しょうせつ

『武市せんぱーい。コレ書いて下さーい。』

アタシが細長い紙をヒラヒラとさせながら歩み寄れば、
何段も積み重ねた本の山から武市先輩がひょっこりと顔を出した。

「何です?それ。」
『短冊です。今年は晋助様の気が向いたみたいで、
 鬼兵隊のみんなでパーっと宴会するらしいですよー?』
「七夕で宴会?それはまた……。」

呆れたようにそう言って、武市先輩はアタシの手から短冊を受けとった。

『とにかく、夕方までにそれ書いて甲板にある笹にくくりつけて下さいね。』
「はいはい。分かりましたよ。」

アタシの言葉に軽く返事をして、武市先輩はまた調べ物を再開してしまった。
その行動がなんだか面白くなくて、アタシは本をかき分け武市先輩の隣に腰掛ける。

「何です?他に何か用でも?」
『好きな人の近くに居るのに用が要ります?』

言いながらアタシは武市先輩の腕にコテンと抱きついた。
すると武市先輩は呆れたような困ったような顔で軽く溜息を吐く。

「別に居てもいいですけど、邪魔はしないで下さいよ。」
『何言ってんですか。構ってほしいから邪魔しまくりますよ。』

アタシが口を尖らせて拗ねたようにそう言えば、
武市先輩は大きな溜息を吐きながら頭を抱え、そして観念したようにこちらを向いた。

「負けました。ちょっとだけですよ。」
『やったぁ♪だから武市先輩大好き!』

ハの字眉で言う武市先輩にアタシが笑顔で抱きつけば、
武市先輩はまるで大きな子供をあやすかのように、
アタシを抱きしめ返して背中をポンポンと叩いてくれた。
その手と武市先輩の体温が心地よくて、アタシは先輩の肩に擦り寄った。

「さん、随分と大きくなりましたねぇ。」
『そりゃアタシも今年で16歳ですから。結婚できる歳なんですよ?』
「いけません。そーゆーのはアナタが二十歳になってからです。」
『ちぇー。武市先輩のケチ。』

言いながらアタシは背中を武市先輩に預け、前に足を投げ出した。
すると武市先輩は後ろからアタシの腰に手を回し、
そのままアタシにもたれかかってくる。

「そう言えば、さんは今年は何を願うんです?」
『アタシですか?アタシはねぇ、武市先輩とずーっと一緒に居られますようにって。』
「え、それを笹に飾る気でいたんですか?ちょっと冗談はよしなさい。
 そんな願い私が恥ずかしいだけじゃないですか。」
『何が恥ずかしいんですか!アタシに愛されてるのが恥ずかしい事ぉ!?』

アタシが武市先輩の顔を見上げながら咎めれば、
武市先輩は「そういうことじゃなくて、」と困ったような顔をした。
その表情が可愛くて、思わずアタシは『ぷふっ』と噴き出す。

『あはは、冗談ですよ。
 お願い事は鬼兵隊の皆とずっと一緒に居られるように、にしときます。
 アタシ武市先輩が照れ屋さんなの知ってるからー。』
「この歳の男性に照れ屋さんってアナタ……。」

呆れたようにそう言った武市先輩は、ふと先ほどアタシが渡した短冊を見た。
そしてしばらくの間無言で短冊を見つめた後、おもむろに口を開く。

「さんが6歳の時でしたっけ。大人になりたくないなんて短冊に書いたのは。」
『あぁ……ありましたねぇ。ちゃんピーターパン事件。』

アタシは武市先輩に体重を預けながら当時の事を思い返した。
あれはアタシがまだ6歳の少女だった時のこと。
たまたま晋助様が「大人になりたくない」と書いたアタシの短冊を見つけ、
アタシの将来を心配してくれたのか幼いアタシに向かって
「ちゃんちょっとここに正座しなさい」並みの勢いで将来を諭し始めたのだ。

最初は晋助様とアタシと武市先輩だけの話し合いみたいな感じだったのだが、
途中でアタシが泣き出してしまい、騒ぎを聞きつけた隊員がたくさんやって来て、
いつの間にかこの出来事は「ちゃんピーターパン事件」として
鬼兵隊に語り継がれるほどの大きな事件となったのだ。

「、お前早くも中2病か?何で大人になりたくねぇんだ。」

眉間にしわを寄せて訳が分からないと言った様子でそういう晋助様に、
幼いアタシはただ純粋に胸のうちを打ち明けた。

『だって大きくなったら武市先輩に優しくしてもらえないもん!』

目に涙をいっぱいに溜めて、幼いアタシは震える声でそう叫んだ。
すると武市先輩も晋助様も周りに居た人間も、一斉に目を丸くする。
そしてしばらくしてからみんな一斉に武市先輩の方を見た。

「さんアナタ……そんな下らない理由でこんな願いを?」
『下らなくなんかないもん!アタシは先輩とずっと一緒に居たいもん!』
「じゃあそう願えば良かったじゃねーか。バカかテメェは。」
「まぁまぁ晋助さん、さんはまだ子供なんですから。」

イラッとした様子の晋助様を宥めた後、
武市先輩はその場にしゃがみこんで小さなアタシに視線を合わせた。

「さん、本当に私と一緒に居たいんですか?」
『ホントだよ?アタシ嘘ついてないよ?』
「じゃあもしさんが大きくなって、まだ同じ気持ちなら、
 私は大きくなったさんとずっと一緒に居てあげますよ。」
『ホントっ?』

幼かったアタシは武市先輩の言葉を深く考えずにただ純粋に喜んだ。
そしてキラキラさせた目でガバッと武市先輩に抱きついて、
『アタシずーっと先輩のこと大好きだよ!』なんてみんなの前で宣言したのだ。

「あの時はまさか本当に大きくなっても
 私に言い寄ってくるなんて思いもしませんでしたねぇ。」

自分の中で回想が終わったのか、武市先輩は天井を見上げて溜息混じりにそう言った。

『だから言ったじゃないですか。アタシはずっと武市先輩のこと大好きだって。』

言って、アタシはクルリと後ろを振り返り武市先輩の目を見つめた。

『嫌でしたか?迷惑?あんな約束、しなきゃ良かった?』
「さん……。」

武市先輩は不安そうに言うアタシの顔をしばらく見つめ、
そしてゆっくりと顔を近づけてきた。
武市先輩からちゅーしてくるなんて珍しい。
そんな事を思いつつ、アタシは熱を帯びる唇にそっと目を伏せた。

「迷惑なわけないでしょう。」

顔を真っ赤にしてただそれだけを言った武市先輩に、
アタシの心臓は完全に鷲掴みにされてしまった。
全く……一体どこまでアタシを夢中にさせれば気が済むんだろうか、この人は。




謀略家の誤算

(あーんもう!武市先輩大好きー!) (あーはいはい、分かりましたから離れて下さい。そろそろ作業に戻らねば) (もぅ、武市先輩の照れ屋さんっ) (いやだからこの歳の男性に照れ屋さんてアナタ) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ いやなんかもう武市先輩に抱かれたいくらいには好き。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/07/09 管理人:かほ