現在の時刻、朝の8時10分。 場所は学校の近所にあるスマイル公園。 うんこと落書きされた電柱の前で、アタシはある人物を待っていた。【鼻から牛乳出して謝ったら許してやるよ】
「明日から一緒に登校な。8時にスマイル公園で待ち合わせだぜィ。 遅れたら明日一日俺のことご主人様呼びしてもらうから。」 そう言って手をひらひらさせながら上機嫌で帰って行った沖田君の後姿は、 多分この先何があっても忘れられそうにない。 元はと言えば沖田君の存在をすっかり忘れて 教室で「Sが好き!」なんて言ったアタシが悪いんだけど、 人の話を全く聞かず強引に話を進めた沖田君も十分悪いと思うの。 『まぁ、こうして言いなりになってるアタシもアタシなんだけどさ……。』 アタシは登校中の生徒たちを眺めながら深い溜息を吐いた。 「あり?随分はえーじゃねぇか。そんなにご主人様呼びが嫌だったのかィ?」 そう言いながらアタシの方に歩いてきたのは、他の誰でもない沖田君だった。 『当たり前だよ!何が嬉しくて同級生をご主人様って呼ばないといけないの!?』 「その羞恥心があるからこそ主従プレイが成立するんだろーが。」 『駄目だこの人正真正銘のドSだ!!』 アタシは腹の底からそう叫んでガバァッと盛大に頭を抱えた。 駄目だ、この人ホント話通じない!常識がことごとく壊されていく!! 何でこんな人に捕まっちゃったんだろうアタシ……! もしも願いが一つだけ叶うならば、 昨日のあの時間に戻して下さいお願いだから300円あげるからァァ!! 「オイ。」 『何……。』 「朝の挨拶がうんこって随分じゃねーかィ。」 『はぁ?』 突然訳の分からない事を言い出した沖田君にアタシが怪訝な顔を向けると、 沖田君はポーカーフェイスで「ん、」とアタシの後ろを指差した。 その指の指す方向へ顔を向けると、そこには電柱に落書きされた「うんこ」の文字が。 『いやいやいや、これ明らかにアタシが書いたやつじゃないし。』 「彼氏に向かってうんこはねぇだろ、うんこは。」 『いや沖田君人の話聞いてる?これ近所のガキが落書きしたやつだよ絶対。』 「あー俺傷ついたなぁー。 今日一日ご主人様って呼んでもらわねぇと気がすまねぇや。」 『アンタ結局ご主人様って言わせたいだけじゃないか!!』 アタシはほとんど泣きそうになりながら強引に話を進める沖田君に抗議した。 この人話通じないだけじゃない、人の話全然聞かない!! 百歩譲ってわざわざ「うんこ」と書かれた電柱をチョイスして その前に立って待ってたアタシが悪かったとしよう。 でも同級生をご主人様と呼ぶプレイを強いられるほど悪いことではないと思います神様! 『ホント、もう、それだけは勘弁して……。』 朝っぱらから疲れきったアタシは弱々しい声でそう言った。 すると沖田君はしばらく何かを考えるように棒読みで「うーん、」と言い、 そして至極爽やかな表情と声でこう言った。 「鼻から牛乳出して謝ったら許してやるよ。」 『他に誠意を見せる方法はないのかなぁぁ!?』 予想外の羞恥プレイ提案に、アタシの心は既にリタイア寸前だった。 それなのに沖田君は 「何だよ、それだけは勘弁してって言ったじゃねーか」なんて言いながら 不満げな顔でアタシを見つめてくる。 たった一つの過ちでアタシの人生がこんなにも左右されるなんて、 昨日教室でお妙ちゃんたちと仲良く話していた時には思いもしなかった……。 もしアタシの心が折れて登校拒否とかになったらどうしてくれるんだ。 っていうかコレもう虐めの領域じゃね? 鼻から牛乳ってバラエティ並の罰ゲームじゃね? 日常生活で強いるようなもんじゃなくね? アタシは頭の中でぐるぐるとそんなことを考えながらうな垂れていた。 どうせこんなこと言っても沖田君には通じない。 だって、彼は正真正銘のドSなんだから。 「総悟。」 『はぃ……?』 疲れきってうな垂れていたアタシに向かって、沖田君は突然自分の名前を口にした。 そんな沖田君にアタシが力なく顔を上げ小首を傾げると、 沖田君はいつもどおりのクールな表情で言葉を続ける。 「今度から俺のことは総悟って呼べ。 いつまでも他人行儀に沖田君って呼んでんじゃねぇやィ。」 沖田君はそう言うとちょっとだけ不満そうな顔をして、 「それで今回の件はチャラにしてやらァ」と続けた。 もしかして沖田君、アタシがずっと沖田君って呼んでたこと気にしてた……? 『そ、総悟……君……。』 アタシが遠慮がちにそう言うと、沖田君は眉間にしわを寄せた。 「いや君はいらねェから。」 『総悟……さん……。』 「だからいらねェって言ってんだろィ。 どうしても敬称つけてぇなら様をつけろ様を。」 沖田君はやっぱり無表情でそう言った。 今まで男の子を名前で呼び捨てたことなんて一度もないから、 いきなり総悟って呼べって言われてもちょっとなぁ……。 『…………総悟。』 「…………おう。」 アタシが頑張って沖田君の名前を呼ぶと、 沖田君はちょっとだけ嬉しそうな声で返事をしてくれた。 そしてすぐにくるりと踵を返し、ぶっきら棒に「行くぜィ」と言って歩き出す。 そんな沖田君の反応をちょっとだけ可愛いと思ってしまったことは、アタシだけの秘密。近づくための第一歩
(今日の沖田君はデレだね。アタシそっちの方がいいなぁー) (オイ誰が沖田君だ総悟って呼べって言っただろーが) (あいたたた!!痛い痛い痛い!!うわーんやっぱりこの人ドSだー!!) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 甘い系至上主義な私に完全なるSMは書けません。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/03/11 管理人:かほ