『武市先輩!にチョコちょーだい!』 「はい?」 晋助さんと廊下で来週の密輸についての打ち合わせをしていると、 急にさんが満面の笑みでそう言い、小さなその手を差し出してきた。 自分のものよりも一回りくらい小さいその可愛らしい手を見つめながら、 全く状況が理解できない私は思わず間抜けな声を出してしまった。 「オイ、てめぇ何言ってやがんだ。」 『え?だって今日はバレンタインデーでしょ? バレンタインデーって、チョコレートもらえる日じゃないの?』 歳のわりには幼い顔立ちと舌っ足らずな喋り方でさんは小首を傾げる。 あぁ……そう言えば、 今日は朝からまた子さんが調理場に篭って劇薬を作っていたような。 ようやくさんの言葉の真意を理解した私は 背の小さなさんに目線に合わせるために屈み込み、 小さな子に言い聞かせるような口調でさんに話しかけた。 「さん、バレンタインデーというのは、 我々の文化では女性が好きな男性にチョコをあげるものなんですよ?」 『あれ?そうなの?』 私が言うと、さんは目を丸く見開いて驚いたような声を出した。 そんなさんの様子に、晋助さんが頭を抱えて深い溜息をつく。 「お前……今年が初めてじゃねぇだろ。」 『うん、でもね、今までバレンタインは核兵器の日だと思ってたの。』 「核兵器って……また子さんの料理のことですか?」 「あぁ、そりゃあまた子が悪いな。」 確かに、毎年バレンタインデーになるとまた子さんが調理場に篭って 到底食べ物とは思えない毒々しいものを作ってはいたけれど、 まさかそれがさんに間違った知識を植え付けていたとは……。 本来ならば我々テロリストにとって バレンタイン等という浮かれた行事は無縁に等しい存在だし、 幼い頃からこの船で生活しているさんが分からないのも無理はない。 実際、私がこの船に来てさんの教育係になるまで、 さんは世間の常識というものを全くと言っていいほど知らなかったのだから。 まぁそれでも晋助さん仕込みの戦闘の心得みたいなものは持っていて、 初めて会った時に天使と見紛うような可愛らしい容姿と声で 『あなたはどんな殺し方が好き?ジワジワ系?それともサックリ系?』 と質問をされた時のあの衝撃は今でも忘れることができない。 『そっかー、核兵器の日じゃなかったんだー。』 私があの日の出来事を思い出して頭を抱えていると、 さんが溜息を吐きながら残念そうにそう言った。 『まいったなぁ、何にも用意してないや。』 「じゃあ今から私と一緒に買いに行きますか?」 『武市先輩と一緒に?チョコを?』 「はい。」 私の提案にさんはしばらく『ううむ、』と頭を悩ませていたけれど、 突然パッと顔を上げ、その小さな頭を横に振った。 『アタシ晋助さまと一緒に買いに行く!』 「え?」 「はぁ?何で俺なんだよ。」 『だって今日は女の子が好きな男の人にチョコ渡す日なんでしょ? が買ってきたチョコを、大好きな武市先輩に渡すの! だから武市先輩と一緒に買いに行ったらダメなの!』 さんは手足を一生懸命バタバタさせながら力説した。 「何だよそれ、わけ分かんねぇぞ。」 『いいから行くの!武市先輩、待っててね!』 可愛らしい笑顔で私にそう言うと、 さんはあからさまに嫌な顔をしている晋助さんの腕を 無理やりグイグイと引っ張って本当に行ってしまった。 この船の頂点である晋助さんにあんなマネが出来るのは、 きっと世界中どこを探してもさんだけなんだろう。 私はなんだか気が抜けてしまい、その場で大きな溜息を吐いた。 「まぁ、その無邪気さがさんのいいところなんですけどね。」 私はふと笑いながらそんな独り言を言い、その場を後にした。 *** 『武市先輩ー!』 昼過ぎにさんと晋助さんを見送ってから5時間ほどたった頃、 自室で本を読んでいた私のところに元気な声が飛び込んできた。 「おやさん、すいぶん遅かったですね。」 『うん!地球で晋助さまが銀時とヅラに絡まれた!』 「えぇ!?そ、それで、晋助さんは?」 『ん?一緒に帰ってきたよ?なんかね、子連れだからって見逃してくれたの。』 それがどうかした?とでも言いたげな様子で小首をかしげるさんに、 私は少し速くなった心臓に手を当てて深い溜息を吐いた。 それでなくても紅桜の一件でこちらの計画を潰されたばかりだと言うのに、 チョコを買いに行って一騒動だなんてたまったものではない。 まぁ今回はさんが居たことで衝突は免れたようだが、 それにしてもさんはこういう事に疎いからハラハラさせられる。 『あっ、そうそう、はいこれ!の本命チョコだよ!』 きっと事の重大さなんて理解していないのだろうと思わせる能天気さで、 さんは手に持っていた箱を私に差し出した。 丁寧にラッピングされた箱を受け取りながら、私は苦笑いでさんに話しかける。 「本命って……どこでそんな言葉覚えたんです?」 『また子が言ってた!好きな人にあげるチョコは本命チョコなんだって!』 「あぁ……それで。」 あの猪女が使う言葉は教育上よろしくないので さんにあまり覚えて欲しくはないのだが、 今回だけはマシな言葉を教えたじゃないかと心の中で感心した。 『ねぇねぇ武市先輩、の本命チョコ嬉しい?』 「え?あぁ……嬉しいですよ、とても。」 『ほんとっ?』 私が答えると、さんはこの上なく可愛らしい笑顔で私に微笑みかけてくれた。 その笑顔につられ、自分も自然と口角が上がる。 そして『ありがとうございます、』とお礼を言いながら さんの頭をよしよしと撫でてあげると、 くすぐったそうに身を捩じらせたさんはまたえへへ、と微笑んだ。それはまるで砂糖菓子のようで
(来年はの手作りチョコをあげるからね!) (おや、それは楽しみですね) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ なんか文章だけ見たら武市先輩が爽やかなんだけど。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/02/20 管理人:かほ