『はいどうぞ。ミツバちゃんと一緒に作ってみたの。』 「チョコレートケーキなんて初めて作ったから、 お口に合うか分からないけれど。」 そう言ってとミツバが出してきたのは、大きなホールケーキだった。 直径30cmはあろうかというそのチョコケーキは 男3人(内一人は子供)と女2人で食うには少しデカい気もしたが、 折角コイツ等が作ってくれたものなので深くはツッコまないことにした。 「わー!流石は姉上!とっても美味しそうです!」 『総ちゃん聞いてた?2人で作ったって言ったんだけど。』 「きっと姉上の愛情がいっぱい詰まってるんでしょうね!」 『総ちゃん、あなたの頭には何も詰まっていないみたいね。』 頑なに自分の存在をスルーされて腹を立てたが 総悟を捕まえて拳骨で頭をグリグリと痛めつけていると、 それを見ていた近藤さんが慌ててを宥めに行き、 ミツバは楽しそうに笑っていた。 いつも思うが、こいつはもうちょっと危機感というものを持った方がいいと思う。 そしてにベタ惚れしている近藤さんはを全く制御できていなかったので、 仕方がなく俺が出張ってから総悟を引き離した。 この人もいつも思うが、止められないのなら止めに入らなければいいのに……。 「痛ぇじゃねーか!このヤバン女!」 俺に助けられたのが気に食わなかったのか、 総悟はさっきよりもさらに怒った様子でに突っかかっていった。 しかしいきなり包丁を取り出したにビビったのか、 小さく息を呑んでサッとミツバの後ろに逃げ込んだ。 そんな総悟の様子を見て悪戯っぽく笑いながら、 は先ほどの包丁でホールケーキを切り分け始める。 『そんな憎たらしい事ばっかり言ってたら、 総ちゃんのケーキだけ小さく切っちゃうからね。』 「姉上!姉上が切り分けて下さいよぅ!」 「ゴメンなさいね総ちゃん、これはちゃんのお仕事なの。」 「総悟、ちゃんが本当にそんな意地悪するわけないだろ?」 「近藤さんはにメロメロだからそんなこと言えるんだよー!」 「メロメロってお前……。」 うわーと喚く総悟に、俺は小さくツッコミを入れた。 この間だってミツバと一緒に演歌を歌っていたし、 コイツはやっぱり年齢を偽ってるんじゃないだろうか……。 『もう、あんまり近藤さんをからかわないの。 アタシにメロメロって、そんなわけないでしょ?』 総悟にちゃんとした大きさのケーキを差し出しながらが言うと、 近藤さんが心底驚いたように「えっ」と声をあげた。 「いやいやちゃん、俺いつも言ってるよね? 俺はちゃんのこと大好きだって。」 『あらっ、あれ本気だったの? ごめんなさい、冗談だと思って聞き流してたわ♪』 「えっ……そ、そんなぁ……。」 がえげつない事をとびっきりの笑顔で言い放つと、 近藤さんはいつものようにガクッと肩を落とした。 あぁ見えては近藤さんに惚れている。 これは俺が本人に確認したので確かな情報だ。 しかし、は根性が捻じ曲がっていると言うか何と言うか、 近藤さんをからかっては落ち込む近藤さんを見て楽しむような女だ。 毎度毎度のことなのにいちいち真に受ける近藤さんも悪いとは思うが、 のこのドSな性格はどうにかならねぇもんなのか。 『これで全部ね。ミツバちゃん、はい、マヨネーズ。』 「ありがとう。十四郎さん、ケーキ貸してくれる?」 「あ?何で?」 「いいから。」 落ち込む近藤さんを見てやれやれと頭を振っていたところに急に声をかけられ、 俺は状況を理解しないままミツバに自分の分のケーキを渡した。 するとミツバが俺のケーキの上にマヨネーズで「LOVE」と書き出したので、 俺は飛び跳ねる心臓を抑えるために いきなり殴りかかってきた総悟をガッと両腕で押さえ込んだ。 「うがー!!離せ土方コノヤロー!!」 「なっ、何してやがる!!」 「これね、ちゃんと一緒に考えたのよ。 総ちゃんにも後で書いてあげるからね。」 にっこりと微笑んでそう言うミツバに、俺は状況を把握した。 なるほど、これはあくまでもバレンタインデーの演出であって、 別に個人的メッセージだとかそういう事ではないと。 それはそれで寂しいものがあるなぁと俺が近藤さんの方に振り返ると、 近藤さんのケーキの上にはホワイトチョコで大きく「義理」と書かれてあった。 もちろん書いたのは他の誰でもないであって、 書かれた近藤さんは例によってこれでもかと言うくらい暗い顔をしていた。 『さっ、近藤さん召し上がれ♪』 「あ、あのさ、ちゃん……。」 ケーキの上に白く輝く「義理」という文字を見つめながら、 近藤さんがうっすらと目に涙を溜めながらの名前を呼んだ。 『あら、どうされたんですか?ケーキが大きかった?』 「いや、そこじゃなくて……。」 『アタシ、近藤さんならいっぱい食べてくれるだろうって思って、 トシ君や総ちゃんのよりも少し大きめに切っちゃったから……。 ごめんなさい、お気に召しませんでした?』 は控えめにそう言いながら、 小動物のようなうるっとした瞳で近藤さんを見上げた。 傍から見ればものっそい可愛い上目遣いなんだろうが、 俺はアイツの腹黒さを知っているので全く持って可愛いとは思わない。 しかし、毎日に騙されているにもかかわらず、 近藤さんはそのの表情にすっかり心を奪われていた。 「いやいやいや!!すっごく嬉しいよ!!俺大食いだし!!」 『本当に?』 「うん!ほんとほんと!! いやー、ちゃんはやっぱり気が利くなぁ! この義理って字も綺麗だし、本当に綺麗で……くっ!!」 近藤さんは涙目のままそこまで言って、 とうとう片腕で顔を押さえて男泣きをし始めてしまった。 『あら近藤さん、泣くほど喜んで頂けるなんて、 頑張って書いた甲斐がありましたわ♪』 「ぐすっ……ホント、ありがとな……ちゃん……。」 全く……どこまでも学習しない人だなあの人は……。 俺は落ち込む近藤さんと、それを見て喜んでいるを交互に見た後、 また頭を抱え込んで深い深い溜息を吐いた。 『あっ、そうだ。近藤さん、ホワイトデーのお返しなんですけど。』 全員がケーキを食べ始めてから少し経った時、 ふと思い出したかのようにがそんなことを言った。 今からお返しの話かよ、と俺が呆れている目の前では、 近藤さんが待ってましたと言わんばかりに目を爛々と輝かせていた。 「もっ、もちろん指『指輪以外のもので、10倍返しでお願いしますね。』 前半部分をやけに強調し、はいつも通りの爽やかな笑顔でそう言い放った。 もちろん求婚の出鼻を挫かれた近藤さんは涙目で机に撃沈している。 「あ、あはは……そうだよね、指輪とか重いよね……。」 『あらっ、分かってるじゃありませんか。』 「はははっ……ちなみにちゃんは何が欲しいの?」 虚ろな目をした近藤さんがを見つめながらボソボソとそう言った。 ここまで精神的にボロボロにされておきながら、 近藤さんはまだの要求を聞こうというのか。 いい加減に学習してくれホント、見てるこっちが辛いから。 『アタシね、前から江戸に行ってみたかったの。』 第三者の俺がこんなにも同情しているというのに、 近藤さんをボロボロにした張本人は 未だニコニコと微笑みながら言葉を続けていた。 『だから近藤さん、日帰りでいいから江戸に連れてって下さいよ。』 にっこりと微笑みながら発せられたのその言葉に、 さっきまでボロ雑巾のようだった近藤さんが一気に生気を取り戻し、 心底驚いている表情でバッと背筋を伸ばしてをガン見した。 「え、えっ?そ、それって、2人きりで?」 『あら、お金に余裕があるならみんなで行きます?』 「いやいやいや!!!!2人で行こう!!うん!!そうしよう!!」 近藤さんはさっきまでの酷い仕打ちなどすっかり忘れてしまったようで、 ガッツポーズをしながら「うおおぉぉ!」と雄叫びをあげていた。 そんな近藤さんの様子に、俺はまた頭を抱え込んで深い溜息を吐いた。 はいつもこうだ。 とことんまで近藤さんを蔑んでおきながら、 最後には必ずこうやって近藤さんを持ち上げ、自分の元に引き寄せる。 これが典型的な飴と鞭、VDの負の連鎖だということを、 近藤さんは分かっているんだろうか。 『じゃあ約束ですよ。』 「おぅ!!任せてくれ!!」 そう言った近藤さんの顔は本当に嬉しそうで幸せそうで、 きっとの計画なんて全然分かってないんだろうと思う。 でもまぁ、が近藤さんを捨てるとも到底思えないし、 本人達が本人達なりに幸せならば、それはそれでいいんだろう。ビター依存症にご注意を
(で、でもちゃん、どうして急に江戸なんかに?) (江戸にはね、アタシの元彼が居るんですよー♪) (えっ……あっ……そ、そうなんだ……) (近藤さん嘘に決まってんだろ!!!やっぱりテメェ反省しろ!!) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 『ユニバーサル・バニー』イメージのシリーズです♪ あと、某動画サイトの『白黒う詐欺』にも影響されてます(笑) ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/03/21 管理人:かほ