しょうせつ

この結野家に本家からが遊びに来たのがおよそ2時間前。
猛暑が江戸を襲い始めたのが丁度1時間前。
そして、が着物を脱ぎ捨ててわしの甚平を羽織ったのが、ついさっきのことだった。

『あ〜……あつい……。』
「、はしたないぞ。」

わしは甚平をだらしなく着ているに静かに注意した。
仮にも嫁入り前の娘が、許婚とはいえ一人身の男の前で肌を露出するとは情けない。
これがあの貴族の中の貴族・家の跡取り娘なのだと言うから世も末だ。

『だってぇ、あついもん。』

は言いながらゴロンと寝返りを打った。
その拍子に甚平がはだけ、白いブラジャーが顔を覗かせる。

「お主はあの本家の跡取り娘なんじゃぞ?
 それが独身の男の前でだらしなくブラジャーを見せて、何事じゃ。」
『ええやん別に。晴明どうせ結婚したらもっと凄いモン見るやん。』
「だから、そういう事を言うのは……。」

そこまで言って、わしはため息をついた。
どうやらはわしに完全に心を許しているらしい。
だから着替えを見られても、ブラジャー姿を見られても、別に何の問題もないと。
我が将来の嫁ながらなんと嘆かわしいことか……。

「じゃがのう、。わしだけならいいが、
 いつ他の者が部屋に入ってくるか分からんじゃろう。」
『んー……それもそーやなぁ……。』

はやる気のない声でそう言うと、一応前は隠しておこうと思ったのか、
ゴロンとわしの方を向く形で横になり、手でさり気なくブラジャーを隠した。

『これでええ?』
「まぁ……見えはせんが……。」

それでも貴族のお嬢様が甚平姿で寝転んでいるのは何とも言いがたい。
こんな所を様に見られた日には何を言われるか分かったものではない。
しかもの着ている甚平はわしのものなのでかなりブカブカだ。
だからは今、傍目から見ると何かのプレイかと思われそうな姿になっていた。

『あっつぃ……。』
「はぁ……じゃあそのままでも良いが、この部屋は絶対に出るでないぞ。」
『出ぇへんよ……ってか動きたくないもん。』

足を置いていた所が太陽に照らされ始めたので、
はそう言いながらニジニジとまるで芋虫のように日陰へと移った。
全く、のこんな無防備な姿を他の人間が見たらどう思うか……。

はぁ、と一度ため息をついて呆れてみたはいいものの、
真剣に他の者がのこの姿を見たらどう思うかを考えてみると、
きっと大半の人間がムラッとするだろうと思い、顔が険しくなった。
なんせ今ココにだらしなく寝転んでいるこのは、
普段はしっかり者のお嬢様で通っているのだから。
何と言うか、ギャップ萌えというやつで、男なら多少ムラッとくるはずだ。
そんな事態は絶対に避けねばならん。

「、やはりもう少しちゃんと着てはくれぬか。」
『えぇ〜?』
「そんな無防備な格好、お主にしてほしくないんじゃ。」
『なんか今日の晴明、母上みたい。お姑さんみたいや〜……嫌や〜……。』

ゴロゴロと寝返りを打ちながらわしから離れていく。
普段ならこんな事で何も思ったりはしないのだが、
今日は暑さのせいでイライラしていたのか、
それとも他の者がをイヤらしい目で見るかもしれないと考えていたからか、
このの行動がやけに癪に障って、思わず眉間にしわが寄る。

「ほぅ……?はわしが嫌いなんじゃな?」
『えぇ?』
「わしの事が嫌なんじゃな?だから離れて行ったんじゃな?」
『え……何?晴明、もしかして怒ってる?』
「別に怒っとらん。」

わしが言いながらフイ、とから顔を逸らすと、
さっきまで言葉を発するのも息をするのも面倒くさそうにしていたが
四つん這いになって少し困った顔でわしの元にやって来た。

『晴明怒ってる。』
「怒っとらん。」
『ううん、怒ってる。怒ってないんやったらこっち向いて?』

わしの腕に抱きつきながら、甘えた声を出してはわしを見た。
別に意地を張る必要もなかったのだが、
上目遣いでわしを見つめるの顔を見たら負けだと言わんばかりに
わしはから目線を逸らし続けた。

『晴明ごめん。服ちゃんと着るし、晴明のことも嫌じゃないから。』
「別に、そんなこと……。」
『晴明アタシのこと嫌い?このままずっと顔合わしてくれへんの?』

押し付けられる胸の感触との寂しそうな声に負け、
とうとうわしはチラリ、と腕に引っ付いているに視線を移した。
するとは嬉しそうにわしに笑いかけ、
極上の笑顔で『やっとこっち向いた♪』なんて言っている。

負けた。完全にわしの負けだ。
この愛らしい相手に怒り続ける事など、
到底出来やしないという事を再確認させられてしまった。

「、約束じゃぞ。ちゃんと服を着ろ。
 でなければ、わし以外の男に色目を使っていると判断するからな。」
『あぁ、それで嫌がってたん?もぉ〜、晴明可愛い♪
 心配せんでも、他の人が居ったらちゃんとするって。
 晴明の前やからこんなにダラダラしてんのー。』

は甘えた声でそう言いながら、腕を抱いていた手を離し、
今度はわしの膝の上へとダイブしてきた。

「全くお主は……こんな大きな猫を飼った覚えはないんじゃがな。」
『うへへ、にゃーごー。』

そんな冗談を交わしつつ、わしは愛しい許婚の頭をそっと撫でてやった。




貴方だけにせる顔

(こりゃ浮気なんて出来へんなぁ。晴明やきもち妬きやからっ) (べ、別にやきもちなど妬かぬが、浮気は許さんぞ) (ふふ、はいはい♪) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ ブラジャーって言わせるのって変態に入るの?←完全な感覚麻痺 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2010/08/12 管理人:かほ