さんは昔から、白夜叉殿の言葉を借りればまさに「侍」だった。 自分の信念に従って行動し、 その信念に背くことはたとえ幕府からの命令でも聞かなかった。 元々頭も器量も良い彼女だったが、 その信念が邪魔をして幕府から目をつけられることもしばしばだった。 それでも彼女を守ってきたのは、 松平という家の名前と、彼女の信念に魅了された仲間たちだ。 その名前と仲間を一度に失った彼女がどうなるかなど、火を見るよりも明らかだった。 『何よ……それ……。』 茂茂公から喜々公へ政権が移ったという知らせを伝えると、 さんは今まで見せたことのない表情をした。 無理もない。 ここ最近の私の暗躍は、彼女には一切知らせていなかったのだから。 「今お伝えした通りです。 ちなみに、真選組および現警察庁長官殿の処罰もすでに確定しています。」 『ちょっと待ってよ……そんなの誰が決めたの……!?』 「もちろん、この私と天導衆に決まっているだろう。」 突如現れた第三者の声に、さんは驚いたように目線をやった。 そして相手を認識するや否や、普段は可愛らしいその顔を険しくさせる。 『アンタ……一橋の……。』 「我らの新しい将軍様ですよ、さん。」 親の仇でも見るかのようなさんに、私はそう声をかけた。 声の主、改め一橋喜々公はさんの様子に気付いているのかいないのか、 いつも通りの憎たらしいドヤ顔で我々に近づいてくる。 『アタシはアンタなんて認めないわよ!!』 予想通りの反応が返って来て、思わず私はため息を吐いた。 「それは困りましたね。さんには引き続き見廻役をお願いしようと思っていたのに。」 『冗談じゃないわ!!』 さんは私を睨みつけながらそう吐き捨てた。 『アタシも松平の血縁よ!新政権なんて認めない!! とっつぁんと一緒にアタシも牢獄にブチ込みなさいよ!!』 「それは出来ません。アナタどうせ松平公と一緒に脱獄するつもりでしょう。 アナタほどの実力者をわざわざ味方と共に投獄するほど、私はバカじゃありませんよ。」 声を荒げるさんに努めて冷静にそう返せば、 隠し事の苦手なさんはぐうの音も出ないといった様子で私を睨んだ。 「それに、お前には大事な役目がある。」 喜々公が待っていました、と言わんばかりの様子でそう言い、 ゆっくりとさんの方へ歩み寄る。 さんは喜々公を警戒し臨戦態勢に入るが、 戦のことなど何もわからない喜々公はその様子に気付いていないようだった。 「お前には次期将軍の妻として世継ぎを産んでもらわねばならんからな。」 喜々公が言うと同時に、さんは準備していた拳を喜々公の顔面にお見舞いした。 殴られた喜々公の体は宙を舞い、勢いよく壁に叩きつけられて地に落ちる。 『これでブチ込まざるを得なくなったでしょ!!さぁ!!アタシを連れて行きなさい!!』 自暴自棄などではない、やってやったと言いたげな顔のさんと、 床で完全にのびている喜々公を一瞥し、私は大きく溜息を吐いた。 「いいえ。出来ません。」 『何で!?』 「今ので完全に記憶が飛んだでしょうからね、その人。 加えて言えば私は何も見ていません。それが答えです。」 『佐々木くん!!』 「私の努力を無駄にしないでください。」 頭に血がのぼったさんの頑固さを、私は誰よりも知っている。 だからさんを落ち着かせるためにも、かなり強めの口調でそう言った。 するとさんは何かを察したのか、 出そうとした言葉を飲み込み、私の言葉を待った。 「……本当なら、アナタも新政府の反乱分子として処刑されるはずだったのです。 それを次期将軍の妻として利用する価値があると、上を納得させるのには骨が折れましたよ。」 『……何で……そんなこと……。』 「分からないとは言わせません。」 私の言葉に、さんはバツが悪そうに顔を逸らした。 そう、あの時のように知らない顔はさせない。 私がまだ見廻組ではなかった頃。 アナタはすでに松平家の神童として警察庁入りを約束されていた。 松平公と面識のあった佐々木家で、何度も時間を共にした。 近かったのに、決して手の届かないところに居たアナタは、 婚約者の話が出た私に笑顔で「おめでとう」を言ったのだ。 当時はもちろん諦めていた。 松平のお嬢様と結ばれる未来なんてない。 ならば、私は私なりの幸せを見つけようと。 しかしそれは叶わなかった。 そして今の私は、アナタに手が届く位置までやってきた。 「不器用ながらもアプローチしてきたと思うんですがね。昔も、今も。」 『…………。』 さんは何も言わないが、それは無言の肯定でしかなかった。 彼女はいつもこうだ。 分が悪くなると黙り込んでしまうところがある。 他の誰よりもそんな彼女を知っている。それを私が隣で支えてきたのだから。 「私がアナタを絶対に守ります。 天導衆からも、世間からも、もちろん喜々公からも。」 『佐々木くん……キミ、一体何を……。』 「……今はまだ言えません。」 私はそう言って踵を返した。 さんはまだ何か聞きたげな様子だったが、 言葉が上手く出てこないのか私の背中を黙って見つめていた。 「安心してください。私が必ず、アナタを守ります。」 さんに、そして自分に言い聞かせるようにそう言った。 「だって、私のメールはまだアナタに届くんですから。」後悔先に立たず
(願わくば、後悔だらけの人生だったと、) (笑って話せる未来をアナタと共に) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 補足ですが、さぶちゃんは奥さんのことを本当に愛していた、 もしくは愛そうとしていたという私の中の設定です。 その中で、愛する人を守れなかったっていう後悔が生まれて、 今回こそは同じ過ちを繰り返さないぞ、っていう……そんな感じです。 初恋のお姉さんと上京で離れ離れになったけど、 再会したくらいの感覚だと思ってもらえれば……。 そして今後の展開を考えると見事なフラグになってしまって 書いた私がつらすぎて死にそうです。勘弁してそらちんこ……。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2016/03/22 管理人:かほ