しょうせつ

その日、アタシは謎の金縛りに苦しめられていた。
体が重い、手足が動かない、誰かの気配がする。
アタシには生まれてこのかた霊感はないと思っていたのだけれど、
やっぱり幽霊というものは見えてしまう時には見えてしまうらしい。
あまりの恐怖に今現在目は瞑っている状態だけど、
きっとこの目を開いたら目の前には生気のない顔が……!!

そこまで考えて、アタシは『うぅ……』とうなり声をあげた。
あれっ?おかしいな。普通金縛りって声は出ないもんなんじゃないの?
どうやらアタシは完全に金縛りにあったわけではないらしい。
と言うことは、結構マヌケな感じの、未熟な幽霊さんなのだろうか?
想像してみたら何だか可愛らしいと思えてきたので、
アタシは意を決して恐る恐る目を開いた。

「ありっ、起きちゃった?」
『…………。』

アタシの目に飛び込んできたのは、
怖い幽霊さんでも可愛らしい幽霊さんでもなく、
いつものようにニコニコと作り笑いを浮かべている団長の姿だった。

『何してるんですかアンタ。』

さっきまでの恐怖が一気に冷め切って、
アタシは自分でもビックリするくらい冷たい声で言い放つ。

「何って……夜這い。」
『堂々と問題発言ですか殺しますよ。』
「眠れないんだよ、激しい運動で俺を疲れさせてよ。」
『じゃあお望みどおり永眠させてやりますよッ!!!!』

アタシが団長の腕をガッと掴んで右ストレートを打ち込めば、
団長はひらりとそれをかわし、一瞬でアタシの両腕を拘束した。

『あっ!ちくしょう!放せ!!』
「暴れるなよ。あんまりオイタしてると襲っちゃうぞ?」
『もうすでに襲ってるも同然でしょーが!!』

アタシが力いっぱい抵抗しているというのに、
団長は涼しい顔をして明後日の方向を向いている。
そりゃあ半夜兎であるアタシと
純粋な夜兎族である団長とでは力の差は歴然だけど、
ここまで敵わないなんて、なんかもぅ、ムカつく!!

『ちょっと団長!アンタさっきからどこ見てんですか!!』
「壁にかかってる時計。」
『はぁ!?』
「待って、あと10秒だから。」

団長はそう言いながら、どこか嬉しそうに時計を眺めていた。
この人が時計好きだったなんて全然知らなかったなぁ。
って言うかあと10秒で何が始まると言うのだろうか。
現在の時刻、11時59分。
もしかして団長、日付が変わると同時にアタシを襲おうとしてる?

『ちょ、ちょっと団長、落ち着いて……!』

このままじゃ確実に団長に犯される!
そう思ったアタシが顔を引きつらせながら団長に言うのが早いか、
時計の針が日付変更を告げて団長がこちらを振り向くのが早いか。
普段なら絶対に見られないほどの団長の笑顔を見た瞬間、
アタシは自分がこのあと酷い目に遭うんだと確信した。

「、俺に何か言うことは?」
『あ、あの……できればご勘弁頂きたいんですけど……。』
「は?何言ってるのお前。」

まだ両腕をしっかりと拘束されたままのアタシが涙ながらに団長に訴えれば、
アタシの言葉がお気に召さなかったのか、団長が怪訝な顔をしてそう言った。

「こういう時は“おめでとうございます”だろ?」
『え?あの、全然めでたくないんですけど……。』
「何?俺の誕生日がめでたくないって?喧嘩売ってるのかい?」

ムッとした表情で放たれた団長の一言に、
アタシは目を見開いて『えっ?』と間抜けな声をあげた。

『だ、団長、今なんて?』
「喧嘩売ってるのかい?」
『いやその前。』
「俺の誕生日がめでたくないって?」
『えっ?団長、今日お誕生日なんですか?』

アタシが驚いてそう言えば、団長もまた驚いた顔でアタシを見つめてきた。

「あり?言ってなかったっけ?俺の誕生日6月1日。」
『あっ、そうなんですか?おめでとうございます!』

自然に出てきたお祝いの言葉に、何故か団長は真顔のまま黙り込んでしまった。
そして流れる沈黙の一時。
さっき自分でおめでとうって言えって言ったくせに、
どうして本当に言われたら黙り込んじゃうわけ?おかしくない?
なんかアタシが空回りしたみたいじゃない。
団長に限って会話が続かないなんてコトあるはずないんだけど……。

そんな事を考えながら仕方がなく団長を見つめていると、
しばらくしてから団長がフイ、とアタシから顔を背けた。

「おかしいな……
 本当はこの後プレゼントとしてを襲う予定だったんだけど、」
『えぇ!?ちょっと!マジ勘弁して下さいよ!』
「おめでとうって言われただけなのに、
 胸が苦しくてどうしようもないや……。」

そう言った団長の頬は、よく見るとちょっとだけ赤く染まっている気がした。

『え……団長、もしかして照れてる?』
「そんなわけないだろ……と、言いたいところだけど……。」

団長は真剣な面持ちでアタシの方を向き、
アタシの腕を拘束していた右手でおもむろにアタシの頬を包み込んだ。

「どうやらからのおめでとうが相当嬉しかったみたいだ。
 今日はこのまま何もせずに部屋に帰れるくらい幸せだよ。」

その団長の言葉と初めて見る団長のはにかんだような笑顔に、
アタシのハートはノックダウン寸前で心臓がうるさく鳴り響いた。

『ズ、ズルいですよ団長……。』
「ん?何が?」

だんだん赤く染まっていく顔を自覚して、
アタシは自由になった左腕で顔を隠しながら言葉を続けた。

『そんなこと言われて、本当に何も渡さないまま帰しちゃうなんて、
 出来るわけないじゃないですか……。』

言い終わってしばらくしてから、アタシの左腕は団長の手に捕まった。
ゆっくりと腕を顔の上から退かされると、
アタシの目の前には珍しくカッコいい顔の団長が。
そしてゆっくりと降ってくる唇。

『んっ……。』

優しいキスを落とされて、思わずアタシは団長の首に腕を回した。




Me for You.

(初めは嫌だって言ってたくせに) (お誕生日プレゼントとなれば話は別です) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 神威でこんな甘々小説って書けんの。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/06/01 管理人:かほ