「ふ、副長!?」 俺が間一髪で黒服の斬撃を受け止めると、後ろからそんなどよめきが聞こえた。 よく見ると、俺に斬りかかってきたのは「俺」で、 その顔は自分でもゾッとするくらい怒りに満ちていた。 俺ってこんな顔してキレるのか、と思った次の瞬間、 俺は「俺」によって壁の方へ吹き飛ばされてしまった。 『佐々木さん!!』 「土方さん……貴方さんを泣かせましたね……。」 俺の中に入っている佐々木は普段からは想像もつかない程辺りに殺気を撒き散らし、 その場に居た真選組隊士を見事に全員黙らせてしまった。 そんな中、だけは心配そうに吹き飛ばされた佐々木、もとい俺を見つめ、 ゆっくりと「俺」に向き直りながらおずおずと『トシ……?』と名前を呼んだ。 の目からはまだ涙がポロポロと零れ落ちていて、「俺」の眉間にしわが寄る。 そして「俺」はドカドカとに近づくと、何も言わずただを抱きしめた。 「大丈夫ですよさん。私はさん以外の女性には興味ありません。 私にはアナタしか居ない……他の男に渡したりなんかしません。」 佐々木は真剣な表情で腕の中に居るにそう言った。 しかし、一見すれば俺がに言ってるようにしか見えない。 案の定、隊士達は口をこれでもかというほどあんぐりと開き、 言われたは何とも言えない表情で目を見開いていた。 「オイ止めろテメェ!!その顔でにそんなこと言うんじゃねぇよ!!」 「黙りなさい!さんを泣かせた貴方に発言権はありません!」 「だから止めろォォ!!俺が大好きみたいじゃねーかァァ!!」 俺と佐々木がそんなことを言い合っていると、突然が「俺」に飛びついた。 首の後ろに腕を回し、「俺」をギュッと抱きしめる。 まるで俺とが抱き合ってるみたいで(いや実際そうなんだが)、 なんだか居たたまれなくなった俺は2人を引き離すためその場でバッと立ち上がった。 『佐々木さんだ……。』 「俺」に抱きついているのが嬉しそうにそう言ったのが耳に入り、 俺は思わず体の動きを止めた。 『その言い方も、その表情も、言うことも、全部佐々木さんだ……。』 「俺」に抱きつきながらそう言ったの幸せそうな表情が、 俺の視界から一気に消え去った。 そしてハッと我に返った次の瞬間、俺はに抱きつかれていた。 「……ッ!?」 驚いた俺は思わずを突き放し、2、3歩後ずさりしてしまう。 そして唖然とした表情でを見つめると、 は一瞬不思議そうな顔で俺を見つめた後、 小首をかしげながら壁際に居る佐々木に視線を移した。 『佐々木さん……?』 が不安げな表情でそう言うと、 壁際で立ち尽くしていた正真正銘の佐々木がゆっくりとを見た。 「さん……。」 『…………!』 佐々木が名前を呼ぶと、は心底嬉しそうな顔をして佐々木の元に駆けていき、 そして少し離れたところから思いっきり佐々木に飛びついた。 飛びつかれた佐々木は不意打ちだったのかとても驚いていたが、 なんとかを受け止めて体勢を立て直していた。 『佐々木さんありがと!さっきの言葉すごく嬉しかった!』 満面の笑みでそう言ったに、佐々木はガラにもなく顔を赤く染めていた。 「ちょ、さん……。」 『でもトシの口からじゃなくて佐々木さんの口から聞きたかったな。 ってか何でさっきトシが佐々木さんになってたの? ねぇトシ、トシはもうちゃんとトシでしょ?』 「あ?」 そう言いながらは俺に振り向いた。 突然話を振られたので、俺は驚いて「あぁ……」としか言葉を返せなかった。 はちゃんと気づいていた。俺と佐々木が入れ替わっていたことに。 未だに困惑している隊士たちとは打って変わって、 だけは「俺」の中に入っていた佐々木に気づいた。 そして、「俺」の口から出た言葉を佐々木の言葉として受け止めた。 それはつまり……。 「さん。」 佐々木に名を呼ばれ、は小首をかしげながら佐々木の顔を見た。 すると佐々木はおもむろにを抱きしめ、至極穏やかな表情でこう言った。 「やはり私には貴方しか居ないようですね……。」 佐々木のその優しい声色に、俺はようやく思い知った。 言葉にしてしまうのは癪な話だが、コイツ等は本気だ。 俺たちが入れ替わっているのを見抜いたといい、さっきの佐々木の殺気といい、 こりゃどっからどう見ても本気で想い合ってるとしか思えねぇ。 生まれだ何だと周りがとやかく言ったところで、コイツ等には関係ねぇんだろう。 いつもならばを抱きしめる佐々木をぶった斬ってやるところだが、 今日だけは特別に見逃してやることにした。 隊士たちも全員呆然と立ち尽くしているので、この2人に危害を加えたりはしないだろう。 俺は懐からライターと煙草を取り出して火をつけた後、ゆっくりとその場を後にした。 悔しいが、今回ばかりはテメーの勝ちだ、佐々木。 あの球体は宇宙産の「ココロワカール」という代物らしいですよ。 佐々木からその事実を聞かされたのは、あの事件から一週間が経った頃だった。 一時的に体が入れ替わったからといってお互い特に仲良くなるわけでもなく、 俺たちは相変わらずの関係で顔を合わせるたびに社交辞令的な挨拶を交わしていた。 今日も見回り中にまたまた出くわし、お互い微妙な顔をして別れようとしていたのだが、 ふと佐々木が思い出したかのようにそう言ったので、俺が歩みを止めたのだ。 「ココロワカール?何だそのふざけたネーミングは。」 「私の知ったことではありませんよ。 あの後部下に調べさせて分かったんです。感謝して下さいね。」 佐々木の話によると、どうやらあの奇妙な落し物はとある宇宙業者の商品だったらしい。 あの球体を挟んで向かい合った者の心と体が入れ替わるというもので、 使用者は誰かと入れ替わった状態で恋人の元へ行き、 そこで恋人が自分だと分かれば使用者は元に戻り、愛も深まるんだと。 本来ならば付属のスイッチを押せば恋人に分かってもらえなくても体が元に戻るのだが、 俺が拾った商品は付属のスイッチが壊れた、言わば粗悪品であり、 それゆえに他の商品と分けて置いていたところをうっかり落としてしまったらしい。 もしあの時、が俺と佐々木が入れ替わっていることに気づかなければ、 俺たちは一生入れ替わったままだったのだと聞いて、思わずゾッとした。 「ったく、危ねぇことに巻き込まれたもんだぜ。 もしがお前だって分からなかったら今頃どうなってたことか……。」 「でもさんはすぐに私だと分かってくれましたから。」 そう言った佐々木の表情は普段からは想像もつかないほど穏やかで、 俺は思わず面食らってしまった。 そう言えば、の話をしてる時のコイツはいつもこんな顔だったっけか。 「……別にテメー等の仲を認めたわけじゃねぇぞ。」 俺が佐々木を睨みながらそう言えば、佐々木は一瞬で眉間にしわを寄せた。 「しつこいですねアナタも。 今回のことで私とさんがどれほど愛し合っているか理解できたでしょうに。」 「がどんだけお前を大切に思ってるかは分かったが、 まだお前がを幸せに出来るかは分かってねぇんだよ。」 俺はそんな事を言いながら煙草をふかし、 まだ嫌そうな顔をしている佐々木を置いておもむろに歩き出した。 「俺も真選組の連中もまだお前を認めてねぇ。 これからはの兄貴分としてお前のことを厳しくチェックしていくからな。 一瞬たりとも気ぃ抜くんじゃねぇぞ。」 俺はそう言い捨ててさっさとその場を立ち去った。 俺の後ろで佐々木がどんな顔をしていたのかは分からないが、 おそらく鳩が鉄砲玉喰らったような顔をしていたに違いない。 ……今になって後ろを振り返らなかったことを後悔した。 佐々木の間抜け面、思う存分からかってやればよかった。“まだ”に秘められた可能性
(やれやれ……とんでもない小舅を持ったものですねぇ) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 宇宙産って魔法の言葉ですよね。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2012/08/13 管理人:かほ