アタシが彼を総悟と呼ぶのに慣れてきたある日のこと、 目前にアタシ達の一ヶ月記念日というものが迫ってきていた。【いま拷問事典読んでるから邪魔すんな】
「良かったわね、記念日がちょうどお休みの日で。 ちゃん、沖田君とどこかへ遊びに行くんでしょ?」 お昼休みにいつものメンバーでお昼ご飯を食べていると、 突然お妙ちゃんがそんなことを言い出した。 ついさっきまでクラゲの生態系について話していたのに、 どうしていきなりそんな話題に切り替わったんだ……。 『いや……それがまだ……。』 お妙ちゃんの質問にアタシが苦笑しながらそう答えれば、 神楽ちゃんと九ちゃんがピタリとお箸の動きを止めてアタシの方を見た。 「まだ予定立ててないアルか?」 『う、うん。』 「いつも会っているんだろう?そういう話にはならないのか?」 『ならない……最近総悟、拷問事典読むのにハマってるから、 会うといつもどの拷問方法が良かったとか、そういう話ばっかり。』 アタシの言葉に、3人は信じられないとでも言いたげな顔をした。 いや、3人とも口々に小声で「信じられない」って言ってた。言っちゃってた。 そりゃアタシだって恋人同士がする会話じゃないと思ってるけど、 でも、拷問について話してる時の総悟、可愛いんだもんなぁ……。 「ちゃん、本当に沖田君のこと好きなの?」 『えっ?ま、まぁ、一応……。』 「恋人に拷問の話ばかりする彼氏の一体どこが好きなんだ。 僕達が納得できるように説明しろ。原稿用紙一枚分だぞ。」 『そんな作文じゃないんだから……。』 完全に疑いの目でアタシを見つめながら詰め寄ってくる3人に、 アタシは苦笑いで言葉を返した。 そりゃ最初は教室であんなこと言わなきゃよかったって後悔しっぱなしだったけど、 ずーっと一緒に居るうちに総悟のドSにも慣れてきたし、 ドSの後ろに見え隠れするほんの少しのデレも見えてきたし、 そういう部分にだんだん惹かれていったのは事実。 かと言ってバカップルみたいにイチャイチャするような関係でもないのもまた事実。 総悟ってどっちかって言うとベタベタするの嫌いだし、 アタシもそういうのが好きなわけではないので、 周りから見れば付き合う前も今もそう変わっていない印象を受けるのだと思う。 『総悟は紛うことなきドSだけど、でも、根は優しくていい子だよ? 時々鼻から牛乳出せとか言われるし、登校中にいきなりラリアット喰らわされるし、 下校中にいきなり紐で縛り上げられるし、首輪しろとか強要されるけど、 でも、基本的に優しくていい子だよ?あれ、アタシ近所のおばちゃん?』 アタシは全力で総悟をフォローしたつもりだったんだけど、 3人には全くそういう風に聞こえなかったらしく、 アタシの話を聞きながらみるみるうちに顔がもんのすごい顔になっていった。 そして3人同時にバッとその場で立ち上がったかと思うと、 凄い剣幕でアタシを怒鳴りつけてくる。 「ちゃん!!今すぐ沖田君と別れなさい!!」 「あんな最低野郎と一緒に居たら常識ブッ壊れるネ!! いや、既にブッ壊れてるネ!!人間としての尊厳も忘れかけてるアル!!」 「話を聞く限り、が幸せになる確率は0だぞ!今すぐ別れろ!!」 『えっ、えぇっ!?ちょ、ちょっと待って!』 アタシが荒ぶる3人をなだめようとした次の瞬間、 教室に始業を告げるチャイムが鳴り響いた。 だからアタシは3人の「別れろ」という言葉に弁解することが出来ず、 結局次の休み時間に3人から発せられる「言え」という圧力に勝てなかったのである。 『あ、あの、総悟……。』 後ろに3人の視線を痛いほど感じながら、アタシは総悟に声をかけた。 べつに別れようなんて言うつもりはなかった。 でもここで今週末に迫った一ヶ月記念日の話でもしとかないと、 3人が怒り狂って総悟に殴りかかってしまうだろうと思ったので、 その話をしようと声をかけたのだ。 しかし総悟はアタシの顔なんて見ようともせず、 それどころか持っていた愛読書(噂の拷問事典)に顔を隠すようにしてこう言った。 「いま拷問事典読んでるから邪魔すんな。」 『あ、ご、ごめん……。』 総悟の言葉にアタシはついいつものクセで謝ってしまったけれど、 後ろでは既に3人が立ち上がってバキバキと指を鳴らしている音が聞こえていた。 ヤバいヤバい、このままじゃ総悟があの3人に殺される……!! 『あ、あの、えぇっと、今忙しいよね、じゃなくて、えぇっと……!!』 アタシは無表情で拷問事典を読む総悟と、 今にも総悟に殴りかかりそうなお妙ちゃん、神楽ちゃん、九ちゃんに板ばさみにされ、 オロオロしながらも場の沈静化を図る方法を頭の中で必死に模索した。 その時、総悟の後ろにあった窓ガラスにあるものが映っているのが目に飛び込んできた。 『あっ……。』 アタシは思わずその場に立ち尽くし、窓ガラスを凝視した。 そこには本来拷問事典の内容が映っていなければいけないんだけど、 アタシが見ている窓ガラスに映っていたのは「おすすめスポット」という大きな文字。 拷問事典に隠れていて見えなかったけど、 総悟は拷問事典の中に何かの雑誌を重ねて読んでいるようだった。 それに気づいた瞬間、アタシは思わず顔を真っ赤にしてしまった。 最近ずっと学校でも拷問事典を読んでるなぁと思ってたけど、 もしかして総悟、ずっと今週末の計画を立ててくれてた……とか……? 「オイ、何バカみてーな顔でボサーっと突っ立ってんでィ。 読書の邪魔だ。さっさと犬小屋に戻れ。」 驚きすぎてその場で立ち尽くしていたアタシに向かって、 総悟が拷問事典から視線をはずしてそんなことを言ってきた。 その言葉に後ろの3人はカチンときていたけれど、 アタシはただの照れ隠しにしか聞こえなくて思わず満面の笑みを浮かべてしまった。 『うんっ!ごめんね邪魔しちゃって。アタシ戻るから!』 上機嫌で3人の元へ戻っていくアタシを見て、 お妙ちゃんも神楽ちゃんも九ちゃんも教室に居たクラスメイト達も総悟でさえも、 唖然とした顔でアタシのことを見つめてきた。 そしてその日を境に、アタシは不名誉にもドMの称号を与えられたのである。拷問の裏の真実
(あれっ、って言うか総悟犬小屋って言った?アタシ犬小屋には戻らないからね!?) (、今更アルよ……) (すまなかったちゃん……ちゃんがそういう趣味だと知らずに僕たちは……) (既に調教済みだったのね……ごめんなさいちゃん、もう別れろなんて言わないから) (あれちょっと待ってなんかアタシ誤解されてる!?) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ これもうSMっていうかツンデレなんですけどどうしたらいいですか。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/03/31 管理人:かほ