人に殴られて、初めて胸が痛んだ。 別に胸なんて殴られていないのに、殴られた頬よりも胸の方が痛んだ。 いや、その表現は少し語弊があるかもしれない。 殴られた瞬間は、確かに頬しか痛くなかったんだ。 でも、の泣きそうな顔を見た瞬間、その痛みは移動した。 『戦うのと殺すのは違うだろ!!!!』 そう言ったの目は酷く怒っていて、酷く哀しんでいた。 涙なんて流していなかったのに、何故かが泣いていると思った。 どうして胸が痛んだのかも、どうして泣いていると思ったのかも分からない。 ただ一つだけ、俺の中に確かな形として残ったものは、 もう二度とのあんな顔は見たくないという想いだけだった。 「……俺、言ったよな?の両親が天人に殺されたって。」 俺がぐるぐると色んなことを考えていると、不意に銀さんがそう話しかけてきた。 銀さんのその言葉に、俺は無言で銀さんの顔を見上げる。 「その天人なぁ……夜兎族なんだ。」 銀さんのその言葉に、俺の胸がもう一度強く痛んだ。 「だからは天人を憎み、攘夷戦争で多くの天人を殺してきた。 自分のように天人の所為で人生を狂わされる人間を増やしたくないってな。」 銀さんの口から言葉が出るたびに、俺の胸は苦しくなった。 どうしてこんなにも息苦しいんだろう。 どうしてこんなにも胸が痛むんだろう。 どうしてこんなにも、の哀しむ顔がフラッシュバックするんだろう。 「俺もも戦争で多くの命を奪ってきた。 だから本当はテメェのことをとやかく言えた義理じゃねぇんだ。 ただなぁ、は護るもんがねぇ戦いを、世界で一番許せねぇのさ。」 銀さんはそう言って、俺に力なく笑いかけた。 「ま、夜兎族のお前にこんなこと言うのも酷な話かもしれねぇけどよ。」 そう言って、銀さんは後始末をしていた連中に 「あとは頼む」と言って建物の中に入って行った。 多分、敵襲があった事とそれを返り討ちにした事を社長に報告をする為だろう。 そして、俺を怖がっていたあの眼鏡と怒っているのフォローの為。 どちらも俺には到底出来ないことだ。 他人の気持ちを考えるなんて、 今までやったことも無ければやろうとも思わなかった。 それでも俺の生活には何ら問題はなかったからだ。 でも――…… 「このままじゃ俺は……またを哀しませるかもしれないな……。」 誰にも聞こえないくらいの小さな声で、俺はボソリと呟いた。 今までの俺じゃ、をまた哀しませる。 もう二度と、のあんな顔を見るのは御免なんだ。 正直なところ、俺の何が悪いのかも、 銀さんの言う“護るものがない戦い”も、あまりよく分かっていない。 それでも、俺の行動がを哀しませたということだけは分かっている。 「…………。」 俺は静かに目を瞑り、一度だけ大きな深呼吸をした。 そして、血で汚れてしまった服を着替えるため、建物の中に入って行った。 ***** 「阿伏兎、どういうことか説明してもらおうか。」 「はぁ……。」 地球から帰ってきた俺は帰還早々元老の間へ呼び出されていた。 理由は言わずとも知れている。どうせあの馬鹿団長絡みの話だろう。 「神威が地球で貿易をしていた我々の隊を一つ潰したそうじゃないか。」 元老の言葉に、俺は頭を抱え込んだ。 マジでか……あの人何やってんだよ全く……。 「いや、あのですねぇ、団長はちょっと地球に野暮用がありまして、 しばらく地球に滞在するとの言伝を、 帰ってきたら報告しようと思ってたんですが……。」 俺はそこまで言って、もうひたすら愛想笑いをするしかなかった。 そんなこと、団長が地球であろうことか春雨相手に暴れてしまった今、 到底受け入れられるはずがないという事は分かりきっている。 「阿伏兎、即刻神威を連れ戻せ。」 はいはい、そう来ると思ってましたよ。 俺は溜息混じりに「了解しました」と返事をし、そのまま元老の間を後にした。それぞれの苦悩
(に謝ろうにも、何て言えばいいか……) (あのバカ……地球に居たいのなら大人しくしとけっての) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 感情は芽生えてきてるけど、まだ理解できないお兄さんでした。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/03/30 管理人:かほ