しょうせつ

いつもは何も考えずにそこら辺を歩いてる毛玉が、
今日は珍しく部屋に篭って何かを弄っていた。
何だろうと思って覗き込んでみたらそれは小さなカラクリで、
辰馬ってカラクリとかに詳しかったっけ?と疑問に思いつつも、
他にやる事もなかったのでアタシはその作業をボーっと見つめていた。

『……ねぇ。』
「んー?」

アタシがふと声をかけると、よっぽど真剣だったのか、
辰馬がまだカラクリを弄りながら生返事を返してきた。
アタシが呼んだのに振り向かないなんて珍しい。
いつもだったら絶対に笑顔でアタシに振り返るのに。

『アタシこないだ大富豪のオッサンにプロポーズされたの。』
「まっことか?一体誰じゃそいつぁ。」
『……それだけ?』
「ん?」

アタシが不機嫌な声でそう言うと、辰馬はやっとこちらを振り向き、
不服そうな顔で自分を睨んでいるアタシに向かって小首を傾げた。

「何がじゃ?」
『アタシ本気でプロポーズされたのよ?』
「そりゃあさっき聞いたぜよ。」

それがどうしたとでも言いたげな辰馬に、
アタシは完全に頭にきてその場でバッと立ち上がった。

『もういい!!』
「ちょっちょっ!待つぜよッ!」

アタシがくるりと後ろを振り返って歩き出そうとしたら、
今更になって慌て出した辰馬がアタシの足にまとわりついてきた。

「なしてそがいに怒っちょるがじゃ!?」
『ちょっと離して!辰馬には関係ないでしょ!!』
「はぁ!?おまん、まさかプロポーズ受けたがか!?」
『受けてないわよ!!!そうじゃなくってッ!!!!』
「なんじゃあ!ビックリさせるなぁ!」

アタシの言葉に一度は驚いた辰馬だったけど、
プロポーズを断ったと聞いて安心したのか、すぐに安堵の溜息を吐いた。
その行動が無性に腹立たしくて、
アタシはすぐさま部屋を出て行ってやろうと身を捩じらせるけど、
生憎辰馬に両足を力強く掴まれているので身動き一つとれない状態だった。

『ちょっ、離してってば!!』

アタシがイラついてキツめにそう叫んでも、
辰馬は両足を掴んでいる腕の力を緩めようとはしなかった。
それどころか、一瞬の隙をついて片方の手をアタシの腰に回し、
そのままずりずりと自分の方に引き寄せてくる。
どうやら無理矢理にでも自分の懐にアタシを引きずり込むつもりらしい。

『離せこの毛玉っ!!』
「!何をそがいに怒っちょるがじゃ!」
『別に怒ってない!!いいから離して!!』
「どっからどう見ても怒っちょるじゃろーが!」

そんな言い争いをしながら
押せや引けやの攻防戦を繰り広げていたアタシ達だったけど、
女のアタシが辰馬の力に敵うはずもなく、
とうとう両腕を掴まれ完全に逃げられない体勢にされてしまった。

「、ワシャ何かしたかのぅ?」
『…………。』
「答えてくれんと分からんきに。」

さっきのやり取りでちょっと荒くなった息を整えながら、
とても真剣な顔をした辰馬がアタシにそう尋ねてきた。
でもアタシはその質問にすぐに答えることが出来なくて、
顔を伏せながらただ呼吸を整えることしかしなかった。

「……。」

しばらくして聞こえてきた辰馬の声がやけに悲しそうで、
アタシの胸が少しだけチクリと痛んだ。
きっと今顔を上げたら、眉をハの字にして困った顔をしてる辰馬が居るんだろう。
どうしてそんな顔するのよ……本当に悲しいのはアタシの方なのに。

『……辰馬は、アタシがどこに行ったって、
 誰のものになったってっ……関係ないんでしょっ……!』

やっとのことで搾り出したアタシの声は震えていて、
自分でも目頭が熱くなっているのが感じ取れた。
別に泣くつもりなんてなかったのに、何でアタシは泣いているんだろう。
アタシの目から大粒の涙がポタポタと零れ落ちると、
辰馬が驚いた様子でアタシの名前を呟き、少しだけ腕の力を緩めた。

「……。」
『……アタシ、他の男の人に言い寄られたって言ったのに……。』

自由になった腕で涙を拭いながら、アタシは震える声で言葉を続けた。

『アタシ、辰馬が思ってる以上にモテるんだからね……?
 それなのに、辰馬ってば何も言ってくれないし……。』

アタシの言葉に、辰馬はさっきからずっと黙っている。
そして、勝手にボロボロ出てくる涙も、さっきからずっと止まらない。
悲しいのか寂しいのかもう何が何だか分からなくなったグチャグチャの頭の片隅で、
人生ってなかなか上手くいかないものだなぁ、なんて呑気な事を考えた。

『アタシがずっと、辰馬の傍に居ると思ったら、大間違いなんだから……。』

途切れ途切れではあるけれど、
なんとか自分が言いたい事を最後まで言い切って、
アタシは崩れるように辰馬の肩にもたれかかった。
すると辰馬は黙ったままアタシを優しく抱きしめてくれた。

なによ、今更そんなことしたってもう遅いんだから。
アタシはただ、辰馬に一生傍に居てくれって言ってほしかっただけなのに。
他の男達にプロポーズされる度に、アタシの気持ちは焦っていった。
もうそろそろそういう年頃だってことはアタシが一番よく分かってる。
でも、例え宇宙一の大富豪から告白されても、
宇宙一のイケメンから結婚してくれなんて言われても、ちっとも嬉しくない。
だって、アタシが一生傍に居たいと思ったのは、他の誰でもない辰馬なんだから。

「……。」

泣いているアタシを抱きしめながらしばらく黙っていた辰馬が、
急に腕の力を緩めてアタシに言葉を投げかけた。
その声にアタシはやっと落ち着いた涙を拭い、辰馬と目を合わせる。

「ワシ等もしかして……まだ結婚しちょらんかったか?」
『…………はぁ?』

アタシは辰馬のまさかの一言に自分の耳を疑った。
辰馬はまるで忘れちゃいけない重大な何かを
たった今思い出しましたとでも言いたげな顔で、
額に冷や汗を滲ませながら無理やり作り笑いをしている。

「ワシャてっきり、もうと結婚しちょるもんじゃと……。」

辰馬はぎこちない作り笑いとぎこちない口調でそう言った。

『はぁ?何言ってるの?結婚どころかプロポーズもまだですけど!』
「あれ!?そうじゃったか!?」
『そうよ!何勝手に結婚したと思い込んでんの!?』

どうやら辰馬の脳内では既にアタシ達は夫婦だったらしい。
まさかさっきアタシがプロポーズされたって言っても驚かなかったのは、
辰馬の中で既にアタシが辰馬のお嫁さんだったから?
もう自分のものなんだから誰に告白されようがOKするはずないって、
勝手に思い込んで勝手に安心しきってたから?
アタシのそんな推測を裏付けるように、
辰馬は普段からは想像も出来ないほど慌てた様子でアタシの肩を掴んだ。

「じゃっ、じゃあさっきのプロポーズ受けても浮気にならんやなかか!!」
『ちょ、痛い!』
「!!まっこと断ったんじゃろうな!?」
『だから断ったって言ってるじゃない!』
「ワシの他に好いとー奴も居らんな!?」
『居ないわよバカ!!!!』

そう叫んだ後、アタシはハッと口を押さえた。
自分の顔がみるみるうちに紅くなっていくのが分かる。
しまった、勢い余ってとんでもない事を口走っちゃった。
うわ、どうしよう……今まで惚れた弱みとか握られるのが嫌だから、
辰馬にちゃんと好きとか言ったことなかったのに……。
アタシはどうしたものかと一人困惑していたけれど、その心配は杞憂に終わり、
辰馬は安堵の溜息を吐きながら酷く安心した様子で俯いた。

「よ、よかったぜよ……。」
『よっ、よくないわよ!アタシ別に辰馬のこと好きってわけじゃ……!』

アタシが強がりでそう言えば、辰馬はバッと顔を上げ、
いつもは絶対に見せないような真剣な表情でアタシを見つめてきた。
その顔が異常にカッコよくて、
アタシは思わず顔を真っ赤にして目線を逸らしてしまう。

「そしたら、ワシが惚れさせてみせるぜよ。」

ただでさえドキドキしすぎて心臓が破裂しそうなのに、
辰馬があまりにも真剣にそう言うもんだから、
アタシの心臓は破裂するんじゃないかと思うくらいさらに激しく鳴り響いた。
もうアタシの耳には心臓の鼓動しか聞こえてこなくて、
血が回りすぎて目の前だってだんだん白くなってきてるって言うのに、
普段は絶対にお目にかかれない辰馬の真剣な表情と、
力強いのにとっても優しい辰馬の声だけは何故かハッキリと感じ取れた。

「……ワシと結婚してくれ。」

悔しいけど、これは嬉し涙っていうんだろうか。
また溢れ出てきた涙を隠すようにしてアタシが辰馬の首元に抱きつけば、
辰馬は何も言わず、ただ優しく微笑んでアタシを力強く抱きしめてくれた。




天然毛玉の

(これでワシ等はまっこと夫婦じゃき、浮気は許さんぜよ?) (……左手の薬指が軽いうちは何とも言えない) (アッハッハ!それでがずっと傍に居るんじゃったら安いもんじゃき!) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 辰馬だったらこーゆー事ありそうだよねっていう。 ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/01/31 管理人:かほ