さいよ全力で応えてあげるから!
そんなアタシの魂の叫びは、勿論このぶっ飛んだ団長様には届かない。
そろそろ阿伏兎さんが本格的にヤバいとこの状況を認識し始め、
オロオロと団長を止めるか止めまいか迷っていた。

「、俺以外を見るの禁止だよ。
 の全身と全神経を俺以外の為に使うの禁止。」
『だ、団長……。』

どうしよう、愛が重たい。
重たいどころか押しつぶされて殺されるとは正にこのことだ。
いや、実際には多分10秒後くらいに殴られて殺されるんだろうけど。

『あの、団長……アタシ、他の人を見ないと、団長のいい所が分かりません……。』
「…………。」

思わず口をついて屁理屈が出てきたけど、
意外にもこの言葉で団長の歩みと拳がピタリと止まった。
これはチャンスだと言わんばかりに、アタシの脳内はフル回転する。

『あのね団長、アタシ、雑兵の中で華麗に戦ってる団長が好きなんです。
 周りのグズ共を見て団長を見ると、あぁ今日もカッコいいなぁって思うんです。
 団長の青い目だって、他の人と比べて初めて綺麗だなぁって思うし、
 つまりですね、アンタの彼よりアタシの彼の方が万倍カッコいいわよっていう会話を
 アタシもしてみたいなぁっていうお年頃なんです!』

団長の肩越しに見える阿伏兎さんの表情が若干和らいだ。
それは今のアタシにとって何よりも安心できる変化だった。

「……、俺のこと好きなの?」
『え?いや……あ、いえっ、はい、好きです。』
「どれくらい好き?」
『阿伏兎さんの100倍好きです!』
「…………。」
『あとね、勾狼団長の400倍好き!』
「そう……。」

団長は表情を動かさないまま、しかし確実に上機嫌で、
準備していた握り拳を崩してアタシに背を向けて歩き出した。

「がそこまで言うなら仕方がないな。
 ヤられないようにだけ気をつけるんだよ。」

団長の後姿が見えなくなった後、
アタシと阿伏兎さんは目を合わせて深い深いため息をついた。
その日から、アタシと阿伏兎さんと団長だけが知っている特別ルールが生まれた。
アタシが他の男の人と接触して帰ってきた際は、
必ずその人と団長を比較して団長を褒めること。
アタシの中では団長が一番ですアピールをすること。
決して相手の男性を褒めてはいけないこと。

『面倒くさい……。』
「、お前は良く頑張った。」




悪魔を征する小悪魔

(。さっきの、鬼兵隊の戦略家だよね) (え?あぁ、あの……あの人クソ真面目で、話が合いませんでした) (そうなの?) (はい。やっぱり団長が一番話していて楽しいです) (ふぅん……そっか。は俺が一番だもんね) (あ、あはは……そうですね) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ これはヤンデレじゃなくてただのボコリ愛だと思います! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/08/12 管理人:かほ