しょうせつ

「やっぱり夏にもなると、まだ日は高いなぁ。」

夕暮れの、ちょっと風が涼しくなってきた江戸の町で並んで歩く2人の男女。
でも、決して彼氏彼女に見えないのは、やっぱり年齢の差があるからで。
ヤッベ、コレ。下手したら親子じゃね?とか焦ってみたりして。
そんなことはお構い無しに近藤さんはニコニコ笑いながら
辺りをキョロキョロ見回している。
決して挙動不審とかそんなんじゃなくって、あくまでもコレは見廻り。
そう……これは仕事の一環であって、決してデートなんて甘いもんじゃない……。

『はぁ……。』

あ、やべ。声出た。
恐る恐る近藤さんを見ると、やっぱり聞こえてたみたいで。
心配そうにこちらを見ている。

「どうした、?お前がため息なんて……。」
『あ、いえ、別に何も!えぇっと、ちょっと肌寒いなぁ、なんて。』

確かに今日は肌寒い。さっきちょっと夕立が降ったからだろうか?
嘘はついてないよな、と心の中で再確認する。
その時、はっくしゅ!とくしゃみの声が……って、私だ。
あれ、自分本当にちょっと肌寒いんですけど。言い訳じゃないんですけど。

『うおぉー!今日マジで寒いな!近藤さん、早く帰りましょ……。』

ガタガタ震えながら近藤さんの方を向こうとしたら……
あれ、なんだか体がふわっと暖かいんですけど。
一瞬何が起こってるか分かんなかったけど、落ち着いてよく状況を見てみたら、
どうやら近藤さんが自分の上着を脱いで私に着せてくれたらしかった。
あ、あの……と口ごもる私に、いつもの優しい笑顔。
あぁ、駄目だ。この人好きすぎる。

「そうだな、早いトコ帰るか!」

そう言って前を歩いて行ってしまう。
正確には、私がその場に立ち尽くしたんだけど。

「……??」

それに気づいて貴方が振り向いてくれた。

『……近藤さん、お願いしてもいいですか?』
「ん?どうした?」

ゆっくりとこちらに歩いてきてくれる近藤さんに、ん、と手を出した。
勿論その動作だけでは鈍い近藤さんが気づいてくれるはずもなく、
頭の上にたくさんハテナマークを浮かべて小首を傾げる。

『手、つないで下さい。』
「……え、えぇぇ!?なっ、何言ってるのちゃん!?」

予想通り、顔を真っ赤にして人ごみの中であるというのに大声で叫ぶ。
ただし、周りの人は私の手と近藤さんの言葉で状況を理解しているらしく、
振り向きはすれどそのまま通り過ぎてしまう。
あぁ、この人仮にも天下の真選組の局長だったんだよね。
すっかり忘れてたって言うか、実感なかったけど(酷)、
この町の人で近藤さんを知らない人は居ないか。

それに、私も一応有名人だから、多分知らない人は居ない……。
私の発言に未だ困惑している近藤さんを見つめながら、
あーあ、明日町中の噂になってるかもなぁ。なんてぼんやりと考える。

『繋いでくれなきゃ、歩きませんからね。』
「そ、それは困る!ってかいいけど!!別につないでもいいけどね!!」

そう言うと照れ隠しなのか、勢い良く私の手をとってズンズン歩いて行ってしまう。
勿論手を繋いでいるので、私も引っぱられるようにして歩く。

ちょっと汗で湿ってて、小さく震えてる、男らしくてたくましい貴方の手。
大きくて、暖かくて、指が太くて、手加減してるのが伝わってくる。
あぁ、きっと、私のこの鼓動も伝わってるんだろうなぁ。
自分でも分かるもん。すっごいドキドキしてる。頭がクラクラするくらい。
顔だってきっと、真っ赤になってるんだろうなぁ。自分から言ったのに。
貴方の顔は、前を歩いているのであんまり見えないけど、きっと凄く真っ赤だと思う。
だって、あの近藤さんだもんね。
歩幅は大きくて、貴方の1歩は私の2歩分。
照れ隠しなのか、それとも緊張しているのか、
いつもより歩幅の大きい貴方について行こうとすると、自然と私は小走りになる。

貴方が握った手に力を入れたから、私も返事するようにギュっと握り返す。

「あっ、すまん。ちょっと速かったか?」

私が小走りになっているのに気がついて、近藤さんは一瞬止まり、
今度はゆっくりと歩き出してくれる。

『……こっち向いてくれた。』
「へ?」

手を繋いでからずっと前だけを見て歩いていた近藤さんが
初めてこっちを向いてくれたのが嬉しくって、つい言葉に出てしまう。
無自覚だったのか、近藤さんが間抜けな声を出した。

『手繋いでくれてから、近藤さんずっと前を向いてたから。』
「あ、あぁ……そうだったかな。すまん。」
『謝らないで下さい。手をつなげただけで……十分です。』

私の声は、自分で思っていた以上に寂しそうに聞こえたらしくて、
近藤さんが申し訳なさそうに前に向き直って話し始めた。

「その、、悪かったな。俺たち、付き合ってもう一年以上経ってるのに。
 キスどころか、手を繋ぐことすらしてなかったなんてな……。
 のこと、嫌いって訳じゃないんだぞ、断じて!!」

ちょっと慌てた様子で言う近藤さんに、私はこっそりと笑った。

「でもなぁ……なんか、調子狂っちまって。」

困ったように頭をかく近藤さんに、私が見えるように小首を傾げると、
近藤さんはこっちを向いて照れたような笑顔を見せてくれた。

「ほら、お妙さんの時は俺、相手にされてなかっただろ?
 だから追いかけるばっかで、あんまり思わなかったんだけど……。
 はこんな俺を好きだって言って慕ってくれてる。
 俺が行かなくても、から来てくれる。それが、変な感じでなぁ……。」

また困ったように頭をかく。
そっか、そうだったんだ。お妙さんの時と私の時で違う事。
貴方と両想いか、そうでないか。

『そうだったんですか……。』

いつの間にか日はどんどん落ちていて、
辺りはちょっと暗めの真っ赤な夕焼け空。
そのせいかは分からないけど、近藤さんの顔は真っ赤だった。

「だから、好きだーっ!って行きにくくてな。
 照れちまうんだよ、似合わねーけど。」

にかっ、と笑うと、近藤さんは視線を前に戻した。

『じゃあ、アタシがお妙さんみたいに素っ気なくすれば、
 近藤さんは好きだーって、来てくれるんですよね?』
「それ止めて!!ものすごく落ち込むから!!」

悪戯っぽく笑って言うと、近藤さんは慌てて突っ込みを入れてきた。
そして目が合って2人で笑って、今度は2人とも前を向いて歩き出した。
屯所まであともうちょっとで着いてしまう。
名残惜しいなぁ、って思うけど、ちょっとホッとした自分が居た。
ずっと手を繋いだままだったら、ドキドキし過ぎで死んでしまいそうだったから。

『……ゆっくりでいいです。何だか、安心しましたから。』

屯所の門まであと僅かという所で、私が誰に言うでもなく呟いた。
それを聞いた近藤さんが不思議そうにこっちを見た。

『アタシ、近藤さんに嫌われてるんじゃないかって、ずっと不安で……。
 でも、違うって分かったから、アタシ、待てます!』

にこっと笑いかけると、真っ赤になる近藤さんの顔。
それと同時に、握った手に力が篭ったのが伝わってきた。
震えていた手は今はもう大人しいけど、湿っていた手は今や汗でびっしょり。
帰ったら手を洗おう……と失礼な事を考えていると、屯所の門の前まで到着した。
門をくぐれば30mくらい先に屯所の引き戸がお出迎え。
庭先に誰も居ないから、多分夕食の準備とか道場に居るんだろうなぁ、とか考える。

「。」

私も早くご飯食べたい、とか思っていたら、近藤さんが私の名前を呼んだ。
はい?と軽く返事をして声の方を向こうとしたら――……

『んっ……。』

唇に触れる暖かい感覚に、思わず目をつぶる。
繋いでいない方の大きな手が私の頬に触れたから、ピクンと反応してしまった。
軽くて触れるだけのキスだけど、結構長い間重なっていた。
本当は10秒とかそんなもんだったんだろうけど、私には何分という時間だった。
名残惜しそうに唇と手が離れる。
私はゆっくりと閉じていた目を開けて、
今やもぅ夕焼けのせいに出来ないほど真っ赤になった近藤さんの顔を見た。

「こ、これで2つクリアだなっ!」

若干上擦った声でそう言えば、繋いでいた手を離して屯所へと向かって歩き出す。

『……近藤さん、手と足が一緒に出てます。』
「なっ!?そ、そうか!?」

慌てたように歩行を元に戻すと、先に戻るからな!と言って屯所に入って行ってしまった。
私はというと、呆然と立ち尽くしてその場から動けなかった。
ドキドキが止まらない。さっきよりも酷く速い鼓動。
頭はガンガンするし、手足は痺れてくるし、唇は熱いし……。

『……馬鹿。』

小さくつぶやいて、私もなんとか屯所へと入っていった。




そんな貴方だから

(大好きなんですけどね) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 前回の更新からずいぶん経ってのラストですみません切腹します。 近藤さんは普通にいい男だと思うのは私だけでしょうか? ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2009/05/16 管理人:かほ