しょうせつ

『勾狼団長、あけましておめでとうございます!』
「あぁ?あけまして?」

アタシが勾狼団長に新年のご挨拶をすると、勾狼団長は怪訝な顔でアタシを見た。

『あれっ?勾狼団長、お正月知らないんですか?』
「バッカヤロー、それくらい知ってるっつーの。アレだろ?
 酒飲んで暴れまくって最後に残った奴が全員から金を巻き上げる……。」
『あぁ……春雨式のお正月のことは知りませんけど……。』

アタシは若干引き気味にそう返事をして、『違いますよ、』と言葉を続けた。

『アタシが言ってるのは、地球のお正月ですよ。
 あけましておめでとうございますって親しい人に挨拶して、
 おせち食べてお参りに行って、すっごく楽しそうなんです!
 アタシ、一度でいいから地球でお正月を迎えてみたいんですよー♪』

アタシは言いながら体の前で手を組んでうっとりした。

一度だけ、今のこの時期に地球に行ったことがあった。
その時周りが綺麗な着物を着て、おいしいもの食べて、笑顔で挨拶して、
春雨では絶対に見られないような光景が辺り一面に広がってて、すごく羨ましかった。
宇宙海賊春雨で副師団長なんてやってるアタシだけど、一応女の子だもん。
あーゆーふわふわした行事に憧れても全然おかしくないよね。

『ということで!今日はおせちを作ってきたんですー♪』

じゃじゃーん!と言いながらアタシが重箱をテーブルの上に乗せれば、
勾狼団長は「おぉー!」と声を出して喜んでくれた。
眼帯フックで狼似の天人だから怖い人だって思われがちだけど、
実はとっても優しくて面倒見がよくていい人だったりする。
初めて第八師団に来た時はこんな人が団長でどうしようかと思ったけど、
今ではこうしてアタシの手作り料理を一緒に食べる仲だ。
でも勾狼団長って戦場とかですぐ自分だけ逃げるから、
信頼とかはあんまりしていないんだけどね。

アタシがそんな事を考えながらせっせとおせちをテーブルに並べている時、
ふいに第八師団本部の扉がギギギ、と鈍い音を立てた。

「ー。会いに来てやったよー。」
『ゲッ、神威団長……。』

オレンジ色の髪を揺らしながら飄々と入ってきた神威団長の姿に、
アタシは思わずそう言って顔を歪めてしまった。

春雨の問題児、第七師団の神威団長。
顔はとってもイケメンなので、
アタシも春雨に入りたての頃は素敵だなーって思ってたけど、
数々の武勇伝と夜兎族の常識はずれな性格を聞かされて、今では超苦手の部類だ。
しかし、何故かアタシのことを気に入ってくれているらしく、
こうして用もないのに度々ウチの本部へやってくるのだ。

「よぉ神威、俺に何か用か?」

勾狼団長がお箸片手にそう尋ねれば、
神威団長は相変わらずのニコニコ笑顔でこう答えた。

「犬なんかに用はないよ。俺が用があるのはだけだから。」

その言葉に、勾狼団長はしんなりと落ち込んでしまった。
勾狼団長、この見た目で意外と繊細なハートの持ち主だから、
いっつも神威団長に酷いこと言われて落ち込んじゃうんだよなぁ……。
このことも、アタシが神威団長を苦手としている理由の一つだった。

『こ、勾狼団長!元気出して下さい!勾狼団長はイケメン狼だと思います!』

アタシが落ち込んでしまった勾狼団長をいつものように励ませば、
勾狼団長はちょっとだけ顔を上げて
「本当にそう思うか?」と遠慮がちに聞き返してきた。

『はい!思います!アタシ勾狼団長の部下で良かったぁー!』
「そ、そうか……?」

あぁ良かった。勾狼団長、ちょっとだけ元気になったみたい。
全く……神威団長には毎度毎度落ち込んだ上司を励まさなきゃいけない
健気でいたいけな部下の気持ちになってほしいものだ。
アタシがそう思って溜息を吐くと、
神威団長の後ろから呆れた顔でついて来ていた阿伏兎さんが
アタシに向かって「すまねぇな」と苦笑した。

「毎度毎度ウチの団長が迷惑かけちまって。」
『あっ、いえいえ、いいんです。
 こちらこそ、ウチの団長がメンタル弱くてごめんなさい。
 見た目はご覧の通り厳ついんですけど、どうにも傷つきやすくて……。』

アタシと阿伏兎さんはそんな会話を繰り広げた後、力なく笑い合った。
阿伏兎さんとは時々お話するくらいの仲だけど、
お互い上司のせいで苦労しているので、苦労話に花が咲く。
だからどうにも他人とは思えないんだよなぁ、阿伏兎さん。

「あらあら、こんな所で副師団長の愚痴会?アンタ達も大変ねぇ〜。」
『め、梅蘭さん。』

突然聞こえてきた優しい声に、アタシは驚いて言葉を詰まらせた。
梅蘭さんは春雨の師団長らしからぬ常識人で、物腰柔らかなオネェ系。
優しくてしっかりしてるから、アタシは梅蘭さんが大好きだ。
でも、神威団長みたいにどこか飄々としていて掴めない性格で、
今だっていつ入ってきたのか分からないようなミステリアスな人だから、
実はちょっとだけ怖いなぁって思ってる。

「大変だと思うんならウチの団長どうにかして下さいよ。」
「うふふ、あたしが言っても無駄なことは分かってるんでしょう?」

阿伏兎さんが梅蘭さんに抗議すると、梅蘭さんは笑顔でそれを受け流した。
分かりきっていた反応だけど、やっぱり面と向かって言われると落ち込んだのか、
阿伏兎さんは「はぁ……」と大きな溜息と共に頭を抱え込んだ。

『梅蘭さん、ウチに何か御用ですか?』
「あぁ、そうそう。勾狼にちょっと話があったんだけど……。」

アタシの質問に梅蘭さんは思い出したようにそう言って勾狼団長を見た。
そして、しばらく黙った後、とても柔らかい笑顔でこう言った。

「どうやら話せる状態じゃなさそうね。」
「『え?』」

梅蘭さんの言葉にアタシと阿伏兎さんが後ろを振り返ると、
なんとそこには神威団長に首を絞められている勾狼団長の姿が。

『きゃあぁぁぁ!?勾狼団長ォォォ!?』
「団長ォォォ!?アンタ何やってんだ!!」

アタシと阿伏兎さんは思わずそう叫び、慌てて2人を引き離した。

『大丈夫ですか勾狼団長!!』
「し、死ぬかと思った……。」

すっかり真っ青になってしまった勾狼団長をアタシが介抱しているすぐ隣では、
阿伏兎さんが神威団長の首根っこを掴んでお説教をしていた。

「団長!!アンタ何やってんだ!!」

阿伏兎さんが言いながら神威団長を解放すると、
神威団長は柄にもなく口を尖らせて「だって、」と言った。

「さっき勾狼がに優しくされてたからさ、腹立って。」
「はぁ!?」
「しかも勾狼の部下で良かったって言ってたし。
 あんまり仲良くしてると俺、嫉妬しちゃうぞ。」
『すみません!ホントにすみません!!
 でも出来ればもっと分かりやすい怒り方してくれませんか!?
 こちらの対応が遅れてしまいますので!!』

予想外の神威団長の言葉に、アタシは謝りつつもそう抗議した。
すると神威団長はおもむろに勾狼団長とアタシの方に歩いてきて、
アタシの肩を掴んで勾狼団長から引き離した。

「その距離もアウト。俺以外の男には半径2mは近づかないように。」
『あ、あの……。』

強引な神威団長のその言葉に、アタシは何故かキュンとしてしまった。
ウチの師団員って勾狼団長を筆頭に根は草食系の人が多いから、
神威団長みたいなバリバリ肉食系の人って接し慣れてないんだよなぁ……。
しかも神威団長、顔めちゃくちゃ綺麗だし。声もカッコいいし。

「、これ何?」
『えっ?』

アタシが恥ずかしさのあまり神威団長から顔を背けていると、
ふいに頭上から神威団長の言葉が降ってきた。
その言葉にアタシが顔を上げると、
神威団長はテーブルの上にあったおせち料理をじっと見つめていた。

『あぁ……今日はお正月なんで、おせち作ったんです。』
「が?」
『はい。アタシが。』

アタシが答えると、神威団長は「ふーん……」と言ってしばらく何かを考え込み、
そしてパッといつもの笑顔になってアタシの顔を見た。

「じゃあが俺にあれを食べさせてくれたら大人しく帰るよ。」
『へっ!?たっ、食べさせるって、そんな、恥ずかしいですよ……!!』
「勾狼をここで殺されるのと、俺におせち食べさせるのと、どっちがいい?」
『あーもう!食べさせます!食べて頂きますー!!』

神威団長の理不尽な要求にアタシがほとんど投げやりにそう返事をすれば、
満足そうな神威団長の後ろから2人分のため息と1人の笑い声が聞こえてきた。




俺様団長の初理不尽

(神威ちゃんってホントちゃんのこと好きよねぇ〜) (そのせいで俺が死の淵に立たされるのはどうにかしてほしいんだがな……) (……ホント……すみませんねぇ……) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ えぇ、勾狼団長大好きですけど何か? ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/01/16 管理人:かほ