しょうせつ

今日はバレンタインデーという日らしい。
去年だったか一昨年だったか、阿伏兎が俺に教えてくれた。
地球では女が惚れた男にチョコレートを渡して愛の告白をするんだとか。
今までの俺だったら、そんな浮ついた行事になんて興味はなかっただろう。
男と女の惚れた腫れたなんぞに興味はない。
ただ、チョコレートはお腹いっぱい食べたいなぁ、なんて考えていた。

しかし、今の俺は違う。
なぜなら俺は今、その興味がなかった惚れた腫れたの渦中に居るのだから。

「と言うわけでチョコくれないと強姦しちゃうぞ☆」
『団長それハロウィンです。しかも強姦ってアンタ!!!』

俺が出会い頭のに向かって笑顔でそう言い放つと、
からはいつものように威勢のいいツッコミが返って来た。
俺はのこういう威勢のいいところを気に入っている。
普段は一応、師団長と部下ということで俺に敬意を表しているが、
いざ俺が道を逸れたらこうして無礼覚悟で軌道修正してくれる。

それはボケとツッコミとかいう単純な話だけでなく、
俺が夜兎の血を自分でコントロールし、
共存しようと思ったきっかけを与えてくれたという点でも同じ事だ。
いつの日だったか出会ったお侍さんの強さが心の強さだと、
大切なものを守る為の強さだと教えてくれたのも、全部このなのだ。

『団長ってば、阿伏兎さんにバレンタインの話聞いてから
 毎年アタシに催促しに来ますよね……どうしてですか?』
「どうしてって、に惚れてるからに決まってるだろ?」
『ほっ、惚れてるとか言わないで下さい!心にもない事を!』

は怒ったようにそう言ってそっぽを向いてしまったが、
その顔は茹でたタコのように真っ赤だ。
これが所謂“照れ隠し”というやつだと知ったのは、
やっぱり阿伏兎が俺にそうだと教えてくれたからだ。
は恥ずかしいから怒ったような素振りを見せるけど、
本当は心の中ですっげぇ喜んでんだぜって言ってような気がする。

あと何て言ってたっけな。
えぇっと、こういう反応を世間では……ツンデレ?

『それに、団長は毎年ウチの女の子に
 食べ物いーっぱいもらってるじゃないですか!』
「あぁ、あれ?」

『いーっぱい』の部分を自分の小さな両手を広げて
やけに大げさに表現したをちょっと可愛いと思いながらも、
俺は冷静を装って言葉を返した。

俺のこれも一種の照れ隠しなのかと阿伏兎に訊いてみたことがあったが、
「団長のそれはただのプライドだろ」と一蹴されてしまった。
しかし、言われて見れば確かにそうだと納得した。
俺がにデレデレしている所、
つまり俺の弱みを他人に見られるなんてまっぴら御免だ。

「俺、あれがバレンタインデーの贈り物だって全然知らなかったんだ。
 てっきり俺に殺されたくないから媚を売ってるのかと思ってた。」
『えぇ?そんなわけないじゃないですか。
 団長ってその顔のおかげで性格がチャラになってんですから。』
「いま俺のこと貶した?それとも褒めた?」

俺が笑顔で問えば、は臆することなく『貶しました』と言い放った。
こういうハッキリものを言う性格も嫌いではないけれど、
それでもにここまでハッキリ言われると流石の俺でもヘコむから、
出来ればオブラートに包んでほしいんだけどな。

「は相変わらず手厳しいなぁ。
 俺、に言われてから本能で戦ってないし、
 ご飯も喧嘩も控えてるし、嫌だって言われた所は全部直しただろ?」
『でも団長ってイケメンすぎるんだもん。
 アタシ阿伏兎さんみたいなオッサンの方が好みなんです。』
「わぁ、俺イケメンで損したの初めてだよ。」

阿伏兎は後で一発殴っておくとして(勿論にバレないようにだ)、
に俺のこの容姿が通じないのが最大の難関である事は、
初めてに出会った時から嫌というほど理解していた。

自慢じゃないが、俺には優しさとか思いやりとか、
そういう女が男に求めてくるような行動パターンは存在しない。
だからせめてが一番嫌っている夜兎の血と戦う事を選んだのに、
それもの愛情を勝ち取るには何の役にも立たなかったようだ。
阿伏兎は俺が変わったおかげでが俺に心を許したと言っていたが、
俺には全くその実感がない。
むしろ以前にも増して毒舌が悪化している気さえする。

「じゃあ、は俺じゃなくて阿伏兎にチョコを渡すつもりなの?」

俺が若干苛立った声でそう尋ねると、は一瞬驚いた顔を見せ、
そしてすぐに困ったような顔に変わりシュン、と下を向いてしまった。
自分でも苛立った口調を抑えられなかったのには驚いたが、
それよりも何よりもを泣かせてしまったかどうかが気になった。
コレでまたに
『団長って怖いからあんまり好きじゃない』とか言われたらどうしよう。

『…………ですけど。』
「え?」

の呟きを聞き取れなかった俺が聞き返すと、
しばらくしてからがオズオズと顔を上げた。
それが偶然にも上目遣いになっていて、
あまりの可愛さに俺の心臓が飛び跳ねたのは言うまでもない。

『一応、上司ですから、団長には作ってあるんですけど……。』
「チョコレートを?俺だけに?」
『は、はい。』

なんだ、用意してるんじゃないか。しかも俺だけに。
コレが阿伏兎の言っていたツンデレの破壊力というものか。
散々人を落ち込ませた上で優しい言葉をかけて喜ばせる。
こんな飴と鞭を考えなしで使っているのだから、は末恐ろしい女だと思う。

「じゃあもったいぶってないで早くくれればいいのに。」
『いや、でも……その……。』

俺が言うと、はバツの悪そうな顔をして目を泳がせた。

『食べられない事はないんですけど、
 その……味も形も完全に失敗しちゃって……。』
「そんなの俺には関係ないよ。だってが俺のために作ってくれたんだろ?
 どんな劇薬だって毒薬だって、一つ残らず俺が平らげるから。」

他の誰にも、一欠けらだってやるものか。
は俺のものだ。手を出した奴はうっかり手を滑らせて殺してしまう。
でもそんな事をするとに
『もう!団長むやみに人殺ししないって言ったのに!』と怒られてしまうから、
出来るだけ事故に見せかけて殺すようにしないとね。
うーん……どうにも厄介だなぁ。

俺はそこまで考えて思案する事を止めた。
とりあえずこの続きはの作ったチョコでも食べながら考えよう。
そう思った俺が顔を上げての方に視線を向けると、
そこには顔を真っ赤に染めてパクパクと金魚のモノマネをしているが居た。




天然モノの甘い罠

(ありり?どうしたの?何それ金魚の真似?) (だっ、団長のバカー!!) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 天然同士のカップルって可愛いよねっていう話。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/03/05 管理人:かほ