しょうせつ

『ねぇ晋助。』
「なんだよ。」
『アタシのこと好き?』
「はぁ?」
『将来晋助のお嫁さんにしてくれる?』
「……考えとく。」

何も知らない幼い子供たちが、そんな夢物語を話していた。
その心はなんの穢れもなく真っ白で、穏やかな表情をしている。
とある村の、とある寺子屋に拾われた、ただ他の子よりも剣術が得意なだけの少女が、
村一番の大富豪の跡取り息子である少年と結婚だなんて、夢のまた夢。
ましてや天人が地球を乗っ取ろうとしているこの緊迫したご時世に、
無事に大人になれる保障など、どこにもなかった。

でも、それでも、
あの頃のアタシ達は純粋に、ただ純粋にその夢物語を信じていたのだ。





 

天邪鬼な貴方に

夢を見ていた少女も、とうとう大人になってしまった。 大きくなるにつれ、たくさんのものを失っていった。 大切な師匠を失った。大切な仲間も失った。家も故郷も、全てを失った。 そして何より、幼い頃から信じていた夢物語を失った。 「私はあっちの方を探してくるネ!  はそっち、新八はエリーと向こうの方を探すアル!」 神楽ちゃんはそう言うと定春に乗って小太郎を探しに駆けていってしまった。 アタシは新ちゃんに『じゃあまた後でね』と手を振って、 神楽ちゃんに言われたとおり、2人とは違う方向に歩みを進める。 今朝エリザベスが万事屋に駆け込んできて 小太郎が辻斬りに斬られたって聞いた時は驚いたけど、 今になって冷静に考えてみるとあの小太郎がそう簡単にやられるわけがない。 小太郎の強さはアタシ達が一番よく知ってる。 攘夷戦争時代、一番近くで狂乱の貴公子の雄姿をこの目で見てきたんだもん。 『でも、深手は負ってるわよねぇ……。』 アタシは自分でそう呟いて深いため息を吐いた。 ずっと一緒に居たエリザベスが「もしかしたら……」なんて言うくらいだから、 相当ヤバい状況だったんだろうと思う。 まさか死にはしないと思うけど、早いトコ見つけ出して怪我の治療はしてあげたいなぁ。 『…………。』 アタシはそんな呑気なことを考えながらも、 後ろから誰かにつけられている気配を感じ取っていた。 尾行がへたくそなのでそんなに強い奴ではないみたいだけど、人数が結構多いのが気になる。 殺気も何も感じないから、恐らく辻斬りや攘夷浪士の類ではないだろう。 じゃあ何だろう。誘拐? アタシがとっても可愛いからどっかの組織がアタシを欲しがってるのかしら。 とりあえずすぐに動く気配はないから、このまま様子を見るか……。 『おーい、小太郎やーい。』 アタシは後ろの連中をとりあえず無害と判断し、小太郎探しを再開した。 『ったく……ホントどこ行ったんだあのヅラ野郎。』 すっかり日が暮れてしまった空を眺めながら、アタシは大きなため息を吐いた。 あの後ずいぶん遠くまで探したけど、結局小太郎は見つからない。 色んなところに聞き込みもしたけど収穫ゼロ。 どこへ行っても教えてくれるのは決まって噂の辻斬りの話だけ。 『そろそろ町を練り歩くのも飽きてきたなぁ。ヅラー!ホントに居ないのー?』 人気の少ない港付近でアタシは1人そう叫んだ。 しかし、当たり前だが返事はない。 『……「ヅラじゃない桂だ」が聞けないのは寂しいし、もうちょっと探してみるか。』 尾行してくる人数も減ったしなぁ、と呑気なことを考えながら、 アタシは港を背にもう一度町のほうへ行こうと歩き始めた。 昼間はもうちょっと人数が居たはすだが、今は後ろに4、5人くらいしか居ないみたいだ。 持ち回り制なのか途中で人が入れ代わり立ち代わりしていたけど、 ずいぶんしつこく追い回してくるなぁコイツ等。 ふとそんなことを考えた時だった。 今まで何の殺気も感じなかった連中から、急に嫌な気配が漂ってきた。 ダメだ、雑魚じゃない奴が2人増えた。 アタシは咄嗟にふところに隠していた小刀を握り連中の方に振り向いた。 するとそこにはさっきまでアタシを尾行していたであろう男達と、 そいつらの3歩手前にオッサンと少女の姿。 『アンタ達何者?アタシに何か用?』 姿を現した連中を睨みつけながらアタシが問えば、 金髪の可愛らしい少女が「チッ、」と大きな舌打ちをした。 「晋助様は何でこんな女に執着するんスかねぇ。」 「まぁまぁまた子さん。略奪愛もなかなかオツなものですよ。」 『晋助……?』 アタシは聞きなれたその名前に思わず眉をひそめる。 するとオッサンが後ろの男達に何かを合図し、 男達は全員刀を構えてアタシに襲い掛かってきた。 『そんな少人数でアタシをやれるなんて思ってんの?』 今では華奢で可憐で一見弱そうに見えるアタシだが、 これでも攘夷戦争中は「戦場の舞姫」と呼ばれ恐れられた伝説の攘夷志士だ。 尾行もまともに出来ないような雑魚が数人集まったところで、 この小刀さえあれば十分応戦できる。 問題はあのオッサンと女の子だな。 脇差を持ってるってことは、あのジャスタウェイみたいな顔したオッサンは侍だろう。 でも隣の女の子は分かんない。あの子は要注意だな。 そんなことを考えながら襲い掛かってきた男達をさばいていると、 突然「チュインッ」という音と共に左足に激痛が走った。 『い゙っ……!?』 痛みのあまり一瞬隙を作ってしまったけれど、 そこを突かれるなんてあまりにも格好悪いので、アタシは根性で踏みとどまり、 とりあえず近くに居た2、3人を小刀で斬り倒した。 「ほぅ?さすがは戦場の舞姫。片足を潰した程度では倒れませんか。」 『アンタ等ホント何者なの?見ず知らずの人間に随分酷いことしてくれるじゃない。』 アタシは全く驚いた様子の見られないオッサンを睨みつけながらそう言った。 そして隣の金髪少女に目を向けると、煙を吐く銃口がこちらに向いている。 くっそー、あの子拳銃使いだったのか。 知らなかったとはいえ、跳弾で足一本やられるなんて……。 『カッコ悪いわぁ……。』 言いながらアタシはさっき倒した男から刀を取り上げ、 そして襲い掛かってきた残りの男共を全員一気に薙ぎ倒した。 拝借した刀はそのまま手に持ち金髪少女の銃弾に注意を払う。 それと同時にもう片方の手を傷口にあて、傷の治癒を開始した。 『あれっ?』 いつもならこんな銃創すぐに治せるのに、今はいくらやっても力が入らない。 心なしかどんどん体が重くなっている気さえしてきた。 「我々は貴女のかつての仲間である高杉さんの一派です。  その我々が戦場の舞姫の治癒能力について知らないとでも思いましたか?」 「安心するッス。晋助様がお前だけは殺すなって言うから、軽めの毒ッスよ。」 『軽めの毒って……そんな一本いっとく?みたいなノリ……。』 精一杯のやせ我慢を口走り、アタシは意識を手放した。 続く .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ まさか私も晋ちゃんでシリアス悲恋書くとは思わなかったよね。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2013/03/29 管理人:かほ