しょうせつ

そう、あれは辰馬の7歳の誕生日。
アタシは広い広い坂本家の屋敷で大声を張り上げて辰馬を探していた。

『たつまー!たーつーまー!』

当時まだ4歳だったアタシは、近所迷惑も考えずただひたすら叫んでいた。
でもそんなこといつものことなので、
坂本家の人たちは怒りもせずにそんなアタシを笑って見守ってくれていた。
アタシはそんな坂本家のあったかい雰囲気が大好きで、
身分違いなんて考えずによく遊びに行ったっけ。

「なんじゃあ!そがなでっかい声でよばんでも聞こえゆうがよ!」
『あっ、いた!たつま!』

アタシの声に驚いたのか、辰馬は言いながらどこかの部屋から飛び出してきた。
そして辰馬の姿を確認したアタシは満面の笑みで辰馬に飛びつく。
昔の辰馬はお坊ちゃまみたいに品があって、でも気さくで面白くて、
一人っ子だったアタシの理想のお兄ちゃんだったっけ。
辰馬は3歳年下のアタシを(多分)妹としてとっても可愛がってくれて、
こうやって急に飛びついてもアタシを優しく受け入れてくれた。

「どういたが?わしになんか用なが?」

アタシの頭をよしよしと撫でながら、幼い辰馬が幼いアタシに尋ねる。
するとアタシはおもむろに辰馬から離れて赤く染まった顔でモジモジと話し出した。

『あ、あの……きょう、たつまのおたんじょーびだから……。』
「あぁ……。」

アタシの言葉に、辰馬が納得したように声をあげた。

「なんじゃ、わしになんかくれるがかえ?」
『う、うん。あのね、これ、わたしとおかあさまで作ったの。』

途切れ途切れに言葉を紡ぎながら差し出したのは、可愛らしい袋。
中にはお母様と一緒に作った手作りのクッキーが入っている。

「おぉ!おおきに!開けてもええがか?」
『う、うん!』

アタシが答えると、辰馬は丁寧に袋を開けて、中のクッキーを一枚取り出した。

「あっはっは!こりゃあかわええのー!うさぎさんの形ばしゆうがじゃ!」
『きにいった?』
「おぅ!おおきにのぉ!」
『えへへ、よかったぁ。』

アタシが照れたようにはにかめば、辰馬もそんなアタシを見て嬉しそうに微笑む。
そしてしばらくしてから2人で「えへへ、」と笑いあった。

「でも、なして今わたしに来たんじゃ?」

手元にあるうさぎさんのクッキーを眺めながら、
辰馬がふと思いついたようにそう言った。

「おまんも今夜のわしの誕生日パーティにくるがやろ?」

不思議そうに小首を傾げる辰馬に、アタシは返答に困って思わず俯いた。

『う、うん、いくよ。おかあさまたちと一緒に。』
「ほいたらそん時にわたしてくれりゃあ良かったんに。」
『で、でも、おかあさまたちからのおたんじょーびプレゼントがあるから……。』
「……??」

言葉足らずなアタシにますます首を傾げる辰馬。
そんな辰馬の様子に、幼いアタシはますます困り果てた。

『あっ、あのね、わたしが、たつまにあげたかったの!
 おたんじょうびプレゼント、わたしからちょくせつあげたかったの!』
「……。」
『たつまのお家、たくさんひとがくるし、プレゼントだってたくさんもらうし、
 よるわたしたら、わたしのプレゼント、分かんなくなっちゃうでしょ?』
「ほがぁなことないきに!
 からのプレゼントならわしはちゃあんと覚えちゅう!」

真剣な眼差しでそう言った辰馬に、
アタシは心底ビックリして思わず言葉を失ってしまった。

辰馬はウチの村でも一、二を争うほどのお坊ちゃまだ。
その上坂本家は元々顔が広く、誕生日会とあらば大勢の人がやってくる。
プレゼントだって毎年尋常じゃない量を貰っているというのに、
それが誰からのものだなんて、いちいち覚えているはずがない。
でも、それでも、その時の辰馬の真剣な表情と力強い言葉は、とても嬉しかった。

『ほ、ほんとに?ほんとにおぼえてる?』
「おぅ!ほんまじゃ!
 はまいとしプレゼントの内容ば先にバラすきねぇ。」
『へっ!?』

悪戯っぽく笑いながら言った辰馬に、アタシはハッとして口を両手で覆った。
言われてみれば、アタシは毎年サプライズも何も考えずに
『今年はコレにしたのー!』とか言って内容を辰馬にバラしちゃってたっけ。
そりゃウチからのプレゼントだって分かるわよね。
幼い私にも、そのことはきちんと理解できた。

「せやき、まいとしプレゼントん中からのんさがすんが楽しみながよ。」

ケラケラと笑う辰馬とは裏腹に、
アタシはなんだか恥ずかしくなって真っ赤に染まった顔を伏せた。
そんなアタシを見て辰馬はふ、と微笑み、「それに、」と言葉を続ける。

「だいじな人からのおくりもんなんじゃ、おぼえゆうんがとーぜんやき。」

優しく微笑んでそう言った辰馬に、アタシは顔を上げてつられて微笑んだ。
この人は昔からそう。その大きな懐に何でもかんでも入れ込んじゃって、
アタシが何を考えてても全部かっさらって笑わせてくれるの。
そんなあったかい雰囲気を纏った辰馬が、本当に大好きだった。

「。」

アタシが照れて俯いていると、辰馬がふいにアタシの名前を呼んだ。
それに応えるためにアタシが顔を上げると、頬に温かい感触が。
突然の事だったので状況が理解できなかったアタシはしばらくその場に立ち尽くし、
そしてボフッと顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた。

『たっ、たつっ、い、いまっ、ちゅっ、ちゅう……!!』
「コレはおれいぜよ。ほっぺたやし、ええじゃろべつに。
 それともわしにちゅーされるんはイヤなが?」

あわあわするアタシに向かって余裕の態度で小首を傾げてくる辰馬に、
アタシは幼いながらも「コイツ魔性」と思ったものだ。

『べ、別に、イヤってわけじゃ……。』
「ほいたらもんだいないがよ。のぉ?」
『う、うん……。』

そうこうしている内に時は流れ、
アタシと辰馬は今では立派なお兄さんとお姉さんになった。
辰馬の魔性の力にすっかり丸め込まれてしまったアタシは、
今でもこうして快援隊の一員として辰馬の隣にいる。

ただ少しだけ変わったことがある。
それはアタシに辰馬の魔性の抗体が出来た事。
最近ではちょっとやそっとのことでは辰馬に流されなくなった。
昔は雰囲気とか泣き落としに負けて色々されたものだけど、
お姉さんになったアタシはちょっとだけ強くなったのでした。

でも、強くなったのはお兄さんになった辰馬も同じことで……。

「ほっぺたやから!ほっぺたやから何の問題もないじゃろーが!!」
『今のアンタが勝手にほっぺにちゅーしたら立派な犯罪よ!!』

もじゃもじゃ頭に手を突っ込んで必死に顔を押し返すアタシに、
それ以上の力でちゅーを迫ってくる辰馬。
力も根性も意地も強くなった辰馬は、
こうして度々アタシに迫ってきては無茶振りをする。
そして当然の如くアタシが拒否すれば、なんでやねんと逆ギレしてくるのだ。

「なしてじゃ!?ワシにちゅーされるんはそんなに嫌なが!?」
『嫌よ!』
「昔はワシにちゅーされて照れちょったくせに!」
『だって昔の辰馬は可愛かったもん!』
「今のワシかて可愛いじゃろーが!」
『どこがだボケ!!』
「差別じゃ差別じゃー!」
『意味分かんないこと言うなー!!』

昔とは随分関係が違っちゃったけど、
でも、こんな風に隣で騒いでいるのも案外悪くはないものです。




昔は可かったのに

(あの可愛いはどこへ行ってしもうたんじゃ……) (それはこっちの台詞だバカヤロー) .。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○ 六万打本当にありがとうございました! 捏造全開ですが仔辰は天使だと思います!! ※誤字、脱字、その他指摘等は拍手かメールにて。 2011/10/16 管理人:かほ