朝起きたらまず引き戸を開けて、 さんさんと降り注ぐ朝日を浴びながら伸びをして、欠伸をする。 その後、自分の朝食の前に、近所に住みついている猫に餌をやる。 それがアタシの日課だった。 『どうして……。』 しかし、その日課はもはや続ける事は出来ない。 アタシの目の前には、可愛がっていた猫の冷たくなった体が、 真っ赤な水溜りの中に無残に横たわっていた。 状況を理解出来ずアタシが呆然と立ち尽くしていると、 何処からともなく聞きなれた声がやって来る。 「泣いているのかい?」 アタシは振り返らずにその声を聞いていた。 声の主は、最近この村に用心棒としてやってきた侍だった。 この村は江戸から離れてはいるものの、 世界的にも有名な企業のお偉いさんが店を構えている。 この男は、そのお偉いさんの用心棒だった。 「これでは俺だけのものだね。」 その言葉に、アタシは目を見開いて男の姿を見た。 出会ったのは本当にただの偶然。 お偉いさんがたまたまアタシの家の近くの小売店相手に商談をしている時に、 外で待っていたコイツの前を、たまたまアタシが通っただけ。 出会いと呼ぶのも気が引けるような、そんな遭遇だった。 ただそれだけだったのに、どうしてこんな……。 『コレ……アンタがやったの?』 「……そうだと言ったらどうする?俺を殺すかい?」 『何でこんな事するの?アタシの事が嫌いならアタシに直接来なさいよ!!』 「ククク……逆さね。お前さんも分かっているんだろう?」 アタシがこんなにも怒りを顕わにしているというのに、 男は不敵な笑みを浮かべてアタシに近づいてきた。 分かってた、この男がアタシに興味を持っている事くらい。 ただ前を通っただけなのに、その日からコイツに付き纏われるようになった。 何かと話しかけられるようになり、一緒に行動する機会も増えた。 最初は人懐っこい人だなぁと思っていた。 でも、それは大きな間違いだったことに気づく。 アタシが友達と話せば、その友達は翌日必ず重症を負った。 喉を潰され、真実は闇の中へと葬り去られた。 一番仲良くしていた幼馴染は、突然誰かに殺された。 今でも忘れられない。 お葬式の日、泣き崩れるアタシをそっと抱きしめたコイツは、 耳元で小さく笑い、“これでは俺のものだね”と囁いた。 その日からアタシはこの男を避け、人を避け、 小さな村のそのまた奥で、比較的平和な日々を送っていた。 なのに、どうして……。 「俺はを心の底から愛してる……。 だからの意識が俺以外のものに向けられるのが 悔しくて悔しくてたまらないのさ。」 ぐるぐると思案するアタシの目の前には、 怪しくアタシに微笑みかける岡田似蔵の姿があった。 「猫に嫉妬したから殺した。ただそれだけのことさね。」 一度だけ、どうしてアタシに構うのかと訊いたことがあった。 それはとても眩しくて暖かい光を持っているからだと言われた。 その光は盲目の自分にだけ見える、人間の魂のようなものだと。 思えば、最初からこの男は普通の人とは違っていたんだ。 「これでもうの意識は俺に対してだけ向けられる……。 怒りも、恨みも、殺意も、憎悪も、悲しみも、そしていづれは愛情も…… ありとあらゆる意識が俺に向けられる。これ以上の喜びが他にあるかい?」 『頭おかしいんじゃないの……!!!!!』 どうしようもない腹立たしさで、ボロボロと涙がこぼれる。 何でアタシがこんな男に目をつけられなければならなかったんだろう。 コイツに好かれさえしなければ、幼馴染だって、この猫だって、 そして両親や親戚だって、殺されることはなかったと言うのに。 「そう、その目だ……いいねぇ、ゾクゾクする。」 アタシが持てる限りの嫌悪を込めて睨んでも、コイツには全く通用しない。 それどころか、悦ばせてしまっているようだ。 アタシは急に掴まれた腕を必死で振り払おうとしたけど、 力の差ゆえにそれは叶わず、あっさりと男の腕の中に納まってしまった。 「……お前さんはもう俺だけのものだ……。」 耳元でそう囁く声は、酷く満足した様子だった。 涙と怒りが止め処もなく湧き上がる。 一思いに殺してやりたいのに、それは決して叶わない。 用心棒として雇われるくらいだもん、アタシじゃ到底相手にならない。 「……これからは俺の傍を離れないことだ。 ちょっとでも俺以外を意識したら、その対象を壊してしまうからね。」 この時、酷く甘い声で囁くこの男の腕からは、 二度と逃れられないのだと悟った。運命の悪戯
(逃げる事も死ぬ事も許されない、終わりのない悪夢が始まった) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 似蔵さんはキャラ故にシリアスで真面目な話しか書けないみたいです。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/05/04 管理人:かほ