しょうせつ

楽しそうだからついてきちゃった、てへ☆

ちゃんはそんな言葉を口にしながら
某ペコちゃんのように舌を出して精一杯のお茶目なポーズを俺に見せてきた。
普段だったらあぁちゃん今日も可愛いなぁその顔最高!と思っていただろうが、
今この場所この状況においてはそんな悠長なこと言ってられなかった。

今俺は監察方としての任務の真っ最中だ。
密偵としてとある組織のアジトに単身で潜入している。
……いや、単身で潜入していると思っていた、が正しいな。
だって俺の目の前には目をキラキラと輝かせたちゃんが居るんだから。

「ちょっとォォ!?何してんのちゃんんん!?」

俺は小声で、しかし思いっきりそう叫んだ。
するとちゃんはキラキラした目を俺に向けて嬉しそうに『潜入捜査だよ!』と言った。
あぁ、そのキラキラした目も嬉しそうな声もその顔も全部可愛い……。
可愛い……けど、お願いだから今すぐ帰ってくれるかなぁ!

「ちゃん!これは遊びじゃないんだって!危ないんだって!いやマジで!」
『分かってるよそれくらい!アタシだって列記とした真選組隊士なんだからね!』
「いや、そうだけど!密偵の仕事はやったことないでしょ!?」
『そうなの!これが初体験!』
「いや初体験とかそんな楽しそうに言われても……!」

俺はそこまで言って言葉に詰まり、とうとう観念して肩を落とした。
ダメだ。ちゃん超楽しそう。
ちゃんって天然で好奇心旺盛だからなぁ……。
あと父親に似てちょっと無鉄砲なところとか考えなしなところとかあるし。
この様子じゃ、俺が何を言っても素直に屯所に帰ってはくれないだろう。

そう悟った俺はちゃんも一緒に任務に参加してもらうことにした。
もちろん、絶対にちゃんに危険が及ばない形での参加だ。
常に危険と隣り合わせの密偵といえど、安全な役割くらいはある。
今回の任務は敵のアジトに乗り込んで情報を収集するというものだ。
敵に近づけば近づくほど危険になるが、
逆に敵の前にさえ出なければ屋根裏とかで腹這いになってるだけだから至極安全なのだ。

ちゃんには今回、会議室の天井裏で会話を聞いていてもらうことにしよう。
そうすれば物音を立てない限り一番安全だから。

「ということだから、ちゃんはここで下の会話を聞く係だからね。」
『オッケー隊長!アタシ静かにしてるね!』

ニコニコと楽しそうに言うちゃんに、俺は不覚にも癒されてしまった。
ちゃんって父親である局長に似ておおらかな性格だから、
こうして極上のエンジェルスマイルを向けられるとどうにも怒れなくなってしまう。
ふわふわした雰囲気で周りを和ませるこの才能は本当に天性のものだと思う。
真選組のみならず町の誰からも愛されてるし……。
まぁ、その分恋のライバルもすごく多いんだけど。

「じゃあ俺は隣の部屋から資料とか奪ってくるから、
 ちゃん絶対そこ動かないでよ?物音とか立てないでよ?虫とか平気?」
『だいっじょーぶ!アタシはゴキブリとかムカデとか以外なら平気!』
「いや、そういうのが一番出るんだけど……。」

その時、俺の目の端で何かが動いた。
床を這うその姿はまさに先ほどの話に出てきたムカデだ。
そしてその反対側からはタイミングよくゴキブリが出てくる。

何なんだお前等、打ち合わせでもしたのか?
どうしてこのタイミングで2匹仲良く出て来るんだよ。
っていうかどうして俺の方じゃなくてちゃんの方に出るんだよ。
オイ、止まれ!ちゃんに近寄るな!
もしこれでちゃんが大声なんて出した時にはお前等一生恨むぞ!
末代まで祟ってやるぞ!屯所中に罠をしかけてテメー等の仲間全滅させるぞ!!

そんな俺の祈り(脅し?)など通じるはずもなく、
2匹は着々とちゃんの方へと接近していた。
ちゃんはというと、みるみるうちに俺の顔が青くなっていることに気づき、
不思議そうな顔をして俺の目線の先を辿ってしまった。
そして、

『いやああぁぁぁぁぁ!!!!!』

その瞬間、俺の密偵の仕事はドキドキハラハラの脱出ゲームに変わってしまったのだった。





「お前自分が何をしでかしたか分かってるのか!!」

局長が珍しく声を荒げて正座させたちゃんを怒鳴りつけた。
俺たちはあの後組織の人間に追いかけられながらも何とか屯所へと戻ってきた。
しかし、逃げている途中で俺もちゃんも相手の斬撃を受けてしまい、
俺は右肩、ちゃんは左腕を負傷してしまっていた。
一応医者には見てもらったのだが、
それにしても負傷したちゃんをあんなにキツく怒鳴らなくてもいいのに……。
まぁ、あれは局長の愛情なんだって分かってるから止めはしないけど。

「みんながどれだけ心配したと思ってる!!
 お前の勝手な行動のせいでザキまで負傷したんだぞ!?」
『ごめんなさい……。』
「おまけにお前まで負傷して……!仕事は遊びじゃねぇんだぞ!!」

怒る局長に返す言葉もないのか、ちゃんは正座のまま俯いて暗い顔をしていた。
流石にそろそろちゃんが可哀相になってきた俺は、
おずおずと2人の傍へ寄り、恐る恐る「あの……」と声をかけた。

「ちゃんもこうやって反省してますし、もうそろそろ許してあげても……。」
「お前はちょっと黙ってろ!危うく2人とも深手を負うところだったんだぞ!?」
「そ、それはそうですけど……。」

局長はまたちゃんの方に向き直り、正座しているちゃんの前に膝をついた。
ヤバい、局長、殴るかも。
その場に居た誰もがそう思った次の瞬間、
局長はガバッとちゃんを抱きしめて大きな溜息を吐いた。

「あんまり親不孝なことするな……。」

安心したような怒っているようなその声に、ちゃんはとうとう泣き出してしまった。




どれだけ心配したと思ってる

(局長も何だかんだ言ってちゃんのことが凄く心配だったんですね) (そーだろうなァ。なんせムッツリザキと2人きりだったんだからな) (べ、別に何もしてませんよ!?) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ こんなお父さんおったら私お父さんと結婚するわ!! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/08/15 管理人:かほ