しょうせつ

「聞きやしたかィ?の奴が警察庁から逃げ出したらしいですぜィ。」

俺と近藤さんが今度の警護の件について話しながら廊下を歩いていると、
前方から歩いてきた総悟が開口早々そんなことを言い放った。
その言葉に俺と近藤さんは思わず顔を見合わせる。

「総悟、それ本当か?」

近藤さんが尋ねると、総悟は一度だけコクリと頷いた。

「さっきとっつぁんから電話がありやしてね。
 を見つけ次第すぐに警察庁に連れてくるように、
 警察の全職員に捜索命令が出てるそうですぜィ。」
「アイツはまた厄介なことを……。」

俺はそう言いながら深いため息を吐いた。
は元々ウチの人間だ。
近藤さんの養子で、俺達にとっちゃ妹みたいなもんだった。
可愛らしい外見とは裏腹に、気が強い・喧嘩っぱやい・腕っ節が強いの三重苦。
ウチの男共に負けねぇ性格をしていたから、一番隊副隊長としてウチに居た。

おまけには何故か頭が良かった。
俺達と一緒で寺子屋に通ったことなんかなかったのに、
とっつぁんや幕臣の連中が勉強を教えれば何でもすぐに覚えた。
だから見廻組が出来ると決まった時、見廻役として警察庁に引き抜かれたのだ。
は最後まで嫌がったが、
近藤さんが社会勉強だとか何とか言って涙ながらに見送った。
しかし、幕臣揃いの見廻組とはソリが合わなかったらしく、
よくこうして脱走やら逃亡やらをやらかしてくれるのである。

「どうしようトシ!が!俺の大事なちゃんが!!」
「落ち着けよ近藤さん。毎度毎度騒ぐんじゃねぇよ。
 アイツのことだ、どうせ呑気に食堂で飯でも貪ってるさ。」

俺は隣でオロオロし始めた親バカ近藤さんをなだめつつ、
が居るであろう食堂へと足を運んだ。
アイツは警察庁から脱走した時はいつもウチに居る。
たまに警察庁の屋根裏とかに隠れている時もあるが、
大方ウチの食堂で何食わぬ顔で飯を食らっているのだ。

『あっ、近藤さんだー!久しぶりー!』

ほら居た。
食堂に着いた瞬間、俺と総悟はお互いに顔を見合わせて同時に肩をすくめた。

「ちょっとちゃんん!?お前警察庁を飛び出してきたって本当か!?」

相変わらず無駄にオロオロしている近藤さんが飯を食っていたに近づけば、
は頬を膨らますというありきたりな反応でプイ、とそっぽを向いた。

『だってもう嫌なんだもん。』
「嫌じゃないだろ!仕事を何だと思ってるんだ!めっ!!」
「近藤さん、叱るならちゃんと叱れ。」
「どうせこの間の騒動が原因なんだろィ?」

総悟が尋ねると、は勢いよくその場に立ち上がり、
『そうよ!!』と力いっぱい叫びながらテーブルをガンッと殴った。

『ウチと真選組が共同戦線張ったって言うから
 おかしいと思って帰ってきた佐々木君を問い詰めたの!
 そしたら「ついちょっかいかけちゃいました」ってふざけんじゃないわよ!!
 何が「つい」だ何が!!
 アンタが前々から真選組を敵視してんのは知ってるっつーの!!
 どうせ綿密な計画の上で実行したんだろーが!!くっそー腹立つー!!』

は捲くし立てるようにそこまで言い終わると、
その場で悔しそうにジタバタと地団太を踏んだ。
そんなの様子に、隊士達がなんとも言えない顔で微笑んでいるのが視界に入った。
残念な性格なわりには人気があるからなぁ、コイツ。
言ってることもやってることも全く可愛げがねぇっていうのに。

「あ、あの……局長、副長。」

の地団太に食堂中が和んでいると、
突然入り口の方から申し訳なさそうな山崎の声が飛び込んできた。
山崎は何故かオドオドしていて、入り口から半分だけ顔を覗かせている状態だ。

「何してんだお前。用があるなら入って来いよ。」
「どうしたザキ、小便でも漏らしたか。」
「いや……あの……見廻組の局長殿が……。」

山崎が言い終わるのが早いか、入り口から白い隊服が颯爽と入ってくるのが早いか。
突然現れた佐々木の姿に、効果で和んでいた食堂内が一気に緊張感に包まれた。
つい先日あんなことがあったばかりだからな。無理もない。
しかし佐々木はそんなこと気にも留めず、
お目当てのの元へと一直線にやってきたかと思ったら、
周りなんか目にも入りませんとでも言いたげな様子でを見つめた。

「さん、帰りますよ。」

を見下ろしながら無表情にそう言った佐々木に、はあからさまに嫌な顔をした。

『イヤだ!アタシ絶対に帰らないからね!佐々木君のこと絶対に許さないから!』

プイ、とそっぽを向きながらそう言ったに、
佐々木は珍しく困った顔をして小さく溜息を吐いた。

「私のことは後回しでも構いませんから、警察庁に帰るだけでもして頂けませんか。
 アナタが居ないと仕事が回らないらしいので。」
『イ・ヤ!』
「さん……何のためにわざわざアナタを
 真選組から警察庁へ引き抜いたと思っているんですか。」
『知らない!』
「仕事ができるからですよ。」
『知ってる!!』
「知らないって言うから教えて差しあげたのに……。」

この間の嫌味な態度からは想像も出来ないほど柔らかな雰囲気の佐々木に、
俺も近藤さんも総悟も隊士たちも何とも言えない表情になった。
何だコイツ、目上の人間に対してはいつもこんななのか?
嫌味の「い」の字も見あたらねぇ。それどころか、相手を気遣うような接し方だ。
相変わらずそっぽを向いてむくれているに対して完全に困り果てている。
コイツなら嫌味の一つや二つ言い放って力ずくでもを連れて帰りそうなものなのに。

そんな佐々木の意外な一面に食堂内の緊張が少しだけ和らいできた時だった。

「それに、アナタが居ないと私が仕事になりません。」

佐々木のその一言で、食堂内にまた緊張が走った。
いや、緊張と言ったら語弊があるだろうか。殺気と言っても過言ではない雰囲気だ。
そんな重苦しい雰囲気に気づいていないは、
相変わらずプウ、とむくれた顔でやる気のない返事をした。

『はいはい、そーですか。』
「本当ですよさん。アナタが居なければ私のやる気が損なわれます。」
『佐々木君いっつもやる気ないでしょーが!』
「そんなことありません。恋愛に関してはわりと真面目で一途な方です。」
『アンタの恋愛事情なんて聞いてない!!』
「オイ佐々木。」

ウガーと立ち上がったをスルーして、俺は佐々木に声をかけた。
すると佐々木は眉間にしわを寄せながら無言で俺に振り返る。

「帰れ。」
「何ですかいきなり失礼な。」

佐々木がこっちを向いた瞬間キッパリと言い放ってやれば、
案の定佐々木は心底不快そうな顔をして俺を睨みつけた。
しかし勝機は俺にある。今や食堂内の隊士全員がコイツの敵だ。
真選組のアイドル的存在であるに惚れたのが運の尽きだったな。
ここはなんとしてもからコイツを引き離さねば。

「コラ2人とも!喧嘩はいけません!」

俺と隊士達の心がせっかく一つになっているというのに、
何故か一番反対しそうな近藤さんが俺と佐々木の間に割って入ってきた。
そこで俺は理解した。この人、全然気づいてねぇ。

「トシ!!あまり佐々木殿を困らせてやるな!
 この間のことは確かに許しがたいが、恋愛に一途な人間に悪い奴は居ない!」
『何言ってんだ!恋愛に一途な奴はアンタを筆頭にロクな奴が居ないだろーが!!』

そうだ!もっと言ってやれ!俺は心の中でそう叫んだ。
思ったとおり、佐々木がに惚れている事を全く理解していない近藤さんは、
何を血迷ったのか佐々木の肩に手を乗せて佐々木の味方をし始めた。
バカだバカだとは思っていたが、まさかこれほどのバカだったとは。
って言うかアンタの場合一途を通り越してただのストーカーじゃねぇか!

「コラちゃん!お父さんに対してアンタとは何だアンタとは!
 ちゃんとお父さん、もしくはパパと呼びなさい!」
『絶対にイヤ!!』
「近藤さん、先日無礼を働いた私の恋路を応援してくれるんですか。」

佐々木はわざとの名前を出さずに近藤さんにそう問いかけた。
ヤバい、このままだとバカな近藤さんが二つ返事でイエスと言ってしまう。
策略とはいえ、親である近藤さん公認となれば佐々木の思う壺だ。
俺はこの流れを変えなければと思って近藤さんの名前を呼ぼうとしたが、
その声は近藤さんの能天気な笑い声にかき消されてしまった。

「がははは!何を言うんですか佐々木殿!
 たった一人の女性を追い求めるハンター同士、協力し合いましょう!!」
「近藤さんが味方についてくれるのならもう怖いものはありません。」
「がはははは!!そうでしょうそうでしょう!」

ダメだ、完全にやられた。
謀略家佐々木の手によって保護者という名のガードが陥落した今、
の感情一つでこの2人の仲が凄まじく発展してしまう危険性がある。
まぁがこの男に惚れることは考えにくいが、
近藤さんは確実に言い包められる。これは断言できる。
いつの日かコイツを弟と思わなければならない日が来る可能性が1%でもあるのなら、
俺はそれを全力で阻止するだけだ。

「さん、どうしても一緒に帰って頂けないんですか?」

俺が心の中で密かに恋路をぶち壊す決意をしているなんてことは露知らず、
佐々木は相変わらずの困った顔でにそう尋ねた。

『帰らないったら帰らない!』
「近藤さんともこんなに仲良くなったのに。」
『アタシは許さないもん!』
「!いい加減にしなさい!めっ!」
「……分かりました。」

完全にヘソを曲げているに降参したのか、
佐々木が諦めたような溜息と共にそう言った。

「これからはさんの言いつけに従って無闇に攘夷志士を粛清したりしません。
 私の部下にもそれは徹底させます。それで帰ってきて頂けますか?」
『えっ?ホントに?』

佐々木の言葉にパァッと瞳を輝かせ、が初めて佐々木の顔を見た。
この瞬間、俺は全てを理解した。
ダメだ。もコイツの策略にハマるタイプだ。

「本当です。だから私と一緒に警察庁へ帰って下さい。」
『う、うん……帰る。佐々木君が言いつけちゃんと守ってくれるなら。』

親子ってのはどうしてこうも嫌なところばっかり似るもんかね。
すっかり佐々木に言い包められたは
さっきまでの怒りをどこに忘れてきたのやら、
急に素直になってその場に立ち上がり、佐々木の傍へと歩み寄っていった。

「ついでに屯所の局長室にも寄って頂けますか。2人きりで話したいことがあるので。」
『……?うん、いいよ?』
「ダメだダメだダメだァァ!!テメェいい加減にしやがれ!!!!」

佐々木の考えていることが手に取るように分かった俺が
を守るためにそう叫びながら佐々木の胸倉を掴んでやったら、
鈍感親子が慌てて俺を止めに入ってきた。
その後2人になだめられ佐々木から引き離された俺だったが、
これだけはハッキリと聞いたんだ。
俺が胸倉を掴んだ瞬間、佐々木が嫌な顔をしながら「チッ」って舌打ちしたのを。




真選組副長の憂鬱

(近藤さんが最後の砦だと思っていましたが、どうやら違うようですね) (俺は絶対にテメーとの恋愛なんて認めねぇぞ) (ご安心を。さんと結婚した暁には貴方をお兄さんと呼んで差し上げますよ) (だからそれが嫌だっつってんだよ!!!!) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ サブちゃん夢の上司部下シリーズすんごい楽しい! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/01/02 管理人:かほ